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私は貴方を許さない  作者: 白湯子
第5章「正義の履き違え」
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80話





目を瞑り、己の心臓めがけて、ナイフを突き立てる。



―――ザクシュッッ!!!



その刃先が人肉にくい込んだ鈍い音とともに、ナイフを握り締めた手に、人の温かな肉を切り裂いた生々しい感触が伝わってきた。


私は、確実に人を刺した。だが、どれだけ待っても覚悟していた痛みはやってこない。


鼻先に漂う鉄の香りに刺激され、恐る恐る瞼を上げた。



「…あ、」



目の前には、人肉に突き刺さるナイフと私を見下ろす殿下。



「…馬鹿野郎…。」



ナイフは私の心臓に届くことはなかった。なぜなら、ナイフの刃先は殿下の手のひらに突き刺さっていたから。



「あ、あ、」



彼の右手は、私の心臓を守るかのように、その鋭利なナイフを掴んでいた。

咄嗟に、ナイフを離そうとするが、柄に接着剤がついているみたいで指がほどけない。



「似合わないことを、するな。」



そう言って殿下は、私の指を1本1本柄から剥がしてから、己の右手に突き刺さっているナイフを抜いた。

彼の右手から溢れ出す液体が、ぽたぽたと床を赤く染めていく。



「あ、あぁ、申し訳…あ、もうし…、」



帝国の皇太子を刺してしまった。

あまりにも罪深い事実に遅れて気付いた私の頭は真っ白になった。

身体がガタガタと震えだして、壊れた人形のように拙い謝罪を繰り返す。



「落ち着け、エリザ。ほら、何ともない。」



殿下は、私の顔の前で手を開いて見せる。彼の言う通り、傷口は綺麗に塞がっており、滴っていた液体も一滴残さず消えていた。義弟と同じように〝青の魔力〟が働いているのだろう。

だからといって、自分がやったことが消える訳では無い。



「も、申し訳、ごさいま、せん、もうし、わけ、」

「…。」



壊れた人形のままの私に、殿下はひとつため息をつく。

そして、何故か殿下は私の身体を持ちあげだ。



「ひっ、」



突然の浮遊感に短い悲鳴を上げた。殿下はまるで荷物を運ぶかのように、私の身体を肩に担ぐ。その不安定な体勢に思わず、彼の肩にしがみついた。



「…その人を離せ。」



背後から義弟の低く冷たい声が聞こえてきた。彼に背を向けている状態のため、その表情を確認することは出来ない。



「はは、お得意の敬語が取れてんぞ。…本当、敬語ってのは便利だよなァ。」



その口調には明らかな嘲笑が含まれていた。



「今日はここで一旦引いてやる。せいぜい余生を楽しんでおけよ、クソベルト。」



視界が、世界が、揺れる。

この慣れ親しんだ感覚は、転移魔法だ。

咄嗟に後ろを振り返れば、いつの間にかベッドから降りていた義弟がこちらに手を伸ばしていた。彼の手が私の身体に届く寸前、世界が変わる。



最後に見た義弟の瞳は、いつものシトリンの瞳に戻っていた。



*****



「…着いたぜ。」



そう言って、殿下はこわれものを扱うように、私をそっとソファーに座らせた。

私は自身の身を守るように、腕を抱く。そんな私の足元に殿下は傅き、こちらを見上げた。



「安心しろ。俺が必ず終わらしてやるから。」



いつになく、真摯な表情と声。

だが、その瞳は不穏げにぎらついており、私に安心ではなく、不安をもたらした。



「…一体何をする気ですか?」

「アルベルトを殺す。」

「っ、」



本当はわかっていた。だが、それを認めたくなかった。彼が人を殺そうとしているだなんて。



「お前を、モニカを、苦しめたアイツを俺は絶対に許さない。」



彼の瞳の奥底には、憎悪の炎が揺らめいている。



「さすがに300年も前のことを法では裁けない。アイツの魔法のせいで何も証拠が残っていない今、俺がいくら騒いだところで誰も相手になんかしねーよ。気が触れたのかと思わるのがオチだ。だから、俺がアイツを裁くしかないんだよ。」



…人が人を裁くだなんて、彼は神にでもなったつもりなのだろうか。

だが、彼は真剣そのもの。その姿に唖然とする。



「…なんて、馬鹿なことを…」



ようやくそう口にすれば、殿下は皮肉げに笑った。



「馬鹿な事?何言ってんだよ。これはお前の為でもあるんだぜ。」

「…私のため?」

「あぁ。」

「あの人を刺したことも、私に監視魔法をかけたのも、全部、私のため?」

「そうだ。」



そう言い切った彼に、胸が氷の如く急激に冷えていくのを感じた。



「違います。」



私の口から零れたのは、自分でも驚くほどの冷たい声だった。その声に、彼は器用に片眉をあげる。



「貴方は、私に全責任を押し付けて、ご自分の行いを正当化しようとしているだけです。」

「…は、」

「本当に私の為だというのなら、私に嘘をついてまで監視魔法をかけるはずがありません。」

「それは」



彼が何かを言う前に、言葉を重ねる。



「あの人に気付かれない為だとか、敵を欺くにはまず味方からだとか、そういった言い訳を仰るつもりでしたら、おやめ下さい。」

「っ、」



彼は小さく息を呑む。どうやら図星だったようだ。



「あの人に気付かれず、私に伝える方法でしたら、いくらでもあったはずです。ですが、貴方はそれをしなかった。貴方は、私のことよりも自分の復讐心を満たすことを優先したのです。」

「…知ったような口をきくな。」



彼の地を這うような低い声に、内心気圧されるが、ここで引くわけにはいかない。奥歯をぐっ噛み締め、恐怖に耐える。



「貴方は正義を履き違えています。人を殺して成り立つ正義など、偽りのものでしかありません。」

「いい加減にしろ、そんなの綺麗事だ。」



冷たく吐き捨てた彼は、片膝をソファーの上に乗り上げ、ぐっと身体を密着させてきた。反射的にのけぞろうとしたが、背もたれが邪魔をして僅かな隙間すら空けることが出来なかった。


双眸の瞳をどろりと濁らせた彼は静かにこちらを見下ろし、そして、私の細首に片手を添えてきた。決して強い力ではない。だが、首に手が添えてあるだけで、嫌な圧迫感を感じた。



「…貴方も、あの人のように私を殺すのですか?」

「黙れ。」

「やはり貴方も、あの人と同じです。こんなやり方、間違っている。」

「…。」



目を見開いて顔を強ばらせた殿下は、私の首から手を離した。圧迫感から開放された私は、顔を伏せ深く息を吸い込む。


…わかってくれたのだろうか。


期待を込め再び顔を上げ、固まった。なぜなら、彼の顔から、表情が全て抜け落ちていたから。



「…お前も、俺を否定するのか?」

「え、」



その声には、先程の憤怒は見られない。何も、見えない、無機質な声。

背筋にぞくりとしたものが駆け抜ける。本能的に逃げようとしたが、もう遅かった。




「それだけは、駄目だ。」

「あっ!?」



先程のように彼の肩に担がれ、そして、あろうことか、私をベッドの上に放り投げた。



「うぐっ、」



柔らかな寝具が優しく私の背中を受け止める。そこに、殿下がのしかかってきた。

見上げた先には、私を冷たく見下ろす見目麗しい男と、その男の背中に広がる豪奢な天蓋。



「な、何を…」

「何って、ベッドの上で男と女が何をするのか…わからないほど子供じゃないだろ?」

「は、」

「女を黙らす方法は、昔から決まってんだよ。」



そう言って、彼は私の胸ぐらを掴む。その彼の姿が、拷問の時のアルベルト様と重なり私は強く目を瞑った。



―殴られるっ!!



が、彼はそのまま、強い力で制服を引き裂いた。その勢いでボタンがあさっての方向に弾け飛ぶ。



「なっ、」



自分の身に何が起こったのか理解できない。突然現れた自身の胸元にただただ唖然とする。コルセットのおかげで、全てを晒してはいないが、深い谷間があらわになってしまった。



「…律儀につけやがって。」



首からかけていたネックレスを目敏く見つけた殿下は、それを引きちぎり、そのまま跡形もなく燃やしてしまった。



「さすがの俺でも人に見られながらヤる趣味はねーよ。」



くつくつと笑う彼に、戦慄を覚えた私は力を振り絞って、何とか自分に覆いかぶさっている殿下の下から這い出そうとした。



「逃げんな。」



が、私の両手首を彼は片手でまとめて、ベッドに押さえつけた。とうとう身動き取れなくなってしまった私に、さらに彼は追い打ちをかける。



「ふぐっ」



彼は強引に自身の人差し指と中指を私の口内に、押し込んできた。



「ほら、たっぷり濡らせよ。じゃないと痛い目を見るのはお前だぜ。」



そう言って彼の指は、私の口内を好き勝手に動き回る。今まで聞いたことも、されたことも無い状況に目を白黒させた。



「普段、この口から出てくる生意気な言葉も、ニャゴニャゴ鳴いている猫みてーで可愛いんだけどさぁ。ははっ、こんなにムカついたのは久々だ。」

「…っ、う、」



苦しさに涙が滲んできた頃、彼はやっと私の口から指を引き抜いてくれた。



「噛まなくて偉かったな。よしよし。お利口な猫にはご褒美をやろう。」



やや酸欠でぼんやりとしている私の肩口に肩を埋めた殿下は、鼻先を首筋に擦り付け、何度も息を吸い込んだ。



「お前はいつも、甘い匂いがすんな。青リンゴみたいな匂い。嫌いじゃないぜ。」

「ひぅ…っ、」



ねっとりとした温かな舌が、首筋に這わされる。その初めての感覚に肌が粟立った。



「や、やめてください…!」

「やめない。大丈夫だ、じきに慣れるから。」



舐めるのをやめた殿下は、今度は唇を首筋に押し付け、強く吸い付いた。

どうして、そんなことをするのだろう。そこを吸っても何も出ないはずだ。肌を吸うのは、血液を求めている蚊ぐらいのはず。まさか、私は血を吸われているのだろうか。

そんなことを考えていると、首筋に小さな痛みが走り、思わず悲鳴を上げた。それを聞いた殿下は、ひどく愉しげに笑いながら顔を上げ、不自然に口角を上げ私を静かに見下ろした。だが、目が合わない。その淀んだ瞳でどこを見ているのだろうか。



「喜べ、エリザ。帝国一、高貴な種をお前の中に植え付けてやる。」



比喩のようでいて実に直接的な言葉に戦き、目を見張る。



「どんな花が咲くか、楽しみだなァ。」

「やめ、やめてください…!どうして、こんな…」

「どうして?さぁ、な。もう、どうでもいいだろ。」



自傷気味に笑った彼の手は、するりと私の下肢に伸ばされた。




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