74話
マリーside
物心付いた時から顔の美醜で、その人の人生が決まることを悟った。
美しい者から見たら愛に溢れた世界でも、醜い者にとっては、ただただ残酷な世界。
そんな世界が、私は大っ嫌い。
「こっち来んなよ、ブス!」
「うっ、」
突然、村の男に身体を押され、水溜まりに尻もちをつく。
泥水を被った私を、男たちはケラケラと下品に笑いながら走り去っていった。
水溜まりに映る自分の顔を見つめる。
そばかすだらけの肌に、苔のような深緑の髪、目は胡麻のように小さいのに、何故か鼻は無駄に大きい団子鼻。
顔が醜いというだけで、どうしてこんなにも酷い仕打ちを受けるのだろう。
同じ人間なのに…。
「デボラっ!」
その声に、はっと顔を上げる。
なにやら広場が騒がしい。
何事かと広場に近づけば、人だかりが出来ていた。
気になった私は、人と人の隙間から覗き込む。すると、そこには美しい娘の足元に傅く1人の男が居た。
「ひと目会った時から、君に夢中なんだ!どうか、俺と結婚して欲しい!」
「もちろん!嬉しいわ、フランツ!」
美しい2人は強く抱き合う。
その幸せそうな2人を、周りの人間は祝福した。
デボラは、町で1番の美人だ。
明るい彼女は、友達も多い。
けれど、私だけには意地悪だ。
デボラは大勢で私を苛めて、いつも楽しそうに笑っている。
そんなデボラが、私は大っ嫌いだった。
どうして顔が良いだけで、愛されるのだろう。
どうして、どうして、どうして、どうして………
無償の愛を注がれている彼女が羨ましく、憎たらしかった。
唇の強く噛み締め、幸せそうな2人を睨みつける。
不幸になればいい、と心の中で毒を吐いた…
―――その瞬間、何かが私の身体を這い上がってきた。
そのおぞましい姿に悲鳴を上げようとした口に、それは入り込んでしまった。
苦しさのあまり、その場に倒れ込む。
周りの人間は幸せそうに抱き合う2人に夢中で、酸素を求め必死に喘いでる私の存在に気付かない。
世界に毒を吐きながら、私は気を失った。
◈◈◈◈◈
目覚めたら、世界が変わっていた。
なんと、私は聖女になっていたのだ!
この世のものとは思えないほどの、可憐な容姿に、ストロベリーブロンドの髪と、ピンクダイアモンドの瞳は、聖女であることの何よりも証。
あ、神様のお声が聞こえる。
…えっ、私は世界から愛される存在!?
よく分からないまま、私はたくさんの人に愛されるようになった。
私を虐めていたあいつも、こいつも、みーんな、私を愛してくれる。
「あぁ、聖女マリー。君はなんて素敵なんだ…。」
デボラに熱を上げていた彼もこの通り、私を愛してくれている。
背筋にゾクゾクとしたものが、駆け上がった。
デボラよりも、私の方がいいんだって!!
湧き上がる歓喜にクラクラした。
その夜、私は彼から愛を注がれた。
愛は温かく、気持ちがいい。
あぁ、愛に溢れている世界は何て素晴らしいの…!!
◈◈◈◈◈
ある日、この町に皇太子が国境視察のためにやってきた。
遠目からでも分かる美丈夫に、思わず舌舐めずりをする。
―あの男の愛が欲しい。
結果、皇太子も皆と同じように私を愛してくれた。
しかも、私を皇后として迎えたいんだって!!
信じられないっ!!
ニヤケが止まらないよっ!!
まるで、おとぎ話のお姫様にでもなった気分だ。
あぁ、幸せ。
◈◈◈◈◈
皇太子からプロポーズをされた。
答えは勿論OKだ。
こんな極上な男からのプロポーズを断る理由がない。
全世界の女が羨む男と結婚することに、うっとりと優越感に浸る。
周りを見渡せば、皆私を祝福していた。
それを満足げに眺めていると、ふと、その中に違和感を感じた。
ただ一人、私を祝福していない人間が居た。
その人間をじっと見つめる。
その人間は、艶やかなプラチナブロンドの髪に、神秘的なエメラルドの瞳を持っていた。まるで、ビスクドールのように綺麗な人。
思わず、私は彼女に声をかけた。
「ねぇ!貴女の名前は?」
「…エリザベータ=コーエンでございます。」
優雅なカーテシーをとってみせるエリザベータ。
その洗練された動きに、根っからの貴族の娘であることがわかった。
きっと、彼女は今まで色んな人に愛されてきたのだろう。
その隠されている手袋の中には、苦労を知らない美しい手があるはずだ。
顔が良いだけで、愛される存在。
しかも、私を祝福しない。
なんて、罪深い!!
―この人は、不良品だ!
私の世界にお前のような不良品は要らない!
消えろ!!
私は世界を掃除した。
気に食わない女も、邪魔な皇帝陛下や皇后陛下も、全て。
すっきりとした新しい世界に、私は満足げに微笑んだ。
◈◈◈◈◈
足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない!!!!!!
愛が足りないっ!!!!!
喉が酷く渇く。
皇太子は私を愛してくれている。
でも、足りない。
もっと、世界から愛されたい。
私に、愛を、ちょうだい。
もっと、もっと、溺れるほどの愛を…。
その愛で溺れ死んでも構わないの…。
…なんちゃって、嘘だよ。
どうだった?健気は美少女感出てた???
好きになっちゃう?うふふ!
あはは、死にたいと思うわけないでしょ?
こんな素敵な世界なんだもん。
ね、神様。ん?
愛はたくさんあるよ、だって?何処にあるの?
え?ふむふむ。…あぁ、そっか!
デューデン国があるんだね!
さっすが、神様!天才!
まだまだ、愛はあるじゃない。
あはははははは!!
◈◈◈◈◈
身体が炎に包まれる。
何で、こんな事に…。
熱い、熱い、あつい。
私は聖女なのだ。
世界から愛される聖女に、こんな仕打ち、許されない。
「アルベルトォォォオ!!あんなにも、愛してやったのにっ!!お前なんか、神様に、呪い殺されてしまえっ!!!…ぐえぁ!?」
何かが私の口から飛び出してきた。
それは、一瞬で燃え上がり、姿を消す。
―私の中から、何が出てきたの…?あ、あれ?神様の声が聞こえない!!いつも、聞こえていたのに!!!神様!!!神様!!!
視界に、まるで苔のような深緑の髪が映り込む。
「えっ、」
私の身体は激しい青い炎に包まれた。
そして、私の意識は、完全に世界から切り離されてしまった。
暗転
◈◈◈◈◈
愛に飢え、貪欲に愛を求め続けた少女の身体は、業火の炎により、跡形もなく焼け散った。
そして、身体だけでなく、彼女の魂も焼き尽くされ、この世界から完全に消滅した。
彼女の魂が輪廻に送られることは、永遠にない。
永遠に。
ばいばい、世界。
バイバイ、マリー。
永遠に。




