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私は貴方を許さない  作者: 白湯子
第4章「好奇心は猫をも殺す」
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73話



私は、弾かれたかのように後ろを振り返る。

すぐそこには、穏やかに微笑んでいる義弟が居た。



「急に振り返ったら危ないですよ、姉上。」

「ど、どうして、ここに…?」



義弟はこの時間はまだ学校にいるはずだ。

いつの間にに帰ってきたのだろう。

義弟に話しかけられるまで、彼の存在に全然気付かなかった。



「実験が早く終わったので帰ってきたんです。」



いつものように可愛らしく笑う義弟に、何故か底知れぬ恐怖を感じた私は、思わず後退りをしてしまう。



「姉上?そんなに震えてどうしましたか?」



1歩ずつ、義弟はこちらに近づいてくる。

何とか義弟と距離をとりたくて、後ろに下がるが、一向にその距離は広がらない。



「あぁ、もしかして…僕に怒られると思っています?大丈夫ですよ。貴女なら、いつ入っても構いません。」

「…ち、ちがう。」



見当違いなことを言ってくる義弟に首を振る。

わざとなのだろうか。私の手元にある物を見れば、何をしていたのか一目瞭然のはずだ。


私は震える手で本を義弟の前に差し出す。



「…こ、これ、どうして、ユーリが持っているの?」



この本はここにあってはいけないものだ。

だってこれは私の…



「僕も姉上に聞きたいことがあります。」



そう言うと義弟は足を止め、私が本を取り出した鍵付きの引き出しを指さした。



「…?」

「ずっと昔から聞きたかったのですが、どうしてここの引き出しの鍵は、見当たらないのですか?」



この義弟は突然何を言い出すのだろう。

その机は義弟のなのだ。そんなの、義弟が知らないなら私が知っているはずがないじゃないか。


義弟の質問の意図がわからず困惑していると、義弟は不思議そうに首を傾げた。



「あれ、わかりませんか?まぁ、300年も前のことですし、さすがに覚えていませんよね。あ、別に鍵が無くても大丈夫ですよ。特に不満もありませんし。」

「何を言って…」



〝300年前〟


その言葉に、胸が嫌にざわつき始める。



「何って……この机、姉上のですよ?」

「は、」

「机だけじゃなく、ベッドや本棚、ソファ…この部屋にある全ての家具が、姉上が使っていたものです。何度か修復をしているので、完全に姉上の、というのは語弊があるかもしれませんね。」



クスクスと笑い出した義弟は、再び歩き出す。

お願いだから、こちらに来ないで欲しい。まだ、義弟の言葉を理解出来ていないのだ。

少しだけの時間でいい。1人になって、ぐちゃぐちゃになっている頭の中を整理したかった。



「……こ…ない、で……」



無理やり声を絞り出し、後ろに下がる。

だが、義弟は無情にも、その距離を詰めてくる。



「…あっ」



義弟の存在ばかりに気を取られていた私は、背後に近づくベッドの存在に気付かなかった。ベッドにふくらはぎをぶつけ、その勢いのまま後ろに倒れ込む。

痛みはない。なぜなら、柔らかなマットレスが私を優しく受け止めてくれたから。

ふんわりと義弟の香りが鼻腔を擽る。


遠くの方から、床に本と鞄が落ちる音がした。



「姉上、大丈夫ですか?」



ベッドまで歩み寄って来た義弟は、心配そうに私を見下ろしていた。



「いや…、いや…来ないでよ…」



この日常と異なる異常な状況に、いつも通りの義弟がひどく恐ろしく感じる。

私は首をブルブルと横に振り、涙が溢れ始めた。



「…姉上、泣かないで。」



切なげな声を漏らした義弟は、あろうことか、ベッドの上に乗り上げ、私に股がってきた。

線は細くとも、義弟は正真正銘の男性だ。その男の身体にのしかかられた私は、身動きが取れなくなってしまった。



「ひっ、」



思わず悲鳴に似た引き攣った声を漏らしてしまう。そんな私を悲しげに見つめる義弟は、そっと涙を拭った。義弟がやっていることは、非道な暴漢のようであるのに、涙を拭う彼の手はひどく優しげで、それが私の冷静さを欠いていく。



「可哀想に…。こんなにも世界に怯えて。」



違う。

私は世界に怯えているんじゃない。目の前にいる義弟に怯えているのだ。


ミルクティーブラウン色の髪の隙間からこちらを覗き込むシトリンの瞳。

いつもの甘い蜂蜜のような瞳ではなく、まるで獲物を狙う猛禽類の瞳にみえた。

不穏げな光を放つ瞳を前に、身体が思うように動かない。


こんなにも長い時間を一緒に過ごしてきたのに、彼が今何を考えているのか、全くわからなかった。

義弟のことは、誰よりも私が理解していると思っていたのに…。


私を見下ろす、貴方は誰?

こんな人、知らない。



「大丈夫ですよ、姉上。貴女を害するものは全て僕が摘み取ってあげます。」



震える耳元に、甘く蕩けそうな吐息で囁かれ、心臓が悲鳴を上げた。



「だから、貴女は何も思い出さなくていい。これからも、ずっと。」



誰もが見蕩れるような妖艶な笑みを浮かべた義弟は、私の細首に両手を添えてきた。



「―っ!?」



決して強い力では無いが、私は瞠目した。


首には人の生命に重要な、気管と太い血管が存在する。そこに手を添えられた私は、本能的に生命の危機を察し、目の前が真っ暗になった。



「…凄いドキドキしていますね。まるでここに貴女の心臓があるみたい。…ふふ、そんなに怯えた顔をしないでください。大丈夫ですよ、痛いことはしません。」



ふいに義弟は私に顔を近づける。

吐息が絡むほど近くに顔を覗き込まれて、意識が飛びそうになった。いや、半分意識は飛んでいる。



「貴女は覚えていないけれど、今まで何度もしてきていますから、何の心配もありません。だから、僕に身を任せて。」



首に添えられている義弟の手にぐっと力がはいり、僅かに圧がかかった。その甘い拘束に身体が痺れ、咄嗟に強く目を瞑る。


いやだ、死にたくない。

また惨めに死んでいくだなんて嫌だ。


私は、


この世界で、✕✕✕と一緒に生きたいのに…!



「あと少しで、僕達の世界は完成します。だから、それまで何も思い出さないで。僕のりと……っ、」



首の拘束が緩んだと思ったら突然、義弟は私の身体に倒れ込んできた。

驚いた私は目を開く。



「え、なに…」



咄嗟に彼の身体を剥がそうとすると、彼の背中からぬるりとした不快な感触が指先に伝わってきた。


妙に温かい、場違いな液体。


恐る恐る自身の手の平を見る。


そこには赤い液体が、べったりとこびり付いていた。



あ、あ、か、あか、あか、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤……








何処かで嗅ぎ取ったことのある、鉄の香りが私の鼻腔を刺激した。













第4章 「好奇心は猫をも殺す」完



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