72話
『〇月✕日
明日はお城でピアノの発表会。
でも、1回も上手く弾けたことがない。
どうしよう、お母様に怒られちゃう。』
『〇月✕日
やっぱり失敗しちゃった。
お母様にいっぱい怒られたけど、いいこともあった。
絵本みたいな、キラキラの王子様に出会ったの!
甘い匂いがするお花もくれたし、かっこよくて、優しくて、あんな人初めて!
モニカが教えてくれたけど、お花の名前はカモミールっていうんだって。
カモミール、カモミール、カモミール。
うん、忘れない。
王子様に、また会いたいな。』
『〇月✕日
王子様は本当に王子様だった!
お勉強をいっぱい頑張れば王子様に会えるって、お母様が言ってた。
いっぱい、いっぱい頑張ろう。』
『〇月✕日
王子様から貰ったお花、枯れちゃった。
哀しい。
凄く、哀しい。
枯れないで、ずっと咲いていれば良いのに。
どうして、枯れちゃうんだろう。
哀しい。』
瞬きさえも忘れて、私は黙々とその拙い字を目で追いかける。
『〇月✕日
今日は王子様に会うことができた。
本当は駆け寄りたかったけど、それははしたないから我慢した。
はしたないことは悪いこと。王子様に嫌われちゃう。
遠くから見ているだけでも、今は幸せ。
いつか、色々とお話できたら良いな。』
『〇月✕日
王子様は、とても忙しそう。私に構っている暇はないみたい。
私も王子様を見習って、頑張ろう。』
その拙い字はどんどん見覚えのあるものに変わっていく。それは、記載者の成長を意味していた。
『〇月✕日
今日もあの人は忙しい日々を過ごしている。最近、陛下から一部の政務を任されたみたい。
膨大な量の政務を次々と片付けていく姿は、とっても素敵。心から尊敬する。
私も頑張らないと。次はデューデン語を勉強しよう。』
『〇月✕日
今日は、ずっと楽しみにしていた社交界デビューの日だった。
色々とトラブルはあったけれど、無事に参加出来て良かった。
でも、久々にお会い出来たあの人は、何だか素っ気なくて、目を合わせてくれなかった。
頑張ったつもりだったけれど、まだまだ私の努力が足りないみたい。
早く彼に認めて貰えるように、もっと頑張ろう。』
『〇月✕日
あの人との婚約が決まった!
嬉しい!それ以外の言葉が見つからない。
今日は素敵な夢が見られそう。』
ページを捲るたび心臓が激しく脈打ち、身体を訳もなく震えさせた。それに伴い、呼吸の乱れも生じる。
苦しい、息ができない。
体内に酸素を上手く取り込めず、意識が朦朧としてきた。
それでも、字を追うことは止められない。
『〇月✕日
あの人から、サイズの合っていない華美なドレスが届いた。
母と使用人たちは喜んでいたが、私のことなんて微塵も考えていない事務的な贈り物に悲しくなる。
今までも、定期的にダイアやエメラルドなのどの宝石を送ってくれたが、サファイアの宝石だけは決して贈られることは無かった。
婚約は許しても、心は許さないと言われているみたい。』
『〇月✕日
今日は豪華な薔薇の花束が贈られてきた。
メッセージカードは白紙。何も書かないのなら、わざわざ入れなくてもいいのに。
昔のように1輪のカモミールを差し出してくれることは、もうないのかな。』
『〇月✕日
陛下から、あの人に国境視察の命が下った。
国境付近は、治安が悪いと聞く。そんな所になん月も滞在するみたい。
魔力の無い私がいくら願ったところで、何も変わらない。それでも、あの人が無事に帰ってくることを願う。
神様、どうかあの人のことをお守りください。』
私はこの日記の結末を知っている。
なぜなら、この日記を書いたのは…
「何をしているのですか?」
突然、耳元で優しく囁かれた。




