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私は貴方を許さない  作者: 白湯子
第10章「奈落の告白」
210/217

202話

ビアンカside



「今の俺が信じられるのは聖女様のお言葉だけ。貴方の言葉は信じられない。」



酷く冷ややかな目でそう言い放ったジークフリートは剣を構えた。



「さぁ、俺と共に理想郷へ旅立ちましょう。」

「そんなお誘い、お断りよ!」



一気に距離を詰めたアタシは、ジークフリートに向かって頭上から剣を振り落とした。

カキーンッ!!と剣と剣が交わった甲高い音が踊り場に響き渡る。



「アンタに任せた皇室騎士団が今や聖女に尻尾を振る犬畜生に成り下がっているのよ。寄生されているとはいえ、これ以上情けない姿は見てらんないわ!」



憧れだったカールから引き継いだ大切な騎士団。

それが腐っていくなんて耐えられない。早く終わらせなくちゃ。

アタシは、このまま押し切ろうと更に力を込めた。



「ははは…無責任にもほどがある。」



突然、ジークフリートが皮肉交じりに笑った。



「俺は任されたんじゃない。押し付けられたんですよ。」

「え…」



ジークフリートの言葉に、アタシは目を見開く。その生まれた一瞬の隙をジークフリートは見逃さなかった。

彼はアタシの剣を巧みにいなし、素早くその矛先をアタシの顔面目掛けて打ち込んできた。



「くっ…!」



間一髪でかわしたが、ジークフリートの剣先が頬と耳たぶを掠め、鮮血が飛び散った。

まずいわ…!

ジークフリートは喉や鳩尾、胸など人間の弱点を的確に突く”連続突き”が得意だ。

アタシは後方に飛んでジークフリートと距離をとった。


だが彼は剣を水平に構えたままその距離を一気に詰めてきた。



「今度は俺だけを見てくれるって?そんなもんは噓に決まっている!!」



ジークフリートの悲痛な叫びにアタシは息を吞む。

昔からジークフリートは冷静沈着で表情があまり変わらない子であった。

だから、こんなにも感情を剥き出しにしたジークフリートの姿は初めて見る。

濁った瞳を釣り上げさせ、歯を剥き出しにした姿は、まるで別人のようだ。



「団長は変わっちまった!!」



感情が高まり徹底していた敬語が剥がれ落ちたジークフリートは、素早くアタシの剣を弾いた。

手元から離れていった剣は、くるくると回旋しながら奈落へと落ちてゆく。


丸腰だ。



「団長は俺たちじゃなくてカール様を選んだ!!」



ジークフリートの言う通り、アタシはカールを選んで騎士団を脱退した。


20年前。

皇室騎士団の団長だったアタシは、内戦に参加し、部下を庇って死にかけた。

奇跡的に生還し、ベッドの上で目が覚めた時に思ったのだ。「あ。もう我慢するのやめよ。」と。それからアタシは”男らしいビアンコの鎧”を脱ぎ捨て、噓偽りのないありのままのビアンカに生まれ変わったのだ。

それからは世界が変わったかのように、毎日が楽しかった。

可愛いものをみて可愛いと言えた。好きな服を自由に着て街に躍り出た。


けれど、世界が変わったかのように、世間の目は冷たくなった。

ノルデン帝国では男は男らしく、女は女らしくという風潮が他国と比べて根強く残っている。

見た目や話し方が変わっても、アタシはアタシ。本質は変わっていなかったはずだ。

なのに世間は突然変わったアタシを受け入れてはくれなかった。


規則にがんじがらめで堅苦しい。

そんな帝都に息苦しさを感じるようになってきた頃、カールがアタシを領主代理人の仕事に誘ってくれたのだ。


カールと彼の最愛の妻レオノーラの態度は、出会った頃と何一つ変わらなかった。

ありのままのアタシを受け入れてくれた。

嬉しかった。


だからアタシは騎士団を去り、アタシを必要としてくれた二人の元に行ったのだ

部下たちを帝都に残して。

世間は分かってくれなくても、部下たちなら分かってくれているはず。


そう信じて疑わなかった。



「残された俺たちのことなんてどうでもよかったんだろ!!」



ジークフリートの剣先が、アタシの心臓を貫こうと狙いを定めてきた。

癖がなく真っ直ぐな剣筋。丸腰相手にも容赦がない。


だがそれがアタシからの教えだ。

彼の中でアタシの教えは生きている。


アタシは彼の剣を躱したのち、素早くその剣先を己の脇にガッチリと挟み込んだ。

これで連続突きを封じることができた。

あとは己の筋肉を信じるのみ!

アタシは「ふんっ!!」と脇を絞め、ジークフリートの剣二つにへし折った。



「なっ…!?」



驚愕の表情を浮かべるジークフリート。

アタシは追撃の手を止めず、怯んで隙だらけのジークフリートの胸ぐらを鷲掴んだ。そして―――



「どうでもいい奴に、アタシの全てだった騎士団を任せるわけないでしょうがぁぁぁあ!!!」



アタシはジークフリートに背負い投げを打った。

いつの間にか岩のように育った巨体が私の肩を超え、前方の地面に背中から叩きつけられた。



「がはっ...!」



叩きつけられた弾みでジークフリートの身体が大きく跳ね上がる。

アタシは懐から取り出した虫下しの薬を、地面に叩きつける勢いでジークフリートの口に押し込んだ。



「うげぇっっ…!!」



さっそく薬を効果が表れた。

反射的に薬を飲み込んだジークフリートは素早い動きで四つん這いの姿勢をとり、激しく嘔吐している。



「我慢せず、全部吐いちゃいなさいな。」



アタシはジークフリートの隣で片膝をつき、彼の背中を擦った。

そして、胃の中のものを全て吐き切った頃、ジークフリートは息も絶え絶えに呟いた。



「…俺を、罰してください…」



縋るようにアタシを見るジークフリートの顔は苦痛に歪んでいたが、その瞳には理性の光が宿っていた。



「俺は…俺は…騎士団としての役目を放棄し、あまつさえ貴方のことも手にかけようとしました。」

「…アタシにアンタを罰する資格はないわ。」



アタシは顔を上げ、遠くを見つめた。その視線を追いかけたジークフリートは絶句する。



「殿下を守れなかったアタシも同罪よ。」



私たちの視線の先には、片腕を失った殿下が、地面に倒れている者たちに薬を飲ませている姿があった。

皇室騎士団の団長であるジークフリートが皇族の護衛を放棄したことは重罪だが、精神に干渉する虫に寄生されていた、となれば弁明の余地はあるかもしれない。

だがアタシは、ただ間に合わなかっただけだ。もう少し早く行動していれば、もっと早く足を動かしていたら…。考え出したらきりがない。



「...死を以て償わさせて頂きます。」



アタシはギョッした。

いつの間にか折れた剣を拾い上げていたジークフリートが、その鋭利な先端を己の胸に向けていたのだ。



「お馬鹿…!!」



素早く立ち上がったアタシは、ジークフリートが手にした剣を思いっきり蹴り上げた。

剣は放物線を描きながら奈落へ落ちてゆく。



「なに勝手に死のうとしてんのよ!」



アタシはジークフリートの胸ぐらをつかみ、唾を飛ばしながら怒鳴り声を上げた。



「死ぬ暇があるなら一人でも多くの人を助けなくちゃ!地上には怪我を負った仲間が大勢居るのよ!!」

「ですが…」

「それにアンタが死んじゃったら、アタシはどうやってアンタ達に償いえばいいのよ。」

「償い…?」

「アンタの言う通り、アタシはカールを選んだわ。彼しか見えていなかった。」

「…!あんなこと、言うつもりなかった。」



ジークフリートは力なくうなだれた。

アタシは彼の胸ぐらから手を離し、口を開く。



「アンタ達ことを、自分の都合イイように解釈していたわ。アンタ達なら何も言わなくても分かってくれるって。でも、この考え方って、とても傲慢よね。それに今気付いたわ。」

「...俺たちは貴方を理解しようとしました。世間がどんなに貴方に冷たくなろうとも、俺たちだけは団長の味方でいようと。けれど貴方は…理解する前に脱退してしまった。」



そこまで言ってジークフリートは両手で顔を覆った。



「俺たちはただ、もっと団長と居たかったんです。」



その言葉に、全身からガクンと力が抜けた。



「アタシ達、言葉が足りなかったのね。」



ふと、頭に懐かしい声が読みがる。



『ビアンカ。大事なことはちゃんと言葉で言わないと伝わらないわよ。』



…アンタの言う通りだったわ。レオノーラ。


親友の言葉を胸に噛み締めながら、アタシはジークフリートの腕を肩に回した。



「…団長…」

「アタシはもう団長じゃないわ。ただのビアンカよ。」

「……。」



アタシ達はゆっくりと殿下達に向かって足を進めた。



「今まで話せなかった分、たくさんお話しましょう。」

「……」

「過去のこと。そしてこれからのこと。」

「はい…」

「そして一緒に罰を受けましょう。ジーク。」

「……!……はい…っ」



力強く返事をしたジークフリートの頬に、一筋の涙が伝った。






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