201話
エリザベータside
狂信者の剣先が私の喉元に迫る光景が、やけにゆっくりと見えた。
まさにあと数センチで私の命が尽きようとした、その時。
突然、青い稲妻が真横を駆け抜けていった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」
青い稲妻がまるで蛇の子を撒き散らしたかのように、狂信者に向かって次々に襲い掛かる。
そして訳も分からいうちに、私たちを囲んでいた狂信者は地面に倒れ伏した。
青い電気を帯びた彼らの身体がピクピクと動いている。
「安心しろ。一時的に気を失っているだけだ。じきに眼を覚ます。」
その声にハッとして前を見ると、顔色の悪い殿下が口元に手を当てていた。
「ま。眼が覚めたとしても、しばらくは痺れて動けねーだろうが…うぇっ」
「だ、大丈夫ですか…」
慌てて丸くなっている背中をさすると、殿下の眼からポロリと涙が零れた。
その嘘のような光景に私はギョッとした。
「殿下、涙が……」
「涙ァ?」
訝しげに自身の目を擦った殿下は、濡れた手を見て目を丸くし「マジか…」と呟いた。
彼はここで初めて自分が泣いていることに気が付いたようだ。
「……そりゃ、あんなの見せられたら涙も出るわな…」
ポツリと殿下が呟いたが、小さくて聞き取れない。
「殿下?大丈夫ですか?」
「お前の目は節穴か?どっからどう見ても大丈夫なわけねーだろ。あんまりにも不味いから、気でも狂って無理心中でも図ったのかと思ったじゃねーか。」
「無理心中なんて、するわけないじゃないですか。」
助けようとしたのに、殿下は毒を盛られたと思っていたのか。
私は一気に脱力する。
何はともあれ、成功して良かった。
だが、カモミールの花弁たった3枚で、こんなにも具合が悪くなるなんて。
なんとなくだが、魔力が強い人ほどカモミール…というよりハーブ全体を嫌う傾向があるような気がする。
魔力とハーブ。もしや、この二つの間には相容れぬ何かしらの理由があるのだろうか。
「それで?結局、俺は何を飲まされたんだ?味はクソだが、空だった魔力が半分ぐらい回復されていやがる。」
「それは…」
アルベルト様の魔力を吸って咲いたカモミールです。
ついでに私とモニカの血も吸っていますーーーなんて、口が裂けても言えるわけがない。
具合がもっと悪くなってしまう。
世の中、知らない方が良いこともあるのだ。
「そんなことよりも!今のうちに彼らに薬を飲ませましょう!」
私は無理やり声を張り上げ、立ち上がった。
「色々引っ掛かるが、そうだな。だがまずはアイツらを助けねーと。」
ややふらつきながら立ち上がった殿下は、交戦中の騎士見習い達に向かって左手を合わせた。また稲妻を出すつもりなのだろうか。だが狙いが定まらないのか、殿下の表情は険しい。その上、魔力が半分ほど回復したとはいえ、彼が身体に受けたダメージは深刻だ。
私は殿下の背中に腕を回し、ふらつく彼の身体を支えた。
「くそっ、」
額に汗を滲ました殿下が悔しそうな声を出す。
激しく揉み合う彼らの中から、狂信者のみを狙うのは至難の業なのだろう。
「殿下ァ!!」
状況を打破する方法を考えあぐねていると、騎士見習い達の中から声が上がった。
目を凝らして、ハッと気付く。ヤンだ。狂信者の剣を受け止めていたヤンが殿下に呼びかけた。
「自分たちに構わず、魔法を使って下さい!!」
ヤンの言葉を続いて、他の騎士見習い達も声を上げた。
「殿下!!不甲斐なくて申し訳ありません!!」
「我々が彼らを引き留めている間に!!」
「自分たちは毎日教官の厳しい稽古を受けておりますゆえ!!雷ぐらいへっちゃらです!!」
「殿下!!」
「殿下!!」
「殿下!!」
「お願いしまーす!!!」
彼らの言葉に殿下は目を大きく見開いた。
「お前ら…」
殿下は悔し気に奥歯を噛み締めたのち、大きく息を吸い込んだ。
そしてーーー
「すまねぇ…!」
その悲痛な言葉共に、殿下の左手から青い稲妻が激しく迸った。
稲妻は獲物を捉えた蛇のように地面を素早く蛇行し、あっという間に交戦中の彼らの元に辿り着いた。
そして、一人残さず全員にその牙を向けたのだ。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」
青い電気を帯びた狂信者と若き勇者たちの身体が激しく痙攣する。
悲痛な雄叫びを上げた彼らは、糸が切れた操り人形のように地面にどさりと倒れ伏せた。
私は呼吸をするのも忘れて、彼らの勇姿を見届けた。
決して目を反らさず、彼らの勇気ある行動を記憶に焼き付けようと思ったのだ。
「ーっ、」
「殿下!」
殿下が彼らの元に向かって駆け出した。
慌てて後を追いかけると、殿下は倒れた騎士たちの前で片膝をついていた。
「でん…」
「俺、コイツらの兄弟子なんだよ。」
「兄、弟子…」
ビアンカの元で鍛錬に励んでいる彼らの兄弟子ということは、殿下もビアンカから稽古を受けていたということになるわけで…。
なるほど。ビアンカと殿下が親しげだったのは、2人が師弟関係だったからなのか。
私の中で、バラバラだった相関図が繋がってきた。
「皇宮を抜け出してさ、よくコイツらと剣の稽古をしてたんだ。」
平民の恰好をした殿下が南の領地の稽古場で、生き生きと騎士見習いの彼らと剣を交えている姿が容易に想像ができた。
「それなのに全員に当たっちまった。」
そう言う殿下の表情は見えない。だがその背中は力なく丸まっていた。
「アイツ…クソベルトさ。」
「え?」
「クソだしキザだしアイツがやってきたこと一生許すつもりはねぇんだけどよ、魔法だけは凄いよな。」
「…、」
「実際に近くで見て思った。コイツ、すげぇんだなって。お前も見ただろ?アイツがここに来た時に見せた炎の魔法。あれさ威力も規模も馬鹿デカいのに、誰も傷付けていないんだ。一度にあんだけ放出すれば普通は暴走するのに、アイツは細部まで魔力をコントロールしていた。あんな芸当、俺にはできねぇ。」
「…殿下、」
「アイツだったら、この腕もーーー」
「テオドール殿下!!」
地面に膝をついた私は殿下の両肩を掴み、無理やり私の方に向かせた。
「しっかりしてください!」
金の睫毛に縁どられた眼が大きく見開かれる。
「今はアルベルト様のことなんてどうでもいい!彼らが身体を張ってくれたのは他の誰でもない、貴方だったから!貴方を信じていたから全てを託してくれたんです!」
『自分たちに構わず、魔法を使って下さい!!』なんて、相手をよほど信用していなければ出てこない言葉だ。
「今の私たちがすべきことは、今のうちに薬を飲ませること。そうでしょう?」
「…そう、だな。」
瞬きをした殿下の瞳に光が宿る。
「コイツらの勇気を無駄にはできねぇよな。」
その口調は私にというよりも自分に言い聞かせているように聞こえた。
「おっし、エリザ!あいつ等が目を覚ます前に、とっとと薬飲ませるぞ!」
活気を取り戻した殿下は立ち上がって私に手を差し伸べた。
私は「はい!」と返事をしてその手を掴んだ。
「ありがとな、エリザ。」
そう言って殿下はグイッと手を引っ張って私を立たせてくれた。
「お互い様ですよ。」
心が折れかけた時、私は殿下の言葉で何度も救われてきた。
そんな彼の力にほんの少しでもなれたのなら、それはとても嬉しいことだ。
殿下は一瞬キョトンとしたが、すぐに「ははは!」と声を上げて笑った。その笑顔を見て思った。彼はもう大丈夫だ。
「あ、ビアンカ!」
私はハッとビアンカのことを思い出した。彼女は大丈夫なのだろうか。
辺りを見回すと、遠くの方でビアンカと団長が激しく剣を交えている姿が見えた。
「ジークはビアンカに任せて大丈夫だ。ーーーその方がジークも嬉しいだろうし。」
最後の方の声が小さくて聞き取れなかったが、殿下が団長を愛称で呼んでいることに少し驚いた。
団長は皇族お抱えの騎士だ。愛称で呼ぶぐらい殿下とも交流が深かったのだろうか。
「俺たちはこいつ等の懐に閉まってある虫下しの薬を探し出すぞ。ついでに短剣も1本貰っておけ。」
「短剣ですか?」
「護身用だ。何があるか分からないからな。」
殿下はそう言いながら、自身の腰に落ちていた長剣を差していた。
確かに殿下の言う通りだ。自分の身は自分で守らなければ。ただでさえ足手まといなのに、これ以上殿下やビアンカの手を煩わせたくはない。
私は騎士見習い達から虫下しの薬を拝借しつつ、足元に落ちていた鞘付きの短剣をポケットにしまった。
「うえぇぇぇぇぇっ!!」
その声に驚いて背後を振り返れば、白いローブの男が四つん這いになって嘔吐していた。さっそく殿下が虫下しの薬を飲ませていたのだ。
「なにボーっとしてんだよ。早く薬を喉奥につっこめ。」
「は、はい…!」
私は近くに居た白いローブの男の傍らに膝をついて、麻袋から虫下しの薬を一粒取り出した。だが、男の口元まで運んだ薬を持った手がピタリと止まる。
「…殿下。突っ込むって、素手ですか…?」
「当ったり前だろ。こんな所に都合よく手袋なんてあるわけねーんだからなっと!」
そう言いながら殿下は虫下しの薬を次々に飲ませ、そして吐かせてゆく。ずぼっとずぼっと。単調作業のように。いや、あの流れるような動きは、まるで職人技だ。
「エリザ!今は緊急事態だ!腹くくれ!」
そうだ。今は緊急事態。躊躇していたら自分の命にかかわる。
「ーっ、い、いきます!」
冷や汗と震えと涙と鳥肌と…色々なものが止まらなかったが、私は意を決して虫下しの薬を持った手を男の口に捻じ込んだ。
ビアンカside
どうやらあちらは危機を回避したようね。
子供たちの様子をハラハラしながら横目で見ていたアタシは、ジークフリートの重い一撃を受け止めながら安堵の息を零した。
「よそ見をするとは随分と余裕がおありのようで。」
「あらやだ。もしかして嫉妬?」
「…。」
「図星だからって睨まないで頂戴。せっかくの男前が台無しよぉっっ!!」
アタシは自慢の腕力で、ジークフリートの剣を弾き返した。
「安心しなさい。今度はアンタだけを見てあげる。」
ようやくジークフリートに意識を集中することができる。
彼は注意が散漫になっている状態では勝てない相手だ。
「…。」
アタシの言葉に、無表情だったジークフリートの眉が不愉快そうに微かに動いた。




