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私は貴方を許さない  作者: 白湯子
第10章「奈落の告白」
206/217

198話



エリザベータside


月明かりが僅かに届く薄暗い奈落の底。

互いの両手を握り合った聖女とビアンカの力比べが始まった。

双方一歩も譲らず、その力の差は互角のように見える。



「おい、クソゴリラ!」

「アタシは人間だって言っているでしょう!!」

「お前どっから湧いて来たんだよ!」



聖女の吠えるような問いに、ビアンカは凛々しい片眉を上げた。



「人を虫みたいに言わないで頂戴!アタシは天井から堂々とやってきたわよ!」

「嘘をつくな!この聖堂には結界が張られている。お前みたいなゴリラが入り込めるはずがない!」

「あんらぁ~脳筋聖女様。おつむが足りないんじゃない?」

「あ?」



こめかみに青筋を立てる聖女に、ビアンカは挑発的に笑って見せた。



「結界なんて、とっくの昔にミルクちゃんが破っているでしょ。」

「…!…小賢しい真似をしやがって。」



何かに気付いた聖女は苦虫を嚙み潰したよう顔でユリウスを横目で睨んだ。

私はそのユリウスの隣で、ユリウスがこの聖堂に現れた時のことを思い出していた。

確か…殿下の手に浮かび上がった青薔薇の紋章から、青い炎が噴き出してーーーそのまま天井を貫いていた。

もしやあの時に…?



「だから別に、無駄にかっこつけていた訳じゃありませんから。」

「…はい?」



唐突なユリウスの発言に小首を傾げる。ユリウスはそれ以上話す気はないらしく、そっぽを向いた。一体何なの?とユリウスを訝しく思ったが、ふと少し前の自身の発言を思い出す。


『無駄にかっこつけて登場するからよ!このお馬鹿…!』


奈落に落ちる前、確かに私は彼にそう言い放った。

ユリウスに向ける眼が思わず半眼になる。

…どうやらこの男は、そのことをずっと根に持っていたようだ。



「まずいな…」



ポツリと呟いた殿下の声に意識がビアンカたちに戻る。そして、思わずあっと声を上げた。

屈強なビアンカが華奢な聖女に押されていたのだ。



「大したことねぇな!その筋肉は飾りか?クソゴリラ。」

「ほんっと、口の悪い小娘ねぇ…!」



岩山のように筋肉を隆起させ苦悶の表情を浮かべて耐えているビアンカに対し、聖女は涼しげだ。全力でぶつかっているはずなのに、聖女には疲れの色が一切見えない。彼女の体力は無尽蔵なのだろうか?

ビアンカの足元がどんどん地面の中に沈んでいく。


この勝負、長引けば長引くほどビアンカが不利だ。



「たった1匹で乗り込んでくるなんて馬鹿なゴリラ。自分の力を過信しすぎじゃねーの?どの時代も自意識過剰な奴らほど自ら身を亡ぼしていくんだよ。」

「お黙り!10年そこそこしか生きていないお子ちゃまが生意気言ってんじゃないわよっ!」

「あはは!必死だなぁ~」



聖女は可笑しそうに眼を猫のように細めた。



「あまりにも哀れだから私の家族にしてやるよ。」



そう言う聖女の瞳に妖しい光が帯びる。あの目は駄目だ!

私は堪らず声を張り上げた。



「ビアンカ!!駄目よ!ベティから離れて!!」



あの目は魅了のような効果をもたらし、見る者をおかしくさせてしまうもの。

だが実際は、聖女の中にいる女王ムカデの子供が新たな宿主を見つけた恐ろしい合図だ。

いくらビアンカが屈強な騎士だからといっても、目には見えない微生物ほどの小さな虫の侵入を拒むことは難しい。それはきっとユリウスから事前に聞いて、ビアンカも分かっているはずだ。

それなのに彼女はその場から動かない。



「家族ですって?寝言言ってんじゃないわよ。」



地を這うような低い声に、背筋がぞわりと震える。その声がビアンカのものだとは直ぐには分からなかった。



「殿下の腕を喰った奴の家族になるなんて、死んでもごめんだわ。」



ビアンカの筋肉が更に膨れ上がり、ゆっくりと、だが確実に聖女を押し返す。今度は聖女の足がずしんと地面に沈んだ。それには流石の聖女の表情にも焦りが出始める。



「お前、そんな力どこから…!」

「アンタには分からないでしょうね。大切に大切に育ててきた子を傷付けられたこの怒りが。」

「ー!」



聖女の瞳がカッと見開く。その瞳には遠目でも分かるくらいに憎悪に満ちていた。だがビアンカは怯まない。聖女を見据えたビアンカの両目には、聖女と同等な狂猛なる光が宿っていた。



「アタシ、アンタを絶対に許さない。」



凄みのある声と共に、聖女の身体が物凄い勢いで地面にねじ伏せられた。

ビアンカが力と力の押し合いに勝ったのだ。

仰向けで倒れる聖女は忌々しくビアンカを見上げている。そんな聖女に向かってビアンカは茶目っ気たっぷりウィンクした。



「それとね。アタシ、モテるのよ。」

「…は?」



ビアンカの台詞に聖女だけでなく見守っていた私たちさえもポカンとしていると、突然上空が騒がしくなった。

何事かと上を見上げるが、高すぎて良く見えない。だが、何かが動いていることは分かる。人?でも白いローブを纏った彼らではない。あれは…。

懸命に眼を凝らし続けていると、ようやく輪郭を捉えることができた。

大きく開いた天井の穴の外から、太いロープが何本か伸びており、そのローブを伝って大勢の人々がこの聖堂に乗り込んでいたのだ。



「あの人達は…」

「あれはビアンカが育てている騎士見習いたちだ。」



私の呟きに殿下が答える。その口調に驚いた様子はない。



「到着が随分遅れたようですね。」

「いやいや、南の国境付近から来てんだぞ。早い方だろ。ビアンカが異常なんだよ。」

「まぁ、ともあれ。彼らが虫下しの薬を患者達に飲ませれば、あちらの問題は解決ですね。」

「そうだな。アイツらが大人しく薬を飲むとは思えねぇけど。」



ユリウスと殿下の会話に耳を傾けるが、小さい声の為、内容を聞き取ることが出来ない。

ただ、彼らの表情と部分的に聞こえてきた言葉から察するに、彼らが描いたシナリオ通りことが進んでいるようだ。


……。


助かったと思う一方で、奇妙な胸騒ぎがだんだんと膨らんでいるように感じられるのは何故なのだろうか。いや、膨らむというより、これはーーーー


近づいている?



「次から次へとお呼びでない奴らがワラワラと…」



チッと舌打ちをした聖女がむくりと上体を起こした。肩の関節を確認するようにグルグルと軽快に肩をまわす。まるで先程の白熱した力比べがなかったかのように、聖女はけろりとしていた。

唖然としていると、ふいに聖女と目が合った。ぎくりと身体を強張らせる私に聖女は柔らかく微笑む。それがあまりにも恐ろしくて不可解で、ひどくーーー懐かしい。


聖女は大きく息を吸い込んだのち、上空を見上げ、大声を張り上げた。



「さぁさぁ皆さん!最後の試練です!目の前に迫りくる悪を倒し、今度こそ共に理想郷に旅立ちましょう!!!」



聖女の声が高らかに響き渡る。

すると、戸惑っていたはずの白いローブを羽織った狂信者たちがまるで水を得た魚のように活発に動き始め、乗り込んできた騎士見習いたちと戦闘を始めた。


狂信者の中には皇室騎士や上級魔力保持者など強者が含まれている。

乗り込んできた若き騎士たちは苦戦を強いられていた。



「誰が来たって、何も変わらない。」



ゆらりと立ち上がった聖女は、ニヤリと笑う。



「最初の予定通り私達は理想郷に旅立って、お前たちはこの世界と一緒に死ぬんだ。」

「…アンタ、タフね。」



呆れたように額に手を当てるビアンカに、聖女は得意げに笑った。



「私はお前たちとは違う。私は神様に愛された聖女だ!神様が私を守ってくださっているんだ!」

「神様なんてこの世には存在しませんよ。」



ビアンカと聖女の会話に、静かだったユリウスがすっと割り込んだ。

鋭い睨みを飛ばす聖女に対し、ユリウスは薄い笑みを浮かべながら前に出る。



「聖女も最初から存在しなかった。」

「黙れ!」

「何度でも教えて差し上げましょう。貴女は女王ムカデに寄生された哀れな屍だ。」

「ーッッ!!」



ユリウスの冷水のような言葉に、聖女の両目がカッと見開いた。その顔面には火のような怒り色が漲っている。



「ミルクちゃん!逃げて!!」



ビアンカが焦った声を上げる。

けれど、もう遅い。

素早い動きで手元にあった自身の腰の高さまである墓石を片手で持ち上げた聖女は、ユリウスに向かって思いっきり投げ飛ばした。空中で崩れ始めた墓石は隕石群の如くユリウスとビアンカに降り注ぎ、辺りは爆音と共に土埃に包まれた。



「エリザ、無事か!?」



激しい暴風の中、殿下が私の前に立つ。私は風に煽られる殿下の背中に寄り添い支えた。



「私は大丈夫です!ビアンカ達は!?」

「わかんねぇ!!」



私は爆風の中、腕で顔面を覆いながらなんとか目をこじ開ける。

ビアンカとあの人は無事なのだろうか…?

風が止み、徐々に土埃が落ち着いてくるのを私と殿下は固唾をのんで見守る。

するとーーー



「あっ、」



眼前の光景に思わず声を上げる。

土埃の中から突如、見覚えのある巨大な赤い壁が現れたのだ。

まるで、ドロドロに溶かした赤いガラスを勢いよく撒き散らした瞬間を固めたような、半透明で歪な壁。

その壁が、ユリウスとビアンカを守るようにに聳え立っていたのだ。



「ミルクちゃ~ん!助けてくれてありがとうぉ~!!もう死んじゃうかと思ったわぁ~!!」



ビアンカはひしっとユリウスを抱きしめる。

元気そうなビアンカの様子に私と殿下は安堵の息をこぼした。



「ふふふ。貴方はあれぐらいでは死なないでしょう。」

「おほほ。ミルクちゃんったらアタシを何だと思っているのー?普通、墓石が降ってきたら脳天かち割れちゃうわよ~!」

「ご謙遜を。墓石の方が真っ二つに割れるに決まっているじゃないですか。」

「ミルクちゃんったら相変わらず面白い冗談言うわね~。」



ふふふ…おほほほ…と微笑み合いながら、ユリウスはやんわりとビアンカの身体を押し剥がす。

すると、ステンドグラスのような赤い壁が火に炙られた氷のようにドロドロと溶けだした。

粘度の高い液体に姿を変えたそれは、まるで意志を持った生き物のようにズルズルと地面を這いながらユリウスの手首に吸い込まれていく。



「ベック卿。ペティーナ相手に身体を張ってくださって、ありがとうございました。あとは僕に任せて貴方は殿下達を連れて上に上ってください。」



全ての赤い液体が持ち主の元へ帰った頃、ユリウスは軽い口調で言った。



「…いくらミルクちゃんのお願いでも、それは聞けないわ。」



笑顔を引っ込めたビアンカは、真剣な眼差しをユリウスに向ける。

そんなビアンカにユリウスは目を眇めた。



「そういう段取りでしたでしょう?」

「えぇ、そうね。でも私達が想像していた以上に聖女の力は厄介だわ。ミルクちゃん1人を残していくなんてアタシには出来ない。それに、ミルクちゃんにもしものことがあったらカールに――」

「ベック卿。」



柔らかな声でビアンカの言葉を遮ったユリウスは、諭すような口調で続けた。



「貴方の役目は僕を守ることじゃない。」

「…、」

「そうでしょう?」



ビアンカは深く眉根を寄せた。

きっと彼女の心の中では葛藤の嵐が吹き荒れている。

けれど、彼女の決断は早かった。



「……えぇ、そうよ。」



喉元から苦し気に絞り出されたビアンカの呟きに、ユリウスは満足げに眼を細めた。



「あとのことは頼みましたよ、ビアンカ。」

「…ほんと、小悪魔なんだから。でもそこが好きぃっ!」



苦々しく零し、くるりとユリウスに背を向けたビアンカは、こちらに向かってずんずん歩いて来た。



「ビアンーんん!?」



ビアンカの名を呼び終える前に、私と殿下は彼女の両脇に抱えられた。



「2人とも、口を閉じてなさい。でないと舌噛んじゃうわよ。」

「おい、待てビアンカ!」



ビアンカは殿下の制止を無視して、壁に沿うようにして造られた螺旋階段を猛スピードで駆け上がり始めた。



「待ってビアンカ!」



まるで荒れ狂う馬車のような恐ろしい速度で地上へと向かうビアンカに声を張り上げる。

けれどビアンカは止まらない。脇目も振らず、ただひたすらに前を見据える。

下を見ると、奈落の底に居るユリウスと聖女の姿がだんだんと小さくなっていった。その光景に嫌な予感が激しく騒ぎ出す。



「お願い!ビアンカ止まって!!」

「ごめんなさいね、蛙ちゃん。アタシは殿下と戦闘に不慣れなあの子たちを守らないといけないの。」

「ーっ、」



その言葉に、南の領地で過ごした穏やかな日々が脳裏に蘇る。

私は、あの温かな地で騎士の卵たちと決して短くはない時間を共に過ごした。


まだあどけなさが残っていた彼らが、ここに来ている。



「おいビアンカ!前!」



殿下の焦った声にハッと我に戻る。

前方を見れば。広い踊り場で白いローブを身に纏った男と見習い騎士の青年が対峙していた。

青年は男が振り回すナイフを必死に躱している。



「アタシを誰だと思っているんですか!ちゃ~んと見てますわよっと!」



一切速度を落とさず階段を駆け上がっていたビアンカは、華麗に宙を飛び越え、そのまま強烈な飛び蹴りを白いローブの男に叩き込んだ。











ユリウスside



「最期のお別れは済んだか?」



こちらを睨みつけながらポキポキと指の関節を鳴らすペティーナに、僕は薄く微笑む。



「えぇ、お陰様で。ですが、随分と大人しかったですね。貴女のことですから我慢できずに噛みついてくると思っていましたよ。」

「ふん、最期の慈悲だ。」

「ははは、虫が慈悲なんて崇高なものを持ち合わせているわけないでしょう。」



思わず嘲笑が零れる僕を、ペティーナな憎悪が膨らんだ瞳で射貫いてくる。

今にも噛みついてきそうな、哀れな害虫。



「体力は無限でも、貴女の身体はもう限界だ。」



体力…というのには語弊がある。

今のペティーナの随意運動は全て、彼女の脳に寄生したムカデが筋肉に信号を送って無理やり動かしているものだ。

いわば、ペティーナの身体は女王ムカデの都合のいい操り人形。

そこにペティーナの意思は存在しない。


僕は静かにペティーナの身体を観察する。

彼女の服には所々に青い血が滲んでいた。

それは、人間の限界を超えた怪力に身体が追い付いていない証拠。

筋肉、骨、血管、内臓、神経…。

それらはおそらく、彼女の薄い皮膚の下で、度重なった戦闘により破壊されている。

破壊された神経や筋肉にいくら命令を送ったとしても反応するはずがない。

だから彼女は動きたくても動けないでいたのだ。



「限界だァ?」



口元に歪な笑みを浮かべたペティーナは、その場からよたよたと2歩ほど下がり、自身の身長とほぼ同じぐらいの大きさの石でできた十字架を地面から引き抜いた。

その際、太い血管が千切れたのか、彼女の右腕の袖が青く青く染まり、服が吸いきれなかった液体がボタボタと地面を青く濡らす。



「お前が私の限界を決めんじゃねぇよ。」



巨大な十字架を片手ゆらりと持ち上げたペティーナは、その先端を僕に向けた。



「例え腕や足が動かなくなったとしても、お前だけは絶対に喰い殺してやる。」








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