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私は貴方を許さない  作者: 白湯子
第10章「奈落の告白」
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195話

エリザベータside



「ーーーってなわけで、カール達は大丈夫よ。」



ビアンカからデューデン国からの援軍の話を聞き、私は安堵の息をこぼした。



「まったく…大変だったわぁ~。ミルクちゃんに言われるまま健気な私はデューデン国まで走って、その足でここまで来たのよ?こーんな可愛い顔して人使いが荒いんだからっ。でもそんな扱いにゾクゾクしちゃうっ!!」



話しながら興奮し始めたビアンカは、ひしっと自身の逞しい身体を抱きしめる。

そんなビアンカの姿を見て少し脱力していると、すっとユリウスが一歩前に出た。



「ベック卿、大役を果たして下さってありがとうございます。貴方が居てくれて、本当に良かった。」

「は…は…は……はあああああああんっっ♡♡♡!!」



愛嬌たっぷりな笑みを添えたユリウスのお礼に、感極まったビアンカは野太い声を奈落に響き渡らせながら膝から崩れ落ちた。



「…人たらし。」



思わず口から零れ落ちた嫌悪感を滲ました呟きに、ピクリと反応したユリウスは、無表情な顔をこちらに向けた。

まさか聞こえているとは思わなかった私は、びくりと肩を肩を震わし身構える。

…なに?怒ったの?

私は腕を組み、ユリウスを睨みつけた。だがそんな威嚇も虚しく、彼は私の前までよどみない足取りで来てしまった。

無表情なユリウスに妙な威圧感を覚えた私の気弱な足は後退りしようとしていたが、それをグッと堪える。



「…何かしら。」



恐れを悟られないよう、あえて冷たい声を放つ。

すると、ユリウスはパチリと瞬きをしたのち、私に向かって静かに指差した。



「痛みますか?」



一体何のことだろうか。

一瞬そう思ったが、彼の視線を追いかけて「あぁ。」と思い出す。



「大したことはないわ。」



私の右手の甲には、ユリウスに万年筆を突き立てられて出来た小さな傷が残っていた。

多少痛みはあるものの、血はすっかり乾いており、手指も問題なく滑らかに可動する。

彼に言われるまで、この傷の存在さえ忘れていたほどだ。全く問題がない。

だが彼は不満げな表情を崩さずに、じっと私の甲に視線を注いでいた。


そんなに見つめられたら穴が開いちゃうわ。


なんて呆れたのも束の間。

ユリウスの瞳に不穏な光が帯び始めた。



「駄目よ。」



私の言葉に、ユリウスの白い手がピクリと動く。

私は甲の傷を隠すように胸の前で握りしめ、薄暗い奈落の底でも星空のように煌めいているサファイアの瞳を真っ直ぐに見据えた。



「取らないで。」

「…。」



私とユリウス。両者しばらく黙って睨み合っていたが、やがてユリウスの瞳がインクを垂らしたようにシトリンの瞳へ戻った。

それを見て、僅かに肩の力が抜ける。

だがこれで終わりではない。


終わりにしてはいけない。



「あなた今、私の傷を自分に移そうとしたでしょ。」

「…。」



私の問いにユリウスは何も答えない。だがきっと、その沈黙は肯定を示しているのだろう。

今まで感じていた些細な違和感が、ここにきてようやく確信に変わる。

今回だけじゃない。

彼は今までも、きっと出会った当初から自身に移していたのだ。

私の身に起きた怪我や病気、更には些細なストレスまでも。


魔法で治してあげますからねと優しく微笑みながら。



「一体どういうつもりなの?」

「…。」



ユリウスは長い睫毛を伏せ、無言を貫く。その頑なな姿に沸々と憤りが胸に湧く。


何を考えているのか分からない。

過去を知っても理解できないことがもどかしくて苛立たしくて。

彼と話がしたくてここまで来たのに、彼を前にすると感情的になる自分にも苛立って。


だが一番は。


目の前に居るのに、私を見ない彼に酷く苛立って。


300年経った今でも、彼は居もしない”エリザ”を見続けているのだろうか。



「ー僕には、」



唐突に。



「あるべきものがありません。」



ユリウスの無機質な声が重い沈黙に落とされた。



「空っぽなんです。」



半ば彼からの返答を諦めていた私は目を瞠る。だが”空っぽ”とは一体どういう意味なのだろうか。

ユリウスは自身の胸に手を当てながら、まるで他人事のように淡々と言葉を続けた。



「喜び、怒り、悲しみ、嫌悪、痛み、愛しさ。僕にとって、それらの感情は全て人間の真似事です。どう足掻いても貴女と同じ存在にはなれません。それなのに、求めてしまった。分不相応と分かっていたのに。空っぽの中身が全て埋まれば、きっと……はは、」



自嘲気味に笑って口を閉じてしまったユリウスは、くしゃりと自身の前髪を掴む。

そして、次に口を開いたときには、彼の口調はやや冷ややかなものになっていた。



「でも駄目でした。僕が求めたものは全て指の隙間から零れ落ちてしまった。」



前髪を掴んでいた手の平にジッと視線を落としたのち、ユリウスは私に流し目で微笑んだ。



「結局、僕は《《最後》》まで空っぽのままでした。」



そう言う彼の微笑みは、作り物のように綺麗で妙に清々しくて。

けれど、このまま暗闇に溶けてしまいそうなほど儚くて、痛々しくて。


まるで、全てを諦めているようだった。



「……誰なの?」

「はい?」

「誰が言ったの?貴方に心がないだなんて。」

「…。」



私の唐突な言葉に、ユリウスのシトリンの瞳が僅かに揺れる。

この反応を見る限り、私の憶測は大きくは外れていないのだろう。

まるで自尊心の塊のようだった彼が、自ら卑下するようになるなんて腑に落ちない。


妙に引っ掛かる違和感を手繰りよせていると、ふと脳裏に知らない景色が浮かんできた。

何処までも続く底なし沼のような星空の下、果ての見えない泉に聳え立つ一本の大樹。

その大樹の太い枝には、一人の男が寛ぐようにして腰かけている。まるで悠々と靡く金色のマントのような長い髪を無造作に垂らしている男は赤い果実を頬張りながら、ぼんやりと遠くを眺めている。

男の表情はわからない。


けれど、泉に繋がれた彼は、いつも泣いていた。



「どうやらおしゃべりはここまでのようよ。」



ビアンカの声にハッと我に返る。

先程まで地面に膝をついて悶えていたはずのビアンカは、姿勢を低くして構えながら上空を鋭く見据えていた。


私も上空を見上げ、そこでようやく気付く。

何かが、物凄い速度で、奈落に落ちてくる。

あれは…



「さぁて、やってくるのは味方と敵…どちらかしら?」



そう言って腰の鞘に手をかけたビアンカは、好戦的な笑みを浮かべた。



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