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私は貴方を許さない  作者: 白湯子
第10章「奈落の告白」
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181話



つい先程、脳裏を過った自惚れた考えが、聞き間違えようがないほどはっきりと私の耳に届いて、頭の中が真っ白になった。



「それはどういう…」



心の中で呟くつもりだった言葉が思わず口から零れ落ちる。それぐらい、私は動揺していた。



「結婚したい。キスしたい。ハグや、それ以上のこともしたいぐらいに……貴女のことが好きです。」



結婚…キス…ハグ…それ以上…

熱のこもった聖女の直接的な言葉の数々に、私はただただ絶句した。

性別の垣根を超えた聖女からの好意は、思っていた以上に重く、そして生々しいものであった。

だがそうなると、ユリウスは?二人は恋人同士だったのでは?記憶の中の二人は、何処を切り取ってみても親密そうだった。あれは他人の距離感ではない。


手を握ったままの聖女は、私の顔をじぃっと見つめている。きっと私の返事を待っているのだ。いや、聖女だけじゃない。彼女の後ろに控える大勢の人々も私の返事を待っている。置物のように微動だにしない彼らからは、無言の圧力を感じた。

だが私は返事どころか身動きさえできずにいた。聖女のねっとりとした視線に練り込まれた熱の正体を知ってから、私は先程よりも深い困惑と恐怖に苛まれていた。


聖女のことが、ますます理解できない。


私のことが好きならば、尚更どうして階段から突き落としたのか。

聖女の言動は、まったくもって理解しがたいものばかり。混乱が絶えず混乱を招き、収拾がつかない。


そもそも、聖女はこんな夜更けに大勢の人間を集めて何をするつもりなのか。

私を一体どうしたいのか。

まさかこのまま告白だけで終わるまい。

聞きたいことはたくさんある。けれど何から尋ねたらいいのかわからない。頭の中がグルグルかき混ぜられて吐きそうになる。


…いや。今更何か言ったとしても、ここから無事に帰ることはできないかもしれない。

目の前に聳え立つ壁が、あまりにも大きくて、急激に思考が諦めの方角に堕ちかけたその時。



「ごめんなさい。」



しんとした静寂に、聖女の声が凛と響いた。



「貴女を困らせるつもりはありませんでした。」



聖女の冷たい手が、私の手からゆっくりと離れる。

目を瞠る私に、聖女はにこりと微笑んだ。



「すぐに返事が欲しい訳ではありません。ただ貴女に、私がそう想っているということだけを知っていて欲しかったんです。」



こちらを安心させるような柔らかな微笑みに、少し懐かしいような、奇妙な安堵感を覚えた私は、止めていた息を吐き出した。

得体の知れない恐怖の権化である聖女に、安堵感を覚えるなんて、自分はどうかしている。それぐらい追い詰められている、ということなのだろうか。



「…貴女の目的は何ですか?」



少しだけ気が緩んだ私は、敢えて避けていた核心に触れてみることにした。



「全ての悪から貴女をお救いすることです。」



焦らしているのか、はたまた天然なのか…。

床に両膝を付けたままの聖女は、両手を胸の前に組み、悪意を微塵も感じさせない可愛らしい笑みで、そう言い放った。言っていることは神に愛された聖女様らしいが、やっていることは道理に反している。思わず顔を顰めたくなるのをぐっと堪えて、私は更に言葉を重ねた。



「全ての悪とは?」

「いっぱいありますが…そうですねぇ。例えば…」



少しだけ考える素振りを見せた聖女は、胸の前で組んでいた両手をほぐし、すっと私を指差した。いや、正確には私の右手首にあるーーー



「それですかね。」



聖女が指差したのは、私の手首に嵌められた鉄の輪っかだった。



「それってユリウス様の仕業ですよね。」



予期せぬ名前が飛び出せて、ドキリと心臓が跳ねる。どうして聖女がそのことを知っているのだろうか。



「あ、やっぱりユリウス様だったんですね。」

「え、」

「ユリウス様の手首にも同じものが嵌められていたので、もしかしたらそうなのかなーって…。あ、鎌を掛けたみたいになちゃってすみません。」

「…。」



鎌を掛けたみたい、ではなく最初から鎌を掛ける気だったのだろう。

「エリザベータ様ったら、反応が分かりやすくて可愛らしいです!」と言いながらニコニコと笑う聖女を見て、唇の端がひくついた。この聖女様は思っていたよりも策士なのかもしれない。



「ユリウス様ったら酷いんですよ。」



そう言いながら聖女は私の手首に嵌められた鉄の輪っかに両手をそっと添えた。その突然の言動に、一瞬出かかっていた何故ユリウスは手枷を嵌めたままなのだろうか、という疑問が何処かに消え失せた。



「エリザベータ様の居場所について“今の姉上は陛下直々の謹慎処分中なので、僕にも詳しい場所は教えられていないんですよ”って私に嘘をついたんです。本当は森の奥に閉じ込めて独り占めしていたくせに。」



「ね、酷いと思いません?」と無邪気な声でこちらを見上げてきた聖女に、私はぞくりとした。

口元には笑みをたたえているのに、目が笑っていない。



「しかもこんなもので貴女を繋ぐだなんて…」



私から手枷に視線を移した聖女は、その鉄でできた輪っかを摘まみ上げ、そのままパキンと折った。まるでビスケットでも折るかのように。易々と。

私はぎょっと目を見開いた。私よりも細い指の一体どこにそんな力を秘めていたのか。いや、聖女は魔法を使ったのかもしれない。か弱き少女が素手で鉄を折るなんて、あり得ないことなのだから。


破壊した手枷を私の手首からそっと外した聖女は、それをまるで親の仇のように激しい形相で睨みつけたのち、上半身を後ろに捻り、そのままぞんざいに放り投げた。その聖女らしからぬ行動に私は唖然とした。彼女は狂気的ではあるが、礼儀正しい印象が強かったから。

放物線を描きながら後方に飛んで行った手枷は、白いローブをまとった団体の中に音もなく吸い込まれた。それを見て何故か私は喪失感のようなものを感じ、なんだか急に心細くなってしまった。



「…本当、狡くて卑しい男です。」



後ろを振り返ったままなので表情を見ることはできないが、彼女が吐き出した言葉には苦々しい毒が含まれていた。


ユリウスと聖女。


二人は恋仲だと思っていが、聖女がユリウスに抱いている感情は恐らく真逆なもの。ならば、私が見た仲睦まじい二人の姿は一体何だったのか。軽くなった右手首をさすりながら、私はひたすら困惑した。


聖女はくるりとこちらに向き直ると、私の目を見てにこりと微笑んだ。



「今日までに見つけられて、本当に良かったです。ーーーもし見つけられなかったら、森ごと燃やし尽くすつもりだったので。」



世間話のように軽い口調で話す聖女の言葉に、私は一瞬、自分の耳を疑った。



「…そ、それはどういう意味ですか…?」

「そのままの意味ですよ。追跡魔法が得意な方にお願いして…あ、その方の魔法が凄いんですよ!贈りたい人の髪とか体液があれば、場所が分からなくてもその人の元にプレゼントを届けることが出来るんです!なので私、エリザベータ様に似合いそうなワンピースと探知石付きのぬいぐるみを箱に詰めて贈ってもらったんです。探知石のおかげでエリザベータ様の居場所を特定することは出来たんですが、どういうわけだが見つけられなくて…。多分、ユリウス様が何らかの魔法でエリザベータ様を隠していたんでしょうね。ほんと、狡い男です。森を焼き尽くす方だと確実性が低くて心配だったので、見つけられて本当に良かったです。あ、そうだ!プレゼント気に入ってくれましたか?ずっと聞きたかったんですよー。」



追跡?プレゼント?探知石?

混乱する脳裏には、若草色のワンピースと猫のぬいぐるみを燃やすユリウスの姿が過り、一瞬にして私の身体から血の気が引いていくのがわかった。思わず両手を口元に当てる。


ーーーあの時。

私はとんでもない勘違いをしていたのかもしれない。



「エリザベータ様。」



凛とした声にハッとする。

気付けば、ニコニコと笑みを浮かべていたはずの聖女が、私を静かに見つめていた。



「何を考えているんですか?」

「…。」



なんとなく、ここで返答を間違えてはいけないような気がする。

時間稼ぎの為、当たり障りのないことを言うべきか。はたまた再度、核心に迫ってみるか。

…いや。どっちを言ったとしても、聖女のペースに飲まれる未来しか見えてこない。私が聖女の言葉に翻弄されればされるほど、彼女の思うつぼ。聖女は私の反応を、自分に都合よく解釈してしまうのだから。


ならばどうするか。

攻め方を変えるしかあるまい。



「…聖女様のことを考えておりました。」

「えっ」



ぽっと頬を赤らめた聖女に、私は悲しげな視線を送った。



「聖女様が私のことを好いているだなんて、とても信じられないのです。」

「わ、私の愛を疑うんですか!?」



ショックを受けた様子の聖女から視線を逸らせば、聖女は焦ったような声を上げた。



「た、確かに私とエリザベータ様は女の子同士ですが、愛に性別なんて…」

「問題はそこではないのです。聖女様。」



私の静かな声音に、聖女の肩がビクリと跳ねた。



「私が言いたいのは、聖女様のお言葉と行動が、私の中で繋がらないのです。」

「つな…がらない…?」

「えぇ。これまで聖女様は私を階段から突き落としたり、未遂ですが焼き殺そうとしていました。本当に私のことが好きならば、こんな酷いことはしないはずです。」



言い終えると、激しく脈打っていた鼓動が更に激しさを増した。声が震えないよう力を込めていたお腹と、強く握り絞めていた右手首が痛い。

私は聖女のペースを崩す為、動揺を誘おうとした。動揺している聖女ならば、自分が優位に立てるかもしれない。本当は人の好意を利用するよう真似はしたくはなかったが、今の状況下では致し方無い。そして、この策は思っていた以上に効果があった。



「こ、殺すだなんてとんでもない!私は本当にエリザベータ様をお救いしたいだけで…あっ…あっ…ご、ごめんなさいっ!私浮かれすぎて、エリザベータ様にちゃんと説明していませんでした。ごめんなさい、ごめんなさい。怖かったですよね?今度はちゃんと説明しますから、嫌わないで下さい…!」



私のスカートの裾にしがみついて、涙をボロボロと零す聖女に、私は呆気にとられた。

まさかここまで取り乱すとは。

ただただ唖然としていると、突然、前方から鋭い視線を感じた。……タラリと額に冷や汗が流れる。視線を上げずともわかるのだ。聖女の背後に控えた大勢の人々が、フード越しに鋭い視線を私に向けていることを。もし、その視線に魔力が込められていたら、今ごろの私の身体は蜂の巣だっただろう。思わず、穴だらけになった自分の悲惨な姿を想像してしまい、ぞっとした。


このままでは私の未来は蜂の巣だ。

焦った私は慌てて聖女に声をかけた。



「嫌いになりません。なりませんから、ちゃんと説明してください。」

「ほ、ほんとうですかぁ…?」



腫れた目元で見上げてくる聖女に私は頷いて見せる。



「でないと、聖女様の気持ちも受け止めることができません。」

「ーっ!」



ぱぁっと聖女の顔が輝くと、突き刺さっていた無数の視線が少し和らいだように感じた。

どうやら蜂の巣は回避できたようだ。

そっと胸を撫で下ろしていると、相変わらず両膝を床に付けたまま姿の聖女は、姿勢を正し、ごほんと一つ咳払いをしてから話し始めた。



「えーまずは、今日が月隠(つきごもり)の日だということは分かりますか?」



その言葉に私は目を瞠る。月隠の日とは、一年の最後の日を指す言葉だ。まさかユリウスに軟禁されてから約一か月も経っていただなんて。

驚く私の反応に気付いた聖女は、口元に手をやり瞳を潤ませた。



「おいたわしや...。時間の感覚が狂っちゃうぐらい長らく閉じ込められていたのですね。ですがもう大丈夫ですっ。これからは私がエリザベータ様をお守りしますから!って、ごめんなさい!話がそれちゃって…ちゃんと説明しますから安心してください。えーと…簡単に言えば、今日は皆でこの世界から旅立つ日なんです。」

「世界から…旅立つ…?」

「そうです!」



ぐいっと胸の前で両手を組んだ聖女は、私に顔を近づけた。視界いっぱいに広がる聖女の可愛らしい顔に、思わず身を引くが、背もたれが邪魔をして距離をとることができない。鼻先が触れてしまいそうな至近距離でも構わず、聖女は話を続けた。



「神様が皆を新しい世界に連れて行ってくれるんです!そこには性別や人種、階級の差別だってない皆が平等で幸せな世界なんですよ。きっとエリザベータ様も気に入っていただけるはずです。」

「……。」



この聖女様は突然何を言い出しているのだろうか。ここ以外の新しい世界だなんて、そんなものはただの夢物語だ。

ーーーそう思うのに。

聖女の煌めくピンクダイヤモンドの瞳を見ていると、全て本当のことのように聞こえてくる。



「本当はエリザベータ様には早く行ってもらう予定だったのですが、色々と失敗しちゃって…でも思ったんです。一人で行くよりも皆で行ったほうが寂しくないのかなぁって。それを神様に相談したら、月隠の日に供物を一人捧げたら、大勢の人達を連れて行けるって言ってくれたんです。」



ーーー供物。


その単語を聞いた瞬間、冷水を浴びたように心臓が凍った。


まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか…



「…わ、私が、その供物なのですか…?」



そんな予感は最初からあった。この大勢の人間がいる中、私だけが祭壇の前にある椅子に腰かけているのだから。これではまるで”生贄”みたいじゃないか、と。


恐る恐る口に出した言葉に、何故か聖女はぎょっとした表情を浮かべていた。



「ど、どうしてそうなるんですか!!」



戸惑っているような、怒っているような、そんな聖女の剣幕に、今度は私の方がぎょっとした。



「違うのですか…?」

「違いますよ!全然違います!例え神様に言われても、髪の毛一本だってあげません!!それに…」



聖女は視線を私の背後に向けた。



「供物はちゃんと用意していますから。」



聖女の言葉につられて、私は後方を向いた。



「…え」



繊細な装飾が施された祭壇の上には、一人の男性が静かに横たわっていた。


生気を失った土気色の肌と絹糸のような金色の髪。それらにこびりつく黒いもの。



「…殿下…?」



思わず声を掛けずにはいられない。

だって彼は、私がよく知っている、この国の皇太子殿下。


まごうことなき


テオドール=ブランシュネージュ=ノルデンなんだもの。







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