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私は貴方を許さない  作者: 白湯子
第9章「愚者の記憶」
179/217

172話

誤字脱字報告・いいねを押して下さって、ありがとうございます!



ラルフside



「―――目を瞑れば何時だって、あの日見た光景が、まるで昨日のことのように瞼に浮かびます。


どんよりと曇った冬の朝。

貴方が産声の代わりに青い炎を噴き上げながら、この世界に生まれ落ちてきたあの日、当時10歳だった私も、その場に居合わせていました。

皇宮医では対処できぬ問題が発生した場合ーーー身を挺して彼らを守る肉壁、もしくは赤子が人類の手に負えないと判断された時の始末役として。


皇族たちは面倒事を全て私に押し付けるつもりだったのでしょうが、皇政崩落を望む私にとっては、とても都合のいい話でした。下手な工作をせずとも、皆の前で堂々と次世代の芽を摘むことが出来るのですから。


ですが、ご覧の通り、私は貴方を殺さなかった。


かつて、世界を呑み込んだ大噴火の記憶を思い出し、恐怖に戦く皇宮医らに「早く始末しろ」と囃し立てられても、私は動かなかった。

否、動けなかった。


眼前に広がる青の世界が、この世のものとは思えぬほどに神々しく、そしてあまりにも美しかったから。


この世の全てを焼き尽くさんばかりに猛々しく燃え上がる青い炎に、あの時の私は一瞬で魅入られてしまったのです。


そして、そんな私の脳裏に閃光の如く天啓が迸りました。

『人類が還る場所はこの炎の中である』と。

その答えを得た瞬間、私は全てを理解しました。


…アルベルト。

人類は、かつての大噴火によって還れるはずだったのです。それなのに知恵の実を食べた人類は神の意志に背き、悪知恵を働かせ、生き残ってしまった。神はそんな卑しい人類に失望し、この世界ごと見放してしまったのです。


しかし、神は慈悲深かった。


もう一度、人類にチャンスを与えてくれたのです。

それが貴方。

貴方は人類を還す為に天界から落ちてきた神の子。そうでしょう、アルベルト。


あの日、貴方のおかげで、私の価値観は全く別のものに塗り変わりました。

世界の全ては、あの神聖な炎の中に還るのですから。それを前にすれば、私の皇政に対する復讐心などちっぽけなものです。

皇宮医らが蝗害と呼び恐れた炎が、この世界を包むその日まで、私は何があっても貴方を守り通すと、幼い貴方に誓いました。


それからというもの、日に日に成長してゆく貴方の一番近くで、人類が還る日を今か今かと心待ちにする日々は、とても満ち足りたものでした。

貴方の人類を軽蔑する思想は私の理想そのもの。

いつか必ず、そう遠くはない未来に、貴方は世界を燃やし尽くしてくれる、そう信じて疑ませんでした。















ーーー貴方がコーエン家の小娘と出会うまでは。


何に対しても興味を示さなかった貴方が、執務室で一生懸命探し物をしているのを見て、とても嫌な予感がしました。そして案の定、その嫌な予感は的中してしまいました。

貴方が探していた者は、人間の娘。しかも、よりによってコーエン家の娘。あの時は、本当に頭を抱えたくなりましたよ。幼い頃からペルラ=コーエンに執着する姉を見てきましたからね。まさか貴方もか、と。どうしてコーエン家の女は、皇族を惑わすのでしょう。偶然なのか、はたまた魔性のようものなのか…はぁ…………あぁ、すみません。話を戻します。


その日から貴方は、魔力すら持たないただの小娘相手に一喜一憂し、姉と同じ…いえ、それ以上の執着心を見せ始め、あまつさえ、ずっと見下していたはずの人間に対して『天使』などと呼ぶようになりました。

…………流石に、小娘の人形を作り始めた時は、少々……いえ、かなり気持ち悪かったですね。


このまま事態を放っておけば私の神が、醜い人間に成り下がってしまう。

転げ落ちるようにおかしくなってく貴方に危機感を覚えた私は、貴方に分からせようとしました。貴方が熱を上げている相手は、貴方が忌み嫌う人間と同じ存在であるということを。


それからは本当に、大変でしたよ。

母親に虐待されている小娘を皇宮で保護したいと言い続ける貴方の為に、虐待の事実を隠蔽した報告書を作成したり、手っ取り早く小娘以外の女を教えようと大金払って高級娼婦を充てがったり。あの閨教育は失敗でしたね。まさか魔力が暴走するとは思っていなかったので、あとの処理が大変でした。その上、小娘に対する執着心を強めてしまいましたし、本当に踏んだり蹴ったりです。


あとは…あぁ、小娘の社交界デビューの日。あれも大変でしたね。深夜、警備の目を盗んでコーエン邸に忍び込み、全ての馬車の車輪をネズミに齧らせました。勿論、小娘を皇宮に行かせない為ですよ。

貴方には捏造した報告を伝えていましたが、残念なことに小娘は何年にもわたる狂気じみた努力の末、それはそれは美しく聡明な娘に成長してしまいましたからね。生息子のままだった貴方には正直、毒です。猛毒です。長年溜め込んでいた綿の着火剤です。


ですが、そんな私の心配は杞憂に終わりました。

長年、偽りの報告を聞き続けた貴方は、別人のように成長した小娘を受け入れることが出来ませんでした。


そして社交界以降、私が手を加えずとも、貴方は勝手に小娘に対して嫌悪感を抱くようになりました。

…まぁ、念には念を入れて、引き続き、貴方には嘘を織り交ぜた報告を伝えていましたが。


そんな中、兄と姉が小娘との婚約を決めました。もちろん、私は反対しませんでしたよ。自尊心の高い貴方が、さらに小娘に対して嫌悪感を抱くことが、手に取るようにわかっていましたから。


しかし、物事というものはトントン拍子には進みません。

何だかんだと言いつつ貴方は、小娘に対して淡い期待を抱いておりました。

ある意味貴方は純粋で繊細なロマンチストですからね。だからこそ、私の嘘に気づけなかったのでしょうが…。

いつまで経っても夢見がちな貴方にしびれを切らした私は、小娘へ定期的に贈っていた贈り物に、少々細工をさせて頂きました。


例えば…貴方が選んだドレスを、姉がペルラ=コーエンの誕生日の度に贈っては返されたドレスに差し替えてみたり、薔薇の花束に意味深な白紙のメッセージカードを添えてみたりなどなど。


それでも往生際悪く期待する貴方の為に、仕方がなく第三者の話も聞かせてあげました。あのコーエン家の元使用人です。特に女の方は実に良い仕事をしてくれました。当事者の言葉はさぞかし響いたことでしょう。それが被害妄想を増幅させた言葉であっても。


そして運は、貴方の為にせっせと働く私に味方しました。

偶然にも庭園で小娘と庭師が仲良さげに話しているのを見つけてしまったのです。これは使えると思った私は、貴方を庭園へ向かわせました。そして私の思った通り、貴方はようやく長年見続けていた夢から醒めてくれました。

その瞬間を二階の窓から眺めていた私は、嬉しさのあまり高級ボトルを開けてしまいましたよ。


長い長い年月をかけて、魔性のコーエン家の娘から剥がしてあげたというのに―――貴方はまた惑わされました。

あの阿婆擦れ聖女に。


まぁ、私自身も妙な魅了をかけられていましたから、正常な思考ではありませんでした。

しかし、聖女が消え魅了が解けても、貴方は知性も品性も失ったまま。幻聴幻覚に囚われて怯えて暴れて…まるで野蛮な猿。

そして先程の「自分の日記に嘘をつく必要はないでしょう?」という言葉。


……はぁ…。

貴方は人間に成り下がってしまいました。

今の貴方では私の願いを叶えることはできない。それが今、分かってしまいました。

けれど、貴方は悪くありません。

悪いのは貴方を守りきれなかった私と、貴方を惑わし堕落させた女どもです。

人間へ堕ちてしまったとしても、貴方は私の可愛い甥に変わりはありませんよ。


…アルベルト。私の高貴な光。

今、苦しくて苦しくて堪らないでしょう?全てが憎くて憎くて堪らないでしょう?

もう苦しまなくていいんです。抗わなくていいんです。

後のことは私に任せて、いい加減貴方は休んでください。

私も全てを片付けた後、貴方のあとを追いますから―――」

「話は終わったか?」



長らく無言だった甥が、突然口を開いた。



「終わったのなら、その臭い足を退けろ。いい加減聞き飽きた。」

「―――」



無機質で淡々とした口調。

先程まで状況を飲み込めずに戸惑っていた様子が嘘のように。



「聞こえなかった?退けろって言っているんだけど。」



今の甥には、私に抵抗できるほどの魔力は残っていない。昔から兄に似て自尊心の塊のようなヒトだ。ただの強がりなのかもしれない。しかし、この目は―――



「2度も言わせるな。」



甥が冷たく吐き捨てた瞬間、甥の身体から燃え立つような暗黒の瘴気が立ち上がった。



「――!!!」



私は咄嗟にその場から飛び退き、甥から距離をとった。

暗黒の瘴気。それは魔力の残りカスを燃やしているようなもの。大したものではない。


だが、その考えは甘かった。


前方から迫り来る気配。そのあまりの速さに反応が遅れ――



「――ぐっぅっっ…!」



首筋に魂を抉るほどの激痛が走った。

















アルベルトside



叔父の首筋を噛みちぎった僕は、その勢いのまま叔父の顔面を地面に叩きつけた。もちろん、お返しとして叔父の頭を踏むのも忘れない。

首筋からダラダラと血を流し呻き声を上げる叔父の頭をグリグリと踏みながら、僕は叔父の血液を喉を鳴らして飲み込む。そして口内に残った肉の塊を地面に吐き捨てた。



「……ドブの味がする。」



手の甲で口元を拭い視線を落とせば、珍しく険しい表情を浮かべる叔父と目が合った。



「流石、僕の叔父様。反応が早いね。喉元を狙ったつもりだったんだけど。」



魔法は1を100にできても、0を1にすることは出来ない。それに従い自身の魔力も空っぽの状態から増やすことはできない。

しかし、他人の魔力ならば増やすことができる。


枯渇状態だった魔力が、全身に沁みるように満ちてゆく。もう頭痛も目眩も倦怠感もない。思考も今までにないくらいにクリアで、何処までも透き通っている。そんな全てが見えそうなほど研ぎ澄まされてゆく感覚を邪魔するかのように、僕に踏まれている叔父が呻き声をあげた。



「…あ…あぁ…!」



何を言い出すのかと静かに見下ろしていると、叔父の瞳孔が激しく上下に動き、そして―――



「その目、その目ですよ!!!貴方が、この世界に生まれ落ちてきた時の目は!!!」



唐突に、叔父は発狂した。

今まで聞いたことのない、天をも貫く奇声を上げながら。



「まるで人間味のない!人を人として見ていない!冷たくて!無機質で!高純度の宝石のような!!あぁ…あぁ…!!なんて美しい!!それこそがまさに私がずっと恋焦がれていた神の瞳!!!!!!!」



犬歯と歯茎を剥き出しにして、瞬く間に興奮の絶頂まで昇り詰めた叔父の身体は激しく痙攣し、長い手足をまるで何かの昆虫かのように忙しなくカサカサと動かし始めた。



「あぁぁぁあ!!!アルベルトぉォオオォオオォオオォォオオォ!!!!私を、私を燃やしてください!!私はずっと貴方の炎に燃やされたかった!!今の貴方に燃やされたい!!包まれたい!!!逝きたい!!!!私の、私だけの神!!!!」

「…気持ち悪い。」



僕は無理やり仰向けになってきた叔父の顔面を踏みつけた。



「ゴフッ」



鈍い呻き声を上げているが、その表情は何処か恍惚としており、こちらを見上げてくるねっとりとした視線に、ゾワリとうなじが粟立った。



「…僕はお前の神じゃない。」

「あぁ…あぁ…」

「だから救いも赦しもしない。」



僕は懐から護身用のナイフを取り出した。

幼い頃、必要ないと言ったのに、叔父が無理やり僕に持たせたナイフを。



「…お前の血に獣の血が混じっていようがいまいが、僕にとってはどうでもいい。混血であれ純血であれ、結局は忌み嫌う人間には変わりないのだから。」



手にしたナイフを己の手首に押し当てれば、傷口から鮮血が溢れ出した。



「それでも僕は、人間であるお前を誰よりも信頼し、そして誰よりも尊敬していた。」



叔父の口に足を突っ込み、無理やりこじ開ける。そしてーーー



「けれどお前は僕を裏切った。」



叔父の口内に、手首から滴る血液を注ぎ入れた。



「―!?」

「これはお前が自ら背負った十字架だ。」



僕は頭の中で複雑な数式を組み立てる。徐々に熱を帯びる瞳。そして、数式が完成した瞬間、叔父の身体が淡い光を放った。



「お前は一生苦しみながら生き続けろ。」

「……ぁ、」



僕は叔父に魔法をかけた。

魔法書には載っていない。幼い頃、解剖する度に死んでしまう兎に煩わしさを感じて、遊び感覚で作り出した魔法。不老不死の魔法を。

これで、ずっと待ち焦がれていた【死】は未来永劫、叔父の元にやってこない。



「あ、あ、あぁ…」



小刻みに震え始めた叔父は、口から蚊の鳴くような声を洩らしながら、瞳孔を激しく上下左右させる。そして



「ああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」



絶叫した。



「アルベルト何故どうして貴方を騙した私が憎いでしょう?殺したいでしょう?殺せばいいじゃないですかだって貴方は今までそうやって生きてきたじゃないですか邪魔な者は全て虫を潰す感覚で慈悲もなく容赦もなく殺して殺して殺して殺しまくって散々死体の山を作ってそれなのにどうして私には生きろだなんてそんなこの上なく残酷なことを言うのですか!!!!???」



無表情の仮面を殴り捨てて、怒りを露わにする叔父を静かに見下ろしていた僕は、ひとつ、溜息をこぼした。



「どうでもいいからだよ。」



今の僕には、叔父に対する怒りや憎しみの感情はない。

あるのは無関心。

そこら辺に生えている雑草と一緒。



「どうでも…」

「そう。あの子以外、どうでもいい。」

「あの子って…」



叔父の瞳に炎が灯る。

それは、今まで気付けなかった嫉妬の揺らめき。



「貴方はいつもいつも…っ、あんな小娘なんかより私の方が…あ…まて…これは血…貴方の血…あぁ、そうだそうかそうだそうか…!あは、は、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっはははははははははははっはっはははははっはは…」



タガが外れたかのように、笑い出した叔父は、僕に向かって両手を伸ばす。



「貴方が、初めて、私に、贈り物をしてくださった…!小娘に贈った、花や、ドレスなんかよりも、ずっと、イイ…!!」



恍惚な笑みを浮かべた叔父は、再び身体を痙攣させ、ぐりんと白目を剥く。



「あぁなんて最低で最高な呪いなんだ…!!」



まるで断末魔のような叫び声を最後に、叔父の身体はカクンと弛緩した。

今の叔父は不老不死。死んではいない。きっと高まりすぎて気絶してしまったのだろう。


僕は白目を剥いて涙を流す叔父に背を向け、首元に生えた花を毟りながら歩き始めた。



「早く迎えに行かなくちゃ。」
































あの子はずっと、僕を待っている。
































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― 新着の感想 ―
[良い点] クレイジーサイコパスヒロイン・叔父様 [気になる点] アルベルト様の言うあの子ってエリザベータちゃん…か?それとも名前が出てきてないし別の人か。いや流石にそれはないか…。 [一言] 恋に敗…
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