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私は貴方を許さない  作者: 白湯子
第9章「愚者の記憶」
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168話



アルベルトside



『〇月✕日


明日はお城でピアノの発表会。


でも、1回も上手く弾けたことがない。


どうしよう、お母様に怒られちゃう。』



『〇月✕日


やっぱり失敗しちゃった。


お母様にいっぱい怒られたけど、いいこともあった。


絵本みたいな、キラキラの王子様に出会ったの!


甘い匂いがするお花もくれたし、かっこよくて、優しくて、あんな人初めて!


モニカが教えてくれたけど、お花の名前はカモミールっていうんだって。


カモミール、カモミール、カモミール。

うん、忘れない。


王子様に、また会いたいな。』



『〇月✕日


王子様は本当に王子様だった!


お勉強をいっぱい頑張れば王子様に会えるって、お母様が言ってた。


いっぱい、いっぱい頑張ろう。』



『〇月✕日


王子様から貰ったお花、枯れちゃった。


哀しい。


凄く、哀しい。


枯れないで、ずっと咲いていれば良いのに。


どうして、枯れちゃうんだろう。


哀しい。』



瞬きさえも忘れて、僕は黙々とその拙い字を目で追いかける。



『〇月✕日


今日は王子様に会うことができた。


本当は駆け寄りたかったけど、それははしたないから我慢した。


はしたないことは悪いこと。王子様に嫌われちゃう。


遠くから見ているだけでも、今は幸せ。

いつか、色々とお話できたら良いな。』



『〇月✕日


王子様は、とても忙しそう。私に構っている暇はないみたい。


私も王子様を見習って、頑張ろう。』



『〇月✕‬日


どうしよう。


軟膏を塗っても手の傷が治らない。


どうしようどうしようどうしよう。


王子様は頑張った証拠だって言ってくれたけど……こんな手じゃ、やっぱり…


治るまで手袋をしていよう。』



その拙い字はどんどん洗練された美しい文字に変わってゆく。それは、記載者の成長を意味していた。



『〇月✕日


今日もあの人は忙しい日々を過ごしている。最近、陛下から一部の政務を任されたみたい。


膨大な量の政務を次々と片付けていく姿は、とっても素敵。心から尊敬する。


私も頑張らないと。次はデューデン語を勉強しよう。』



『〇月✕日


今日は、ずっと楽しみにしていた社交界デビューの日だった。


色々とトラブルはあったけれど、無事に参加出来て良かった。


でも、久々にお会い出来たあの人は、何だか素っ気なくて、目を合わせてくれなかった。


頑張ったつもりだったけれど、まだまだ私の努力が足りないみたい。


早く彼に認めて貰えるように、もっと頑張ろう。』



『〇月✕日


あの人との婚約が決まった!


嬉しい!それ以外の言葉が見つからない。


今日は素敵な夢が見られそう。』



ページを捲るたび心臓が激しく脈打ち、指先が震え、呼吸が乱れる。


苦しい、息ができない。

体内に酸素を上手く取り込めず、意識が朦朧とする。

それでも、何かに取り憑かれたかのように、僕はその字を追うことを止めることができなかった。



『〇月✕日


あの人から、サイズの合っていない華美なドレスが届いた。

母と使用人たちは喜んでいたが、私のことなんて微塵も考えていない事務的な贈り物に悲しくなる。


今までも、定期的にダイアやエメラルドなのどの宝石を送ってくれたが、サファイアの宝石だけは決して贈られることは無かった。


婚約は許しても、心は許さないと言われているみたい。』



『〇月✕日


今日は豪華な薔薇の花束が贈られてきた。


メッセージカードは白紙。何も書かないのなら、わざわざ入れなくてもいいのに。


昔のように1輪のカモミールを差し出してくれることは、もうないのかな。』



『〇月✕日


陛下から、あの人に国境視察の命が下った。


国境付近は、治安が悪いと聞く。そんな所になん月も滞在するみたい。


魔力の無い私がいくら願ったところで、何も変わらない。それでも、あの人が無事に帰ってくることを願う。


神様、どうかあの人のことをお守りください。』



『〇月✕‬日


今日は両陛下のお茶会に行ってきた。


魔力のない出来損ない私に、お2人はとてもよくしてくれる。


けれど、時折私のことをペルラって呼ぶの。


無意識だったみたいで、お2人は気付いてはいなかったみたいだけれど…。


お2人が私に優しくしてくれるのは


きっと──────』































「…ウソだ…」



バサバサと音を立てながら、古びた本が床に落ちる。

そして、それを追いかけるかのように僕の身体も膝から崩れ落ちた。



「こんなの、全部、デタラメだ…っ!」



頭を抱え、体を折り曲げた僕は、ほとんど叫喚に近い奇声を床に吐き出した。



「アイツはっ!僕を陥れる為にこんな虚言の日記を残していったんだっ!!わざわざ鍵までかけてっ!僕を苦しめるために…!!こんな…っこんな…!!」



いくら毒の言葉を重ねても言葉にならない焦燥が後から後から湧き上がり、頭の中でぎりぎりと軋みまわる。



「何が王子様だ、何が尊敬するだ…!!僕との婚約が嬉しい!?嘘ばかり書きやがって!!そんな素振り1度も…っ」



ふいに、アイツのエメラルドの瞳が脳裏に蘇る。

そうだ。いつだってアイツは、僕のことをじっと見ていた。

何か言いたげな、暴くような、探るような、そんな不快な目で。


そんな不快な目。


では敬愛の目とはどんな目だ?

僕は知らない。

だって僕はそんな感情、誰にも抱いたことが、ない。

今まで、1度も。

だから、僕は、知らな、い。

何も、シラ知ら、ない。

あの瞳の、感情なんて。

ち、違う、僕は知っ、てイル。

僕は、全てを知っている。

い、いや、違う。そんなもの世界に存在しない。

それらは人間共が自分に都合よく作り出した言葉であって…!

だから、つまり、僕が…!僕が言っていることだけが真実であって…それ以外は全て…!!


収拾がつかないほど感情が、頭の神経を麻痺させ、思考がまとまらない。

酸素も上手く体内に取り込めることが出来ずに徐々に霞がかかる意識の中、先程床に落とした本が目に留まる。

恐らく開き癖がついているのであろうページには長めに綴られた文字が。


これ以上、読んではいけない。


しかし。

僕の瞳は、その意志に反して、文字を追いかけてしまった。



















『ノルデンの春はまだまだ寒いけれど、あの人と結婚したらデューデン国で流行っているピクニックに行ってみたい。

確か芝生の上にシートを敷いて、食べ物を並べる…だったかしら?

食後にカモミールティーを入れて差し上げたいけれど、ノルデン人の舌には合わないのよね…。

多分、あの人も苦手なはず。

美味しいのに、残念。

嗜好の押し付けはいけない。

けれど、いつか一緒にお茶できたら…とても素敵ね。



四季の中で1番過ごしやしい夏は、あの人と一緒に森林の中を散歩してみたい。

清々しい空気の中、手を繋いで─は、はしたないって言われてしまうかしら?

手は繋げなくても、今までお話できなかった分、沢山お話をしたい。

でも、話すのは得意じゃないから…あの人の気を悪くしてしまうかも…。

会話の勉強ってどうやるのかしら?



秋は実りの季節。

皇后様のお茶会で食べた林檎ケーキを、あの人と一緒に食べたい。

確かあの時食べたケーキは、ラルフ様の手料理で、あの人の好物でもあったはず。

ラルフ様にお願いすれば、同じものを作ってくれるかしら?

でも、あの人、少し怖い。

それはきっと私をアルベルト様の婚約者として認めていないから。

いつかラルフ様にも認めてもらえるように頑張らないと。



ノルデンの冬はとっても寒いから、時間が許すまであの人と一緒に暖かな布団の中を微睡んでいたい。

あの人は真面目な人だから、冬でも早起きしてしまうでしょうけど。そんな所も素敵。


未だにあの屋根に積もった雪が滑り落ちる音が怖い。

もしその音で起きてしまった時、隣にあの人が居てくれるのなら、それ以上幸せなことはないでしょうね。』




少し掠れながらも、サラサラと書かれた美しい文字。



が、最後の1文だけは、様子が違っていた。


























『なんて、所詮は夢物語。』

























インク溜りが目立つ、力の抜けた字で


彼女の日記の最後は、そう締めくくられていた。






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