166話
アルベルトside
「いゃぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!」
轟々と燃え盛る炎の中、火刑台に括り付けられたマリーが激しい金切り声を上げる。
「やめてぇぇえ!!本当に死んじゃうからぁぁ!!」
髪を振り乱し、今まで見せたことのない醜く引き攣れた形相を晒すマリーを、僕はまるで丸焼き調理中の怪鳥のようだと思った。
「ねぇ、助けてよっ!こんなのおかしいって!アルベルトってばっ!!」
自分の立場をまるで理解出来ていないマリーは、この御に及んでもなお、僕に助けを求めてくる。そんなマリーに呆れきってしまった僕は、酷く冷めた気持ちでマリーを見上げていた。
「アルベルト、ね、今なら許してあげる!だから助けてよっ!!神様も言ってるよ、こんなの間違っているって!私を、聖女を!火あぶりにするだなんて、許せないって!!あぁ、神様が怒ってる!!」
「黙れ。」
先ほどから聞くに堪えない虚言を吐き散らすマリーの口を早々に止めるべく、僕は火力を上げた。
「ぎゃああああ!?」
地獄の業火が咽喉を潰さんばかりに絶叫するマリーの身体を濁流の如く呑み込む。
その際にぶわりと吹き荒れる身を焼き焦がす程の熱風が、僕の頬を掠め、燃えカスとなった花々を天高く舞い散らせた。
「アルベルトォォォオ!!」
猛々しく燃え盛る炎の中で、火の中をのたうち回る悪魔のような形相を浮かべたマリーは、喉の奥から獣じみた声を吐き出した。
「あんなにも、愛してやったのにっ!!」
愛?おかしなことを言う。
お前が僕にぶつけてきたきたものは、ただの穢らわしい肉欲と幼稚な戯れだけ。あの思い出すだけでも悍ましい指南役の女と一緒だ。
愛なんてものは所詮、お前たちのような浅ましい人間どもが自分の醜い本性と肉欲を正当化するためだけに作り上げた口先だけの虚言。
そこに中身はない。
全ては空っぽの虚像だ。
「お前なんか、神様に、呪い殺されてしまえっ!!!」
あぁ、うるさい。耳障りだ。
人知を超えた絶対的存在である神が、聖女の名を騙り悪事を働いた罪深き人間の戯言など聞くはずがないだろう。マリーは神を侮辱した。マリーの存在自体が罪。それなのに、何故お前はまだこの世界に存在しているんだ?
荒ぶる炎に自身の全魔力を惜しみなく注ぎ続ける。
すると、すぐにマリーに異変がおきた。
「…ぐえぁ!?」
天に向かって奇声を上げていたマリーの口から、何かが飛び出したのだ。だがそれは確認する暇もなく一瞬で燃え尽きてしまった。
胃の中に何か隠していたのだろうか?だが今更そんなものはどうでもいい。煩わしいモノは全て燃やしてしまえばいいんだから。
だからほら、さっさと燃え尽きろ。
その穢れた身体と魂。
そして、この忌々しい記憶が染み付いた中庭と共に、僕の世界から消え失せろ。
「ーーーそこまで。」
背後から放たれた平坦な声と同時に、轟々と燃え盛っていた炎が水をぶっかけられたかのように白い煙を上げながら鎮火した。
「国ごと燃やし尽くすおつもりですか、陛下。」
聞き慣れた声に後ろを振り向けば、そこには案の定叔父がいた。いつもと変わらない無表情。だがその顔には僅かに呆れの色が混じっていた。
「…ラルフ…」
「もう十分でしょう。これ以上焼いてどうするのです。」
僕は視線を叔父からマリーを括り付けた火刑台に戻す。
しかし、そこには何もなかった。僕の視界に映るのは何処までも続くみすぼらしい焼け野原だけ。
かつて帝国一美しいと謳われていた母の中庭の面影は一切感じられなかった。
「しかし…いったい彼女はどのような方法で私たちを魅了にかけたのでしょうね。」
「…。」
「恐らく帝国金の横領も先代を殺めたのも彼女の仕業…。皇宮医は彼女に魔力はないと言っていましたが、私たちが感知出来ないような未知の魔力を持っていた可能性は十分に考えられます。……まぁ、今となってはそれを確かめる術はありませんが。」
「…ハハ、」
「陛下?」
変わり果てた中庭を目の当たりにした僕の口からは、乾いた笑い声が溢れる。
思わず片手で顔を覆い、灰色の空を仰いだ僕はーーーーー
「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははああああああーーーーーーーははははは!!!!!」
堰を切ったように笑い声を上げた。
長年、身体に溜め込んでいた不快な膿を全てを吐き出すが如く。
「燃やした燃やした!全て跡形もなく燃やし尽くしたッッ!!!」
年がら年中不快な匂いを放っていた薔薇園も、罪深い腐った林檎も、この世に存在する僕を害するモノ全て…!!!!
これでもう僕を苦しめるものは何もない。
やっと僕の元に安寧した世界がやってきたのだッッ!!!!!
あぁ、笑いが止まらない。
僕は天を見上げ、笑い声を飛ばし続ける。天空にいる神にも届くように。きっと神も歓喜に打ち震えているにちがいない。
僕は天に腕を伸ばす。今なら神が僕を天界に招いてくれそうだったから。
あぁ、神よ。早く僕の手を取ってくれ。
あぁ、神よ。早く僕をここからーーー
「ーあ?」
ーーー突然、天に伸ばした腕に不快な感触を覚えた。
まるで皮膚の下で何かが意思をもって蠢いているような感覚。
「ーッ、」
声にならない引き攣った音を喉奥で鳴らした僕は、咄嗟に天から腕を下ろし、袖を捲った。
しかし、そこには何もなかった。何の変哲もない見慣れた自身の腕があるだけ。気の所為か?と思った瞬間、皮膚の下で何かが蠢いた。表面上では見えない。けれど、確実に、何かがいる。まるで血管に沿うようにニョキニョキと足を伸ばす何かが。
…何か?いや、僕は知っている。この感覚を、蠢く正体を。毎夜毎夜訪れるあの悪夢で…!!!
「あああああ!!!何で夢だけじゃなくて、現実でも生えてくるんだ!!!」
僕の腕からは悪夢の時と同様に、あの忌々しい芽がボコボコと皮膚を突き破って顔を出し始めていた。
「陛下、突然どうし…」
「ラルフラルフラルフ…!!僕の腕からこんなに生えて!あぁっ、首にまで…!!!」
「アルベルト、落ち着きなさい。貴方の腕からは何も…」
「ああああああああーーーー!!!!呪いだっ、呪いだっ!!まだ残っていた!!せっかく全部燃やしたと思っていたのに、まだ残っていたんだよ、ラルフッ!!!」
「…。」
僕は腕に生えた白い花を毟る。けれど毟っても毟ってもまた生えてくる。
永遠に生え続ける呪いに絶望した僕は、頭を掻きむしった。
あぁー!!忌々しい!!忌々しい!!
死人ならば死人らしく、呪いもろともとっとと僕の世界から消え失せろ!!
「ーーー、あ?」
そこまで考えて、はたと気付く。
「あぁ、そうか、」
根っこが残っているから、また生えてくるんだ。
「消さないと…」
「アルベルト?一体何処へ…」
「全部、消すんだ…」
忌々しいアイツらがこの世界に存在していたという記憶、痕跡。
それら全てを消さなければ、この呪いは解けない。
「お待ちなさい。」
叔父が僕の腕を掴む。
「ここ数日間、貴方はまともな睡眠をとっておりません。」
「…。」
「そろそろお休み下さい。流石の貴方でもこれ以上は身体が持ちませんよ。」
「…うるさい」
僕は叔父を押し退け、ふらつく足取りで歩みを進めた。
「消さなきゃ消さなきゃ…根っこから消さなきゃ…」
そう口の中で小さく呟きながら。
「…何処まででもお供しますよ、アルベルト。」
静かに僕の背中にを追いかける叔父がそっと語りかける。
「例え…貴方の行き着く先が地獄であったとしても。」
当然、叔父の声は僕の耳に入ってはいなかった。




