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私は貴方を許さない  作者: 白湯子
第9章「愚者の記憶」
171/217

164話



アルベルトside



「…許さない。」



凍てつくように晴れ渡った冬空の下。



「私は貴方を許さない。」



澄み切った空気に、彼女の声が凛と響いた。


噴水広場に建てられていた断頭台に固定された彼女は、僕を射抜かんばかりに睨みつける。

その瞳は深い翠色と煮え滾る憎悪が混ざり合い、今まで見たことのない色に染まっていた。



「エリザ、」



その名を呟いたのは無意識だ。それと同時に、全身が総毛立つような感覚に駆られて椅子から腰を浮かせた───その瞬間、



──ザシュッッ!!!と、黒いローブを纏った首切り役人が、断頭台の刃を吊るしていたロープを斧でぶった切った。


朝日に照らされギラつく刃が重力に従い勢いよく落下する。

―あ、と思った次の瞬間には、彼女の首は胴から切り離されていた。


放物線を描きながら宙を舞う真珠色の頭に、切断面からまるで赤薔薇が開花するかのように吹き出す真っ赤な鮮血。


やけにゆっくりと流れるその光景が、見開いた角膜にジリジリと焼き付いた。


いつまでも、永遠に続きそうな時間は、彼女の頭が地面に落ちた音で終わりを告げる。


台から降りた首切り役人が、地面に転がる真珠色の長い髪を無骨な手で掴む。そして、見せびらかすかのように血が滴る首を天高く持ち上げた。


ワーッ!!と熱狂する大衆。

そんな彼らを高い所から見下ろしていた僕は唖然とした。



「アル、どうしたの?」



隣の椅子に座っているマリーが、不思議そうに首を傾げる。いつも変わらない可愛らしい顔。だが、そこには本来あるはずの色彩がなかった。


マリーだけではない。

空も。

地面も。

下に集まる民衆も。

そして、エリザベータの首から滴る鮮血も。

全てが灰色に塗り潰されていた。



「………なんで…」



エリザベータが断頭台の露と消えた


この日、


この時、


この瞬間、



僕の世界から色が消えた。






◈◈◈◈◈



コーエン一族の処刑後、僕の目は色を識別することが出来なくなってしまった。


すぐさま皇宮医の診察を受けたのだが「どこにも異常は見当たりませんね。」と困惑するばかり。結局、原因は分からなかった。


だが失明した訳では無いので、生活に支障はほとんどない。ただ世界が味気なくなっただけ。ただ、それだけ。


元々、この世界は醜いもので溢れかえっていたのだ。

寧ろ、これぐらいが丁度いい。






◈◈◈◈◈



コーエン一族が処刑された日の夜。

両親の容態が急変した。


皇宮医総出で手を尽くすも打つ手なし。

延命措置を外し、あとは最期を看取るだけとなった。


叔父に呼ばれ、2人が横たわるベッドの前に立つ。正直、変わり果てた両親を見ても、何の感情も湧かなかった。



「……ペルラ?」



掠れるような声でそう呟いたのは母だ。

僕は母の横に立ち、彼らを見下ろしていた。



「母上。」

「あぁ、ペルラ。やっぱりペルラなのね。」

「母上、僕はペルラでは――」

「聞いて、ペルラ。私たちは貴女を裏切っていないの。」



僕を一体誰と勘違いしているのか、母は熱に浮かされたように、喋り出した。



「兄様もわたしも、ただ貴女のいる世界にいたかっただけなの。」

「母上。」

「だって私たちは…」

「…母上、」

「貴女のことが…」

「―っ、母上!」

「大好きなんだから。」



母は僕に向かって枯れ木のような腕を伸ばす。

そして―――



「ペルラ、愛してる」



痩せこけた顔で、母は満足げに微笑む。まるで、あどけない少女のように。



「だから、また…いっしょにあそんで…ね…」



母の腕が、糸の切れた操り人形のようにダランとシーツの上に落ちた。



「……。」



傍に控えていた初老の皇宮医が母と父をみる。

呼吸停止。

心拍停止。

瞳孔散大、対光反射消失。


父と母は同時に息を引き取った。



「…はは、」



闘病生活をおくった者とは思えぬほどに、満足げな表情を浮かべている2人を見て、僕の口からは乾いた笑い声がもれた。



「愛してるだなんて…」



そんな言葉、貴女の口からはじめて聞いた。



「…陛下。」



背後に控えていた叔父が、僕の肩を掴む。僕はその手を振り払い、その場から立ち去った。









◈◈◈◈◈




──どろり、どろりと。

僕はまた同じ悪夢を見る。


泥のような闇と、身体中に生える白い花。そして、僕を喰らおうと口を開けて待ち構える、禍々しい深淵。


あぁ、もううんざりだ。

毎夜毎夜こんなものを僕に見せて一体何の意味があるというのだ…!

僕は叫ぶ。天から垂れる白い根っこに向かって。

だが、根は何も答えない。何も応えない。ただ僕を悠然と見下ろすだけ。さも自分が天界のものであると言わんばかりに。


この無価値な雑草風情が…!

いつか必ず塵にしてやる…!!


そして僕は憎悪と戸惑いを抱えたまま、今宵も深淵に喰われるのだ。










-----------------------------


------------------


--------



「―っ!!」


夜闇の中、僕は魂が深淵に引きずり込まれる感覚に飛び起きた。


全身がじっとりと汗ばみ、呼吸は乱れ、ドッドッドッと激しく脈打つ心臓が悪夢の名残りを訴える。



「あぁ、くそっ」



そう吐き捨てた僕は、苛立たしく腕を掻き毟る。夢の中で全身に生えた花の感触が、まだ腕に残っているのだ。


あぁ、忌々しい。憎らしい。腹ただしい。摘んでも摘んでも、深い所まで根を張ってしまった忌まわしい芽が、僕の身体に未練がましくまとわりつく。


これは呪いだ。

生前に彼女が僕に植え付けた最低で最悪な呪い。死んでもなお、僕を苦しめる彼女が憎くて憎くてたまらない。


毎夜毎夜訪れる悪夢に辟易していた僕は、縋る思いで隣に手を伸ばす。

だが…



「…マリー?」



いつも隣に寝ているはずのマリーが居なかった。

指先から伝わるシーツはひんやりとしており、長い時間マリーが隣に居なかったことを物語っている。


辺りは夜闇に包まれており、おそらく深夜は回っているだろう。こんな夜更けに一体何処へ…。



「……。」



なんとなく嫌な胸騒ぎを覚えた僕は、マリーを探すことにした。






◈◈◈◈◈



寝静まった皇宮の廊下に、僕の足音だけが響く。

真夜中の廊下は暗く閉ざされているが、僕は昔から夜目がきく。なので歩くのに、何も問題はない。


ふと、窓から空に視線を向ければ、厚い雲が月を背後に隠していた。今宵の月は何色に染まっていたのだろう。そう思ってすぐに僕は苦笑いをこぼした。今の僕には月が何色かなんて分からないじゃないか、と。精々、色の濃淡がわかるくらいだ。



「…?」



厚い雲の下、今は亡き母の庭に人影が動いたような気がした。こんな夜中に出歩くなんて……もしやマリー?

僕は急いで庭におりた。






◈◈◈◈◈



庭に降り立ってみたが、人の気配は感じられなかった。気のせいだったのだろうか。


冷たい冬の夜風が、ぴゅーっと頬を掠める。この寒さなら、あと2、3週間もすれば雪が降りはじめ、ノルデンはたちまち銀色の世界に包まれるだろう。


こんなにも冷え込んでいる外に、マリーが居るとは思えない。もしかしたら、入れ違いになっているのでは?それなら今頃、ベッドに僕が居なくて心配しているはずだ。


そう思って踵を返したその時、



「―――神様―――本当―?―――えぇ―――スコップ―――」



何処からか人の声が聞こえてきた。

もしやと思い、僕は耳を澄ませる。



「―もう―――疲れた―――やめよ―――もー仕方がないな―――掘る―――」



間違いない。この声はマリーだ。僕がマリーの声を聞き間違えるわけが無い。

僕は声が聞こえる北の方角へと歩みを進めた。



「―――出てきた――汗かい―――神様―――」



どんどんマリーの声が大きくなる。確実にマリーはこの先にいる。だが、この先は―――



「うぅぅ、わかった。わかったてば。女は度胸だよね、神様。」



皇宮の北には小さな丘が広がっている。その丘に、ぽつんと1人の少女が膝をついて座っているのを見つけた。



「…あ、意外といける…」



少女の頭が上下に動く。いや、動いているのは口元だろうか。少女は目の前のことに夢中で僕に気付いていない。


僕は足音を立てずにゆっくりと近づく。



「…マリー?」



皇宮の北に広がる丘、それは先代たちが静かに眠る陵墓群────即ち、皇族の墓。


そして、少女の目の前には両親の墓石が…



「えっ、」



少女は弾かれたかのように、後ろを振り返る。

大きく見開いた瞳と口。その口まわりには何やら黒い液体がベッタリとこびりついていた。

僕の目は色彩を認識することが出来ない。けれど、それは、その色はきっと…



「…見つかっちった☆」



目を細め、蠱惑的に微笑む愛しの少女。その手に持っているものを理解出来ないまま、僕の意識は遠のいた。






◈◈◈◈◈



「―っ!!!」



夜闇の中、僕は魂が深淵に引きずり込まれる感覚に飛び起きた。


全身がじっとりと汗ばみ、呼吸は乱れ、ドッドッドッと激しく脈打つ心臓が悪夢の名残りを訴える。



「アル、大丈夫?」



頭を抱える僕に、目を丸くした少女が心配そうに横から覗き込んできた。



「…マリー?」



愛しの少女の名を呼べば、少女はトロリと破顔した。



「うん、マリーだよ。そんな顔をしてどうしたの?怖い夢でも見た??」



夢…。

あれが夢?

あぁ、もう、どこからが夢で現実なのかわからない。



「アルったら可哀想。パパママが死んじゃって、色々とナーバスになっているんだね。」



ナーバス。この僕が?たかが両親の死に僕が揺るぐなんて、有り得ない。けれど…



「そう、なのかな…」



マリーが言うならそうなのかもしれない。



「うんうん!そうだよ!きっとそう!」



独り言のつもりで呟いた言葉に、マリーは過剰に反応して顔をほころばせた。

その笑顔に、僕はなんだがどうでも良くなる。

マリーが嬉しそうならそれでいいか、と。



「怖い夢はさ、私と楽しいことをして忘れちゃお…ね?」



どこかで見たことのなるような、蠱惑的な笑みを浮かべたマリーの顔がゆっくりと近づく。



「……。」



思考が頭の片隅で破綻してゆくのを感じながら、僕は目を閉じた。




















「アル、だーいすきだよ。食べちゃいたいくらいね。」










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