162話
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アルベルトside
コーエン家は、大貴族との太い繋がりが何本もある古い一族だ。それゆえに発言力が強く、扱いにくい家系でもある。そして、今回のエリザベータの件で、コーエン家は皇政を脅かす火種になりかねない。
だがしかし。
「エリザベータだけならまだしも、一族全員となると僕の一存だけでは決められない。」
「そうなの?」
「うん。全ての決定権は父が持っているからね。」
例えそれが、大した力もない名ばかりの皇帝であっても、だ。
「そっかぁ~。……ふーん…」
口元に手を当てたマリーは、じっと何かを考え込むように、視線を地面に落とした。普段とは異なる様子のマリーに、思わず彼女の名前を呼べば、マリーはパッと顔を上げた。
「うふふっ、何でもないよ!」
そう話すのマリーの表情は、いつも通りの陽だまりのような笑顔に戻っていた。
◈◈◈◈◈
翌日。
両親が原因不明の病に倒れた。
帝国に在住する皇宮医総出で診察するも、効果的な治療法は見つからず、両親はベッド上での生活を余儀なくされた。
こんな状況下では国を治めることは難しい。
急遽、話し合いが行われた結果、現皇帝陛下の御退位及び、皇太子である僕の皇帝即位が決定されたのだった。
◈◈◈◈◈
両親が倒れてから数日後、本格的に冷え込み始めた冬の朝。
帝冠を大司教から戴き、帝位への就任を宣明する儀式───戴冠式が執り行われた。
本当は戴冠式に合わせてマリーとの婚約式を開きたかったのだが、マリー曰く―――
「え、明日?え、たいかんしきと一緒に?えぇ、めんどくさ………じゃなくて。私の発表はまだまだ先でいいよ!アルだって即位したばっかりで色々と忙しいと思うし…。それに、せっかくアルのお嫁さんになるんだから、結婚式はちゃんと時間をかけて準備したいなぁ~。アルもとびっきり可愛いウエディングドレス姿の私を見たいでしょ?アルの為に、もっともーっと可愛くなるから、もう少しだけ待っていてね♡」
―――だ、そうだ。
僕の為に、だなんて。なんて健気で愛らしいのだろう!愛しい人の頼みであれば、何でも叶えてやりたい。
マリーの気持ちを尊重し、僕はマリーとの婚約式はあとの楽しみとして取っておくことにした。
そして、急遽決まった戴冠式は少々慌ただしくも滞りなく進み、今年23歳となる僕は父の後を継いで、第8代目ノルデン皇帝として即位したのだった。
◈◈◈◈◈
皇帝に即位して、まず最初に執り行ったのが、連帯責任としてコーエン家一族をエリザベータとは違う監獄塔へと収監することだった。
侯爵は娘の罪を認め大人しく収監されたのだが、エリザベータの母親――侯爵夫人をはじめとした一部の人間だけは一族の罪を認めなかった。往生際悪く最後の最後まで「私たちは関係ない!」「これは何かの間違いだ!」「罰するならエリザベータだけを罰しろ!」などと騒ぎ立て、収監を拒んだ。
あぁ、やはり蛙の子は蛙。いや、この場合は蛙の親は蛙か?まぁ、どちらでもいい。
マリーの提案のおかげで、厄介な火種を炎が上がる前に消すことが出来たのだ。
その事実さえあれば、あとはどうだっていい。
◈◈◈◈◈
忌々しい、忌々しい。
せっかく煩わしい問題を解決したというのに、僕の胸の底には未だにどろりとした正体不明の黒い物体が膿のように溜まり、そこから憎悪とも厭悪ともつかぬ悪臭を絶え間なく吹き出していた。
何故こんなにも腹立たしいのか。
原因はわかっている。全部、全部、彼女のせいだ。
彼女がいつまでたっても、自分の罪を認めないから。
彼女がいつまでたっても、あの目で僕を見てくるから。
あぁ、うるさい、うるさい…!
次期皇后の座を奪われ、その腹いせにマリーを殺そうとした下劣な女のくせに!そんな目で僕を見るな、そんな声で僕を呼ぶな、そんな香りで僕を惑わすな。
彼女の存在が、彼女の全てが、憎らしくて憎らしくてたまらない。
だから今日も僕は彼女を罰する。彼女が自分の罪を認めるように。彼女が自分の立場を理解できるように。
彼女を罰している時だけは、胸の中に溜まっていた不可解な膿が溶け、気持ちが高揚した。だが監獄塔を出ると、すぐに猛烈な虚脱感が頭からのしかかり、再び僕の中に忌々しい膿を産み落とす。それすらも彼女のせいだと思うと、また苛立ってあああぁ──────!!!!!!!
彼女はどこまで僕を虚仮にするつもりなんだ…!
だが、そんな悪循環に陥った僕を救ってくれるのは、いつもマリーだった。
マリーの傍に居る時だけは、苛立ちも虚脱感も感じない。マリーと一緒にいれば、いつだって僕の身体は幸福に包まれていた。
あぁ、愛しのマリー。
他の誰よりも、僕を理解し、僕を受け入れ、僕を愛してくれるのは君だけなんだ。
君がいれば他に何もいらない。
◈◈◈◈◈
「…アル…。あのね、」
皇帝に即位し、しばらくあったある日の夜。
そろそろ寝ようかと一緒にベッドの中に入った際に、マリーがいつになく神妙な面持ちで僕に話しかけてきた。
「どうしたの?」
何事かとマリーの顔を覗き込めば、マリーは意を決したかのように話し始めた。
「今日、アルママ達の所に行った時にね、」
慈悲深きマリーは、毎日のように床に伏せてる両親の元に通い、献身的に看病をしてくれている。
皇宮医達が寝る間を惜しんで色々と手を尽くしているのだが、彼らの健闘むなしく、未だに明確な治療法や原因すらも見つかっていない。ただ徒に時間だけが過ぎ去ってゆく中、両親は日に日に衰え、今はマリーがいれたお茶しか口にできないほどに弱ってしまった。
因みに、マリーがいれるお茶は、聖女しか扱えない薬草を煎じたものだ。
色はローズティーのような淡い紅色で、ほんのりと林檎が発酵したような香りがする。
以前、マリーにどんな薬草を使っているのかと訊ねてみたのだが「神様に誰にも教えちゃいけません!って言われているの。ごめんね。」と、言われてしまった。
神の教えを忠実に守るマリーの信仰深さに、僕は胸を打たれた。マリー以上に、素晴らしい女性を僕は見たことがない。まさに、マリーは神に愛されるべくして生まれてきた存在だ。それなのにマリーはいつも「私にはこれぐらいしか出来ないから…」と謙遜ばかり言う。
どっかの誰かと違って、慎み深いマリーは自分が聖女であっても驕らずに、誰に対しても優しく接することができる陽だまりのような女性なのだ!!
…っと、マリーへの愛が先走りしてしまった。僕は一旦気持ちを落ち着かせ、マリーの話に耳を傾けた。
「2人が私に教えてくれたの。」
「なにを?」
「エリザベータ様がいれてくれたお茶を飲んでから調子が悪くなったって。」
「―え、」
マリーの口から発せられた言葉が理解出来ず、衝撃だけが僕の後頭部を貫いた。
「それにエリザベータ様が来た時だけ、お金が不自然に減っていたみたいで…」
確かに父と母に気に入られていたエリザベータならば、茶に毒を仕込む機会はいくらでもあっただろう。それに、両親の目や監視を掻い潜り、帝国金を保管してある金庫に忍び込むことも……
「───ッッ、」
全てを理解した途端、目の前がカッと赤く染った。
この一年間、僕がいないことをいいことに、エリザベータは男遊びだけでは飽き足らず、好き勝手に悪事を働いていたのだ…!!大人しそうな顔をして、なんとおぞましい…!
踏み入れてはならない禁忌を、エリザベータに土足で踏み荒らされ、僕は怒りと嫌悪で気が狂いそうになった。
「どうしてエリザベータ様は、アルが苦しむことばかりするんだろう…。」
マリーの柔らか両手が、僕の頬に添えられる。
「アルが可哀想だよ…」
「マリー…」
マリーの顔が悲しげに曇る。そんなマリーの表情に胸が締め付けられた。
「私、エリザベータ様が怖いの。また私たちに何かしてくるんじゃないかって。」
「そんなこと僕がさせない。」
微かに震えるマリーの両手に、僕は己の両手を重ねた。
「本当?」
「本当だよ。だからそんなに怯えないで。君だけは、命にかえても守るから。」
「アル…私、嬉しい…!」
マリーは僕の胸に抱きついた。僕もマリーの華奢な身体をしっかりと抱きとめる。
「…でもね、それでもやっぱり不安なの。」
「マリー…」
「だからね、アル。」
ボクの胸に顔を埋めていたマリーは、ゆっくりと顔をを上げる。そして、互いの吐息が絡み合う距離で、マリーは囁くような声でこう言った。
「エリザベータ様を、この世界から消して。」
一瞬、僕の中で何かが揺らいだような気がした。瞬き程度の些細な反応。だが、そんなものは無いものに等しい。すぐさま、僕の中はマリーでいっぱいになった。
「僕の愛しのマリー。君がそう望むなら。」
そう言ってマリーに微笑みかければ、マリーは蠱惑的な笑みを返してきた。
「アル、だーいすき。」
マリーの顔がゆっくりと近づてくる。僕は目を閉じて、マリーの冷たい唇を受け入れた。
何度か啄むような口付けを交わし、互いの体温が混ざりあった頃。
僕はマリーの胸元のリボンをしゅるりと解いた。
◈◈◈◈◈
翌日。
緊急会議が行われた結果。
エリザベータ=コーエン及びその一族の処刑が3日後に決まった。




