159話
アルベルトside
素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!
なんて幸福に満ち足りた素晴らしい日々なのだろう!
素晴らしすぎて気付けば、この町に訪れてから、早くも一年の年月が流れてしまった。
当初、僕はこの町のことを、密入国してきたデューデン人やならず者達が屯する治安の悪い町だと思っていた。だが蓋を開けてみればどうだ。国境視察の命の元、検問所及び近辺を調査したところ、真実は全く異なっていた。
検問所には疚しいところが一切なく、潔白そのもの。そのあまりの白さに、行方知れずだった視察団員が感銘を受けて、そのまま居付いてしまうほどに。
また、凶作が続いていたはずの郊外では特産である林檎をはじめとした小麦などの農業が盛んになっており、デューデン貿易の玄関口である町の中心部では以前よりも人、物、商人、金が集まり、活気に溢れ、帝都とは違った発展を遂げていた。
やはり、真実というものは、自分の目で確かめなければ永遠に分からないものなのだ。
だが、先程も言ったように、この町が最初から豊かだったわけではない。この地が幸福に満ちているのは全て―――
「アルーーー!!」
神に愛された〝聖女マリー〟のおかげなのだ。
「マリー。」
艶やかなストロベリーブロンドの髪を靡かせ、遠くの方から軽やかに駆け寄ってきたマリーの華奢な身体を抱きとめた。
「お仕事終わったの?」
マリーは満面の笑みを浮かべながら、僕の胸から顔を上げた。その可愛らしい仕草に愛しさが募り、思わず口元が緩む。僕はマリーの髪を片手で優しく撫でた。
「うん、終わったよ。」
「よかった!じゃあ、外にご飯食べに行こーよ!すっごく美味しいデューデン料理のお店が新しく出来たんだって。」
「へぇ、いいね。行ってみようか。」
「うんうん!席無くなっちゃう前に早く行こー!」
マリーが僕の手を引き、僕達は賑わう市場を駆け出した。行き交う人々が僕らを祝福する。この町は幸福に包まれている。全ては聖女のおかげ。聖女は祝福と繁栄をもたらすのだ。だからこそ、マリーは神だけでなく人々からも愛されている。
以前の僕は、この世界に愛なんてものは存在しないと思っていた。それらは全て、人間の浅ましくて醜い本性を隠すために都合よく作り上げた虚言であると。
だが違っていた。この世界に愛はあったのだ。マリーに初めて出会ったあの日、黄昏が幕が下りるように眠りについた秋の夜。僕の身体は、マリーから与えられた甘やかな快楽と耽美なる幸福に包まれた。そしてそれが愛であると、マリーが僕に教えてくれた。確かに愛はここにあったのだ。
愛を知ってから、あれほど醜いと思っていた世界が輝いて見えた。気持ちも穏やかなり、以前のように苛立つことがなくなった。マリーの愛が、僕を悪夢から醒ましてくれたのだ。
あぁ、マリーのいる世界は素晴らしい…!!
僕の幸せはマリーが傍に居ることで成り立つのだ…!!
だから近々、本格的な冬が始まる前に、僕はマリーを連れて皇宮に帰る。マリーを未来の皇后として迎えるために。そして民衆の前で、マリーに求婚するのだ。きっとマリーならば、快く承諾してくれるだろう。
あぁ、愛しのマリー。
世界で一番、君を愛している。
◈◈◈◈◈
「愛しの聖女マリー、どうか僕の花嫁になって欲しい。」
国境視察の任務を終え、帝都に帰ってきた僕はマリーに傅き、民衆の前で求婚をした。
「喜んでっ!」
頬を薔薇色に染め、花が咲くような笑みを浮かべたマリーは、僕の胸に飛び込んできた。そんなマリーの身体を、湧き上がる歓喜と愛しさと共に僕はしっかりと抱きとめる。すると、僕らを見守っていた民衆から祝福する声が上がった。
歓喜、歓喜、あぁ、甘美なる歓喜。
次々に湧き上がる歓喜で、僕らは世界を幸福に染め上げる―――
―――はずだった。
「エリザベータ様が私を殺そうとしたのっ!」
遠くの方から聞こえるマリーの叫び声。マリーが僕の元から離れたのはつい先程。考えるよりも先に身体が動く。人混みをかきわけ前に出れば、2人の少女が向き合っていた。
一瞬、呼吸が、思考が、世界が、止まる。
「その女を捕らえろっ!!!」
「キャー!!」
「聖女様、その者から離れて下さいっ!!!」
飛び交う怒声。行き交う人々。世界が騒々しく動き出す。
あぁ、そうだった。
僕の世界をおかしくするのは、いつも君だった。




