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私は貴方を許さない  作者: 白湯子
第9章「愚者の記憶」
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156話



アルベルトside



国境視察の命を受けた翌日、馬車に乗り込んだ僕達はノルデン帝国最南端の町に向けて旅立った。


季節は夏から秋への変わり目。

雪国としては珍しく積雪のない平坦な道を、2台の馬車が軽快な足取りで駆け抜けてゆく。



「…。」

「…。」



少しばかり豪華な車内には、叔父と僕の2人っきり。その後方には、数名の視察団員と荷物を乗せた荷馬車が走っていた。

僕達の間に会話は無かったが、生まれた時から一緒に居る相手なので、気まずさとかは特に感じない。寧ろこの沈黙が心地よい。

僕は帝都から持ってきた書類の束に、黙々とペンを走らせていた。



「よろしかったのですか?」



心地よい沈黙は叔父の唐突な質問によって破られる。その何の脈絡もない質問に対し、僕は視線を書類に落としたまま、手も止めずに「何が?」と聞き返す。すると…



「エリザベータ嬢に何も言わずに出発してしまったことです。」



彼女の名前が出た瞬間、持っていた万年筆のペン先がバキッ!と鈍い音を立てて折れてしまった。



「…どうして今、彼女の名前が出てくるの?」



折れた万年筆を握ったまま叔父をジロリと睨みつければ、叔父は涼しい表情のまま懐から新しい万年筆を取り出し、僕に差し出してきた。



「どうしてって、仮にも婚約者でしょう?なん月も帝都を離れるわけですから一言ぐらい――」

「必要ない。」



叔父の言葉を遮った僕は、差し出された万年筆をひったくるようにして奪う。すると、叔父はやれやれというように眼鏡を押し上げた。



「一体何に焦っているのですか。」

「焦る?僕が?」



見当違いことを言ってきた叔父に、思わず顔が歪む。



「その手に持っている仕事。わざわざ出先に持ってくるほどのモノではないはずですよ。」



叔父の言う通り、僕がたった今ペンを走らせていた書類は緊急性が低く、帝都に帰ってからでも十分に間に合うモノだ。



「この国境視察もそうです。本来の貴方ならば徹底的に前準備をしてから赴いたことでしょう。しかし、今回の貴方は前準備よりも早く帝都を出ることを優先していました。」

「…。」

「今週末には、前々からお伝えてあったエリザベータ嬢との食事会が控えていたのにもかかわらず、まるで逃げるかのよ―――」



ビュンッと何が風を切ったのと同時に、叔父の言葉が不自然に途切れる。



「それ以上余計なことを言えば、馬車から蹴り落とすぞ。」



鋭い眼光で叔父を射抜かんばかりに見据えた僕は、ドスの利いた低い声で凄む。

僕は叔父の顔面めがけて、折れた万年筆をダーツのように投げ放ったのだ。

だが残念なことに万年筆は叔父ではなく、叔父が背中を預けていた背もたれの方に突き刺さっている。割と本気で狙ったのだが、刺さる寸前で叔父が身を捻り躱したのだ。


叔父は何事もなかったかのように、背もたれに刺さっている万年筆を引き抜き、懐に仕舞う。その冷や汗ひとつかいていない涼しい顔を忌々しげに眺めていると、叔父は僕に向かって恭しく頭を垂れた。



「…御意のままに。」



素直に従順な態度を示した叔父に、僕は小さく舌打ちをして視線を逸らす。


僕が彼女から逃げている?馬鹿馬鹿しい。なぜ僕が魔力を持たない、ただの小娘から逃げなければならないのだ。

出先に仕事を持ってきたのは、移動中の空白の時間を有意義に過ごすため。

前準備よりも出発を優先させたのは、忙しくなる年末を迎える前に問題を早く解決してしまいたかったから。だから、それ以上の理由など…


―――その時、ふと彼女の瞳が脳裏を過る。

あの金属特有の鈍い光を放つ、翠色を帯びた瞳。


あぁ、忌々しい。


僕の中に溜まっていたヘドロのような黒い種が、ググッと根を生やす。僕はそれに気付かないフリをして、再び書類にペンを走らせた。




◈◈◈◈◈



帝都から出発して半日。辺りが夕暮れ色に染まってきた頃、僕達を乗せた馬車はシューンベルク公爵領に入った。


目的の町に行くには、侯爵領の南門を抜けた先に広がる樹海を通らなければならない。しかし、そこには道行く旅行者を襲撃しては身包みを剥ぐ盗賊が住み着いている為、日が暮れると南門は強制的に閉じられてしまう。そういう理由もあって。公爵領には旅人達の為に建てられた宿屋が多く存在しているのだ。


公爵領に入って暫くして、僕達を乗せた馬車は長閑な街並みの中に佇む古城の前に辿り着いた。ここは僕らが今夜、宿として利用する領主の別邸である。

馬車から降り立つと、ずらりと並んだ領主代理人と使用人達が僕達を出迎えた。

広大な土地を治めるシューンベルク公は東西南北に別邸を構えており、それぞれ領主代理人を置いている。


代理人からの労りの言葉を聞きつつ、僕は茜色に染まる古城を見上げた。

この古城はノルデン帝国の第3代皇帝、女帝エリザベータが国内の反乱やデューデン国からの侵略に備える為に、仕えていた騎士に命じて造らせた城塞だ。

敵や動物の侵入を防ぐ為に四方を堀で囲んだ城塞は、まるで湖の上に浮いているかのよう。その優美な姿に僕は思わず感嘆の声を洩らす。この城を造った騎士はセンスがいい。きっと繊細な感性の持ち主だったのだろう。派手好きの女帝が造らなくて正解だったな、と思いながら僕は代理人の先導で古城の中に足を踏み入れた。



◈◈◈◈◈



領主代理人に案内された先は、来客用の寝室だった。僕らはそれぞれの部屋で砂埃を払ったり荷物を整理したりなど思い思いに過ごす。そして、やっとひと息ついたところで、晩餐の準備が整ったという知らせが入った。

別邸の使用人に案内されて食堂に向かえば、既に豪華な料理がテーブルの上に並べられていた。

もてなされた僕らは並べられた肉料理に舌鼓を打ち、ワインを楽しむ。そして酔いが程よく回ってきた頃。



「殿下のお耳に入れて頂きたいことがありまして…」



領主代理人が、神妙な面持ちで僕にそっと耳打ちをしてきた。



「………へぇ…?」



その話は、とても興味深いものであった。








《おまけ》

ざっくり補足。



◈元コーエン家の侍女

・名前はリア=バール、没落貴族の娘。

・庭師とは恋人同士。

・思い込みが激しく、恋に恋するタイプ。

・あの後、面接に落ちてしまう。



◈元コーエン家の庭師

・名前はグントラム=キッシンジャー

・恋人の束縛に疲れている。

・モニカという侍女のサバサバしている所に惹かれていたら、恋人にモニカに誑かされている!!と勘違いされてしまう。

・ちょうど若い庭師が1人辞めてしまったので、面接には合格する。

・しかし、後に庭が全焼してしまう事件が発生し、多忙のあまり逃げるようにして庭師を辞める。その後、恋人と一緒に南に移住し、新しい事業を始めるが、上手く軌道に乗らず苦労だらけの人生をおくる。



◈シューンベルク領の南にある樹海

・300年後、エーミールという少年が辻馬車に扮した盗賊に襲われる。


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