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私は貴方を許さない  作者: 白湯子
第9章「愚者の記憶」
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151話



アルベルトside



「まぁまぁ…!エリザベータ!会わないうちに、こんなにも綺麗になっちゃって…!」



誰よりも早く我に返った母が、頬を染めながら少女のようにはしゃいで見せる。



「一瞬、ペルラが来たのかと思ったわ。貴方もそう思ったわよね?」



母に同意を求められた父は「あぁ…」と呟き、感慨深げに頷いた。



「そなたは、かつてノルデンの真珠と言われた若き頃のペルラにそっくり……いや、衝撃でいったらペルラ以上なのかもしれない。」

「お褒め頂き恐縮です。」



両親とエリザが何やら話しているが、内容が全く頭に入ってこない。まるで切り離された遠い世界から3人を見ているかのようだ。

いつまで経っても理解が追いつかない僕を置き去りにして、3人の会話は続いてゆく。



「とりあえず、貴女の元気な姿が見れて安心したわ。」

「だが何故遅れてきたのだ?」

「…お恥ずかしい話しなのですが…実は我が邸にある馬車の車輪が、昨夜のうちに全て鼠に齧られてしまいまして…」

「まぁ…!」

「なんと…!」

「わたくしがこうして無事に皇宮に辿り着けたのは母が急遽馬車を手配して下さったおかげなのです。」

「そうだったの…。」

「それで、そなた1人でここに来たのか?ペルラは一緒じゃないのか?」

「はい。人手不足であった為、母は邸に残り、馬車修復と手配の指揮を執っております。そして、せめて娘だけでもと、わたくしを舞踏会に送り出して下さいました。」

「ペルラが…。…せっかくの晴れ舞台なのに、災難だったわね。」

「その鼠は、余程そなたを社交界に出したくなかったのだろう。」

「まぁ…!貴方でも面白いことが言えるのね。」

「お前は相変わらず失礼だな。」



一体何が起きているのだ。

話好きの母はともかく、あの人間に基本興味を示さない厳格な父がエリザを混じえて、こんなにも和やかに談笑しているなんて…。

目の前の光景が信じられなかった。



「けれど、初めての社交界で1人は心細いわよね…。」



憂わしげな表情を浮かべた母は、頬に手を添えて何かを考え込むかのように瞳を閉じる。


そして、



「…そうだわ…!エリザベータとアルベルトが一緒に踊ればいいのよ!」



妙案だと言わんばかりに、両手を叩いた母はパッと笑顔を浮かべた。



「きっとエリザベータが社交界に馴染む、いいキッカケになるわ。」



ニコニコする母の横で、父が同意するように頷く。



「いいじゃないか。アルベルトとエリザベータが共に踊れば、さぞかし華やかなファーストダンスとなるだろう。」

「ふふふっ、そうね。アルベルトもいい考えだと想うでしょう?」

「…。」

「アルベルト?」



僕の名を呼ぶ母の声に、はっと我に返る。



―……しっかりしろ。



エリザの成長そこが僕の唯一の楽しみであり、生きる意味。

そのエリザが、周りが圧倒するほどに美しい成長を遂げたのだ。これは、僕にとって実に喜ばしいことじゃないか。



「――えぇ。僕もいい考えだと思います。」



―――そう、思いたいのに。

どうして僕は、こんなにも動揺をしているのだろう。


腹の底から湧き上がる不可解な感情が、実に不快で腹立たしい。

全ての感情を笑顔の下に押し付けた僕はエリザに手を差し伸べた。



「今宵のダンスパートナーを、貴女にお願いしたい。」

「…光栄です、殿下。」



表情を一切変えることなく、エリザは白いグローブに包まれた温かな手を僕の手のひらにそっと重ね、こちらを見上げる。その時、今日初めてエリザと目が合ったことに気が付いた。


深く鮮やかな翠色の瞳には、以前のような輝きを感じられない。

初めて出会った頃のエリザの瞳は、本物の宝石のように神秘的な光を帯び、煌めいていた。だが、今の彼女の瞳はまるで無機質な金属のよう。


金属特有の鈍い光を放つ瞳が、下から僕をじっと見据える。

感情が全く読めない無機質な視線。

君はその瞳で一体何を見ている?

僕を見ているようで、見ていない。

僕自身ではなく、僕の中にある何かを暴こうとするかのような、探るような、値踏みするような…。



「……。」



その視線に居心地の悪さを覚えた僕は、思わずエリザから目を逸らす。

それを一体何と勘違いしたのか、母は「あらあら、初々しい。」と、実に嬉しそうに笑みを深めていた。



◈◈◈◈◈



皆に見守られながら、ホールの真ん中に移動した僕は、真正面からエリザの姿を見据える。



「……。」



すらりと伸びた細い腕に豊かな胸と細い腰。それはもう出会った頃のような幼い少女のものではない。

彼女がすっかり大人の女性に成長したことを、まざまざと突きつけられた。


だが、成長したからといって、別人になったわけではない。今も昔もエリザはエリザだ。瞳が曇って見えるのは、きっと初めての舞踏会に緊張しているから。そして、その緊張を解してあげられるのは、君を誰よりも理解している僕しか居ない。


彼女の片手を取り、腰を抱く。



―大丈夫だよ、僕のリトルレディ。すぐに君を笑顔に戻してあげる。



僕は楽団に合図を送り、演奏を開始させた。



◈◈◈◈◈



大きく開かれたホールの中央で、僕達は音楽に合わせて踊る。シャンデリアの明かりが互いの髪に乱反射し、僕達の周りには光の粒が一緒なって踊っていた。

それを見守る人々の口からは、思わず感嘆の声が洩れる。



「あぁ、なんて美しいのだろうか。」

「まるで動く絵画を見ているようですわ。」

「初めてお目にかかりましたが…あの気品に溢れるお姿。殿下とよくお似合いですこと。」



先程までエリザを侮辱していた虫共は、舌の根も乾かぬうちにエリザを賞賛し始めていたが、その声は僕の耳に入らない。



―違う。エリザはこんなに上手く踊れない。



僕が知っているエリザは、ダンスが苦手だった。いつまで経ってもダンスを覚えられず、よく相手の足を踏みつけていたのだ。

だが目の前にいるエリザはどうだ。高いヒールを履いているのにも関わらず、まるで羽が生えているかのように軽やかにステップを踏んでいるじゃないか。


知らない、知らない。

こんなエリザ、僕は知らない。


この11年間、僕はずっと君を見守ってきた。僕は誰よりも君のことを理解しているんだ。

それなのに、どうして僕の知らない君が居るんだ…!


僕の頭の中は、まるで踏みつけられた蟻の行列のように大混乱に陥っている。

そして、そんな状態でダンスを続けていたせいで、僕は生まれて初めてステップを踏み間違えた。


「しまった…!」と思った次の瞬間、僕の腕の中にいたエリザが床を鳴らし、大きくターンをした。あのエリザが、僕のステップに強引に合わせてきたのだ。

白いドレスが大輪の如く広がり、ホールの中央に白薔薇が咲く。その華麗な足さばきに、誰も僕がミスをした事に気付かない。


だがしかし。


次のステップに移る際、エリザの足首がぐきりと曲がる。だいぶ無理をきかせたターンだったのだろう。

僕は咄嗟にぐらりと傾くエリザの細腰を両手で掴み、宙に持ち上げた。



「―ッ!」



驚いたようにあっと息を呑むエリザベータ。持ち上げた彼女の身体は、地上の生き物とは思えぬほどに軽かった。

僕の視界を埋め尽くした彼女は、豪奢なシャンデリアの明かりを一身に背負う。その姿はより一層の煌めきを放ち、まるで羽の生えた本物の天使に見えた。

僕はエリザを持ち上げたまま、その場でターンをする。その際、何処かで嗅いだことのある甘い香りが鼻先を掠めた。この匂いは何だろう。


トンッ、とエリザが地上に降ろしたのと同時に、曲が終わる。

彼女が床を離れたのは、たった一瞬のこと。だが僕には、その時間がとてもゆっくり流れていたような気がした。



「……。」



雪が積もった庭園のように静まり返ったホールで、呼吸の仕方を忘れた僕はエリザをぼんやりと見つめる。そして、彼女も僕を見つめる。何か言いたげな、何かを見つけるような、そんな目。


…やはり、不快だ。


高揚とした気持ちが一気に萎み、僕は彼女から視線を逸らした。



「………大切な日に殿下と御一緒できて、とても光栄でした。」



スカートを摘み、綺麗にお辞儀をするエリザ。それをきっかけに、ホール内に割れるような拍手と歓声が響き渡った。


その雑音を聞き流しながら、僕は密かに拳を握りしめる。

ダンス中に見せたエリザの行動。経験の浅いデビュタントが、咄嗟に出来る事ではない。



「……。」



…これまでに、幾度となく共に踊った相手が居たのか?



「殿下!とても素晴らしいダンスでした!」



踊り終えた僕達の元に、ワラワラと貴族達が集まりだす。その姿はまるで光に集る蛾のようだ。



「殿下!次のダンスは是非とも娘と…」

「私の娘は、ダンスが得意でして…」

「プラチナレディ。次は私とも1曲お願いしたいです。」

「いや、次は私が…」



不快だ、不快だ。

目の前に広がる光景全てが不快だ。


ダンスの誘いを受けたエリザは、僕に背を向ける。その背中が何故か薔薇垣に向かって駆け出していった幼い頃のエリザと重なって、僕は思わず手を伸ばす。


けれど、僕は知っていた。

この手が彼女の背中に届かないことを。

ずっと昔から知っていた。

この手が宙を切ることを。


人混みに呑まれゆく、白い背中。



「……行かないで。」



無意識に、口から零れた落ちた吐息ほどの小さな呟きは、変わりゆく世界に掻き消された。

















◈◈◈◈◈



階段の上からホールを見下ろす影ひとつ。



「………。」



影は静かに、かけている眼鏡を指で押し上げた。





《おまけ》

ざっくり補足


◈エリザ母

・名前はペルラ。

・実力で社交界の頂点まで登った凄い人。元社交界の花形で、かつてはノルデンの真珠と呼ばれていた。

・アルベルト母とは、小さい頃よく遊んでいて仲良しだったけれど、今は嫌い。



◈エリザ父

・びっくりするほど作中で空気な存在。え、エリザベータに父って居たの?って言われている。不憫…。

・綺麗なエリザ母に心酔している。夫婦というより女王様と下僕(そんな上下関係に、心底満足しているやべぇ奴)

・肩書きでは侯爵家当主だが、実権はエリザ母が握っている。

・実の娘との接し方が分からず、最後まで避けていた。そんな父が娘にあげた最初で最後のプレゼントが、無骨な日記帳。



◈21歳のアルベルト

・顔だけはいい、童〇皇子。

・推しの急成長に理解が追いつかないヲタク。

・髪が長い理由は「アルベルト様の髪、絹糸みたいで素敵ー♡」ってエリザベータが言っていたよと叔父から報告を受けたから。髪をのばし始めた甥を見て、叔父は「うわぁ…」と引いている。



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