149話
アルベルトside
―――ドサササーッ!
「―っ!」
屋根に積もった雪が地面に滑り落ちる音に、僕はハッと目が覚めた。
ぼんやりとする視界には、朝日に照らされたコーヒー色の天蓋が見える。
「お目覚めですか。」
すぐ近くから平坦な声が聞こえてきた。その声がする方へ視線を向ければ、無駄に長い足を組んで椅子に腰掛けている叔父が居た。
一体何をしていたのか、叔父は布に包まれた大きな板のようなものを持っている。
「…ここは?」
「私の寝室です。」
「ラルフの?」
「えぇ。」
「どうして僕がラルフの寝室に…うっ、」
そう言いながら上体を起こした途端、僕は目眩と吐き気に襲われた。
「大丈夫ですか?」
すぐさま叔父の腕が僕の背中に回る。
「…最悪だ。」
気分的にも身体的にも。
こんなにも酷い倦怠感を覚えたのは、13年間生きてきて初めてである。
状況の把握が追いつかない僕でだったが、自身の腕に巻かれている包帯を見た瞬間、昨夜のおぞましい記憶が蘇った。
「………るい、」
「殿下?」
「気持ち悪い…!!」
僕は包帯を引きちぎり、生々しい感触が残っている腕を掻き始めた。
「やめなさい。」
「―っ、離せ!」
叔父に両手首を掴まれる。その手を剥がそうと藻掻くが、子供の力では大人の叔父に敵わない。
僕は奥歯を噛み締め、叔父をきっと睨みつけた。
「蛆虫風情が僕の邪魔するな!燃やして灰にするぞっ!!」
「どうぞご自由に。」
「―ッ!」
カッと頭に血が上る。
叔父は僕のことを見くびっているのだ。どうせできやしない、と。
舐めやがって。例え相手が血の繋がった叔父であっても、僕は躊躇なく殺せる。僕は小心者の蛆虫共とは違うのだ。それを今、証明してやる。
僕は相変わらず涼しい顔をしている叔父に向かって炎を放とうとした。
が、しかし。
「―ぐっ?!」
突如、頭をキツく締め上げるような感覚と酷い耳鳴りが同時に襲いかかってきた。
拘束のゆるんだ叔父の手を振りほどき、僕は両手で耳を押さえる。そんな僕を叔父は呆れた様子で見下ろした。
「魔力欠乏症を起こしている今の貴方では、私を燃やすどころか虫一匹ですら燃やせませんよ。」
「ぅぅぅぅうッッ!」
「私を燃やしたいのなら、さっさと寝て魔力の回復に努めてください。」
「クソッ、クソッ!」
「……。」
急に世界が僕の思い通りに回らなくなった。これもどれも全て、我が物顔で世界に居座る蛆虫共のせいだ。あぁ、腹ただしい、腹ただしい…!!身の程知らずのゴミ虫共がっ!!
魔力が回復したら、一匹残らず燃やしてやる…!!!
ギリギリと歯を軋ませ、蛆虫共に憎悪を滾らせる僕のつむじに、叔父は肺の底から吐き出した溜息を吹きかけた。
「…これでも見て、少しは落ち着いてみたら如何です?」
そう言って叔父は僕の前に、布に包まれた板を差し出した。僕が目が覚めた時に叔父が持っていた板である。
こんなにも僕が苦しんでいるというのに、ゴミを差し出すなんて…!
しかし。
叔父が布を剥がした瞬間、殺気にまで高ぶっていた憎悪がまるで憑き物が落ちたかのように消え失せた。
「綺麗…」
布の下から現れたのは、ずっと前から叔父に頼んでいたエリザの肖像画だった。
出会った時よりもほんの少しだけ成長したエリザが、額縁の中で花が咲くように笑っている。
僕は震える手で叔父から肖像画を受け取り、少女の頬の輪郭を指先でなぞった。
「…綺麗だなぁ…」
僕は噛み締めるように呟く。
こんな醜いもので溢れ返っている世界でも、変わらず綺麗な君が傍に居てくれるのなら耐えられる気がした。
もしかしたら君は、その為に生まれてきたのかもしれない。…いや、きっとそうだ。僕の境遇に憂いた神が、天からエリザを僕の元に運んでくれたのだ。あぁ、そうだ、そうに違いない。
僕は額を額縁に預け、目を閉じた。
「僕の為に生まれてきた君が、こんなにも美しい。」
あの日、あの時。
泣いていた君を見つけたのは偶然なんかじゃない。全ては神の導きによる必然的な出会いだったのだ。
「…………………。」
この時の僕は、叔父の何か言いたげな視線に気付くことができなかった。
<おまけ>
ざっくり人物紹介
◈アル父(皇帝)
・プライドがエベレスト級
・昔、犬に臀部を噛まれて以来、動物が怖い。なので、突然動物が現れると反射的に攻撃してしまうヤベェ奴
・出来のいい弟に、ずっとコンプレックスを抱えている
・妹には薔薇園を作ってあげたり花をあげたり可愛がっているが、兄妹以上の感情は無い
◈アル母(皇后)
・明るくお茶目な性格で演劇が好き
・出産時にアルベルトの魔力を浴びて以来、体調があまりよろしくない。最初の2年間はベッドの上で生活をしていた。その間、アルベルトに関われなかったことをずっと気にしている
・兄に対して兄妹以上の感情はない。仕方がないお兄ちゃん、って感じ
・兄と弟がもう少し仲良くなれる方法を探している
◈ラルフ叔父さん
・貴重な眼鏡キャラ
・冷静沈着眼鏡
・皇位継承権を持っており、序列第2位
・アルベルトの育ての親みたいな人(みんな怖がっていたアルベルトの子育てに、自ら名乗り出た。当時10歳だったので、抱っこ紐でアルベルトを背負いながら授業を受けたり仕事をしたりしていた。)
・最近、平面(ロリエリザの肖像画)では満足出来なくなってきて、ビスクドールを作り始めた甥を本気で気持ち悪いと思っている
・完成した人形が完成度高すぎて、気持ち悪い
◈指南役
・ボンキュッボンの妖艶な美女
・中身は下ネタ大好き、下品なお姉さん
・小生意気なアルベルトに少しだけ痛い目を見せてあげようと思ったら、燃やされた可哀想な人
・皇宮医のおかげで一命は取り留めたが、火傷跡が残ってしまった
・色々あって、田舎で暮らすことになる




