143話
アルベルトside
その少女と初めて出会ったのは皇宮の庭だった。
絹糸のように艶のある真っ直ぐなプラチナブロンドの髪に、神秘的な深い翠色を帯びるエメラルドの瞳を持つ少女は、まるで世界から隠れるかのように草陰に身を潜めて泣いていた。
以前、父が母に花束を贈っていたことを思い出した僕は、それを真似して少女に花を差し出した。
すると少女は笑った。
僕が渡したのは華やかなモノではなく、そこら辺に生えていた名前も知らないただの雑草だというのに。
それなのに少女はまるで花が咲くように笑ってみせたのだ。
…この少女に華やかな薔薇を見せたらどんな反応をするのだろうか。
最近大人しくしていた探究心がムクリと起き上がる。
花好きの母の為、皇宮の薔薇園はいつも綺麗に整備されているのだ。
先程、少女は花が好きだと言った。きっと気に入るに違いない。
僕は泣き止んだ少女を薔薇園へと連れていこうとした。
だが少女は僕の手を拒んだ。
「私の手、汚いの。」と言って少女は僕を拒んだ。
言われて見てみれば、少女の白い手は傷だらけだった。凡人貴族の娘が一体何をすればこんなにも傷だらけになるのだろうか。
僕は汚いものが嫌いだ。ついでに醜いものや下品なものも、欲深い僕以外の人類全てが嫌いだ。
だが不思議なことに少女の手を醜いとは思っても、汚いとは思わなかった。
少女の手を取り、ざっと目を走らせる。指には長時間ペン握って出来たであろうペンダコに、柔らかな手のひらには無数の刺傷。傷以外にも指と手首には腫脹がみられた。だいぶ無理を続けた結果、腱鞘炎を起こしてしまったのだろう。
「…君は凄いね。」
僕の中に湧き上がる感情に、思わず少女の手を握る手にぐっと力が入る。
「頑張り屋さんだ。」
こんなにも身を削って努力をしても、何も手に入れることの出来ない少女。
思わず口元に笑みがこぼれる。
これはいつも感じているような人類に対する嫌悪や嘲りではない。この感情は―――
―――感動だ。
以前にも感じたことのある衝撃が脳天を貫く。
人間は足りないものを補おうと必死に藻掻く卑しい生き物だ。何故、そこまでして補おうとするのか。それは人間が中途半端な存在だからだ。愚かなことに、人間誰しもが潜在意識の中で完璧にたりたいと思っている。
しかし、この少女は違う。
最初から何も持っていない。
何も知らない。
何色にも染まっていない。
何も与えられていない。
神秘性すら感じる程の〝無〟の存在。
だから無価値な雑草の花ですら貰って純粋に喜んでみせる。まさに純真で無垢な少女。
―あぁ、なんて…
心臓の鼓動が速まり、呼吸を乱す。
―なんて、綺麗な存在なのだろう…!!
身体中の全細胞が歓喜に打ち震える。
この醜く腐った大地に、こんなにも穢れのない楚々とした花が咲いていたなんて…!
名も知れぬ少女との出会いは人類に心底失望していた僕にとって目眩がするほどに衝撃であった。
あぁ、もっと見たい。
綺麗な君の笑顔がもっと見たい。
今まで醜いものを見続けてきた僕の瞳に、君の笑顔をうつして欲しい。
その一心で僕は熱に浮かされたように自分でも気持ち悪いと思う猫なで声で少女を褒めた。この日、生まれて初めて僕は皇族以外の人間に褒め言葉を贈ったのだ。
そんな僕の初めてを受け取った少女のエメラルドの瞳からは再び涙が溢れ出した。
褒められることに慣れていないのだろう。
君が泣く必要なんてないのに。だって君はこの世界で1番綺麗な存在なのだから。醜い人間に成り下がらないでいい。
けれど、涙に濡れるエメラルドの瞳は息をのむほど美しい。君の瞳の前ではどの宝石も霞んで見えるだろう。
あぁ、綺麗な君は何をしても美しいのだ。
ほらおいで、リトルレディ。
そんな雑草なんかよりも、もっと素敵なものを見せてあげる。
だから笑って、リトルレディ。
僕に君の綺麗な笑顔を見せて。
泣いている君も美しいけれど、さっき見せてくれた笑顔の方が綺麗だから。
だから、ほら、
笑え。




