138話
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―――300年前。
アルベルト様と婚約が決まって少し経ったある日のこと、私は妃教育を受ける為に皇宮に訪れていた。
いずれ帝国の父となるアルベルト様の隣に立つためには高い教養が求められる。
私は妻としてアルベルト様の良き理解者となり、生涯彼を支え続けていきたいのだ。
…そう、思うのに……
物覚えの悪い私は知識を吸収するのに普通の人の倍かかる。時間がいくらあっても足りない。
もっと精進せねばと毎日毎日寝る間を惜しんで勉学に励んでいるのだが、情けないことに身体が気持ちについてこない。慢性的な寝不足が続き、頭がぼんやりとして、疲れだけが蓄積していく。
出来損ないの私には休んでいる暇などないというのに。
時間は有限。決して無限ではない。
もしこのままアルベルト様や両陛下の期待に応えることが出来なかったら、婚約を破棄されてしまうかもしれない。それだけは嫌だ。せっかく出来損ないの私を選んでくださったのに、その期待を裏切るような真似は出来ない。
今は一分一秒でも惜しい。早く次の講義部屋に向かわなければ。
私は疲弊しきった身体に鞭を打ち、近道である皇宮の庭園を急ぎ足で横切ろうとした。
「危ないっすよ。」
「!?」
突然背後から何者かに腕を掴まれた。驚き振り返れば、そこには麦わら帽子を被った青年がいた。
年は…私と同じぐらいだろうか。
麦わら帽子の下からは、黒っぽい巻き毛と快活そうな琥珀色の瞳が見え、そばかすだらけの顔はノルデン人にしては珍しく日に焼けている。
見るからに利かん気そうな青年は土に汚れたエプロンと、枝切り鋏などが収納されたベルトを腰に身に付けていた。服装から見て庭師で間違いはないだろう。
不躾に青年をジロジロ見ていた私だったが、はっと我に返り、腕を掴んでいる青年の手を叩き落とした。
「…突然、淑女の腕を掴むだなんて失礼にも程があるわ。」
姿勢を正しじろりと睨めば、青年はパッと両手を上げて慌てた声を上げた。
「あっ、す、すんません!別にやましい事をしようとしていた訳じゃないっすよ!?そのまま突っ込んで行ったら危ないと思って、つい…」
「そのまま…?」
くるりと進んでいた方向を見てみれば、鮮やかに咲き誇る赤薔薇の垣が目と鼻の先の広がっていた。
「―!」
あと一歩前に進んでいたら、私は彼の言う通りに薔薇垣の中に突っ込んでいただろう。
彼は私を助けてくれたのだ。それに気付いた途端、サーと血の気が引いた。
「ご、ごめんなさい。せっかく助けてくれたのに、私気付かなくて…貴方に酷い言い方を…」
「あー、別に気にしなくていいっすよ。薔薇の棘って、結構鋭いんで刺さんなくて良かったっす。」
へらりと軽薄そうに笑う青年は頬を指でかく。その手からは庭仕事用の手袋が外されていた。きっと私の腕を掴む際に外したのだろう。手袋をしたままだと私の腕が汚れてしまうから。
彼の気遣いに気付いた私は、申し訳なさと自分本位で彼に強く当たってしまった自身の愚かさに、この場から逃げ出したくなってしまった。
「それよりも大丈夫っすか?」
「え?」
「なんかフラフラしていますし、顔色も良くないみたいっすけど…ちゃんと寝てます?」
「…。」
今まで、こんなふうに気遣ってくれた人が居ただろうか。慣れない私は彼の心配するような目つきに居心地の悪さを覚えたが、それを悟られないようツンと顎をそらした。
「問題ないわ。」
「…ふーん?…まぁ、そう言うなら。」
今の私は皇太子殿下の婚約者なのだ。こんな所で弱い自分を他人に見せる訳にはいかない。
気持ちを切り替えなさない、と自分に言い聞かせ私は彼に「今急いでいるから、お礼はまた後日必ず。」とだけ言い、この場から立ち去ろうとした。
「…殿下の婚約者で色々大変だと思いますけど、ちゃんと寝ないと身体が持たないっすよ。」
「…。」
そのまま立ち去れば良いもの、何故かその言葉に私の足は立ち止まってしまった。
「…私のこと、知っていたの?」
「そりゃー、知ってますよ。見るのは初めてっすけど、有名人っすからね。」
私がアルベルト様の婚約者だと知っている割には、どうも接し方がフランク過ぎる。思わず半目になる私に、青年はへらりと笑った。
……なるほど。彼は元々物怖じしない性格なのだろう。
「知ってます?お嬢のことを巷ではプラチナローズって呼ばれているんすよ。」
「…プラチナ…ローズ…」
「そうっす。だから一目でお嬢が誰か分かったんすよ。」
私の髪色はプラチナブロンドだ。それに因んだ呼び方なのだろう。巷でそう呼ばれているだなんて初めて知った。出来損ない私には勿体無い呼び方だ。
「………。」
今まで私はアルベルト様の隣に立つことだけを考えていた。
将来帝国の父となるアルベルト様の隣に立つということは、私は帝国の母となること。分かっていた。いや、分かっていたつもりになっていた。
つい先程までの私はアルベルト様と両陛下の期待に応えなければと思っていたが、私を見ているのは3人だけではない。
私が本当にアルベルト様に…いや、皇太子妃に相応しいか、全国民から見られているのだ。
それに気が付いた瞬間、一気に肩が重くなった。
初歩的な所で躓いている私が、世界の期待に応えることができるのだろうか。
そもそも私なんかに期待している人なんて…
くらくら視界が揺れる、世界が回る。
全身の血が冷え渡り、動悸が高まる。呼吸も乱れ、意識が世界から切り離されそうになった瞬間、ポンッと肩を叩かれた。
「―っ!」
短くひゅっと息を呑む。
「…俺、頭悪いから難しいことは良く分かんないっすけど…」
その声に恐る恐る顔を上げれば、青年がへらりと笑った。
「何でも抱え込みすぎるのは良くないっすよ。」
「……。」
「たまには花でも見て、癒されてもいいんじゃないっすか?」
そう言って青年は私の前に1本の赤薔薇を差し出した。
いつの間にに摘んだのだろうか。薔薇の棘は綺麗に取れている。
「せっかく綺麗に咲いたんすよ?見向きもされずに通り過ぎられたら、悲しくて悔しくて泣いちゃいます。」
「……。」
彼の言う通り、とても綺麗な赤薔薇だ。だが私はその薔薇を見て、先日のことを思い出してしまった。
婚約が決まってからアルベルト様から定期的に贈り物が届くようになった。最初の頃は届く度に飛び上がるぐらい喜んでいたが、今は届く度に悲しい気持ちになる。アルベルト様の贈り物は事務的なものが多いのだ。
露骨にお金のかかった豪華な宝石のアクセサリーにサイズの合わない華美なドレス、有名なパティシエのスイーツには私ではなく母へというメッセージが添えてあった。
そして、先日。
豪華な白薔薇の花束が贈られてきた。白紙のメッセージカードと共に。
何も書くことがないのであれば、わざわざ入れないで欲しかった。きっと、敢えて入れているのだろう。
私とアルベルト様の婚約を最終的に決めたのは両陛下だ。この婚約をアルベルト様は最後まで反対していたと、贈り物を届けに来てくれたアルベルト様の側近であり叔父様であるラルフ様が言っていた。
婚約者とは名ばかりで、アルベルト様にとって私は望んでなどいない存在なのだ。だから私は彼に認めてもらえるように努力をしなければならない。例えそれが打っても響かない努力であったとしても。
「…花を贈って顰めっ面されたのは流石に初めてっす。」
そう言って青年は苦笑いをした。
「あっ、ごめんなさい。」
ハッと我に返った私は慌てて謝るが、青年から苦笑いは消えない。
「男が女の子に花を贈るのって、その女の子に喜んで欲しいからなんすよ。」
「…。」
「だから女の子は何も難しいこと考えないで「キャー、アリガトー、チョーキレイー!嬉しいー!」って言っておけばいいんす。そうすれば、男の方の欲求は満たされて世界は平和になります。ラブアンドピースっす。」
「ラブアンドピースって…」
青年の裏声やよく分からない話は呆れを通り過ぎて思わずくすりと笑ってしまった。
「あっ、プラチナローズ様も笑えるんすね。」
「失礼ね。私だって笑うわよ。あと、その呼び方やめてちょうだい。普通に恥ずかしいわ。」
「仰せのままにー。」
青年は芝居かかった仕草で再び私の前に1本の赤薔薇を差し出した。
「女の子は笑っているのが1番っす。」
「……言い慣れているわね。」
「俺の十八番っすから。」
苦笑いをした私は「何それ」と言いながら、赤薔薇を受けとった。その際に薔薇から甘い香りが漂い鼻先を掠め、沈んでいた気持ちを少しだけ癒してくれた。
「薔薇、ありがとう。」
「いえいえ。これぐらい。」
「でも、大丈夫なの?皇宮の薔薇を勝手に摘んでしまって。」
「1本ぐらい大丈夫っすよー。あ、でも親方に見つかったら何か言われそうなので内密に。」
「ふふっ、分かったわ。」
暫くクスクスと笑っていると遠くの方から「ニックーーー!!!」と野太い叫び声が聞こえてきた。
「あ、やべっ。親方だ。」
「何か怒っているような…」
「休憩時間とっくに過ぎてんのに俺が戻ってこないから怒ってるんすよ。」
「えっ」
「ニックーーー!!!!!」
「うっわ、カンカンだ。…んじゃ、お嬢。俺はこの辺で失礼しまーす。」
慌てた様子の青年は私に一礼してから、声の主の元へ駆け出した。
が、青年はピタリと足を止め、こちらを振り返った。
「俺、ニコラスっす!」
「え…」
「皆からはニックって呼ばれているんで!」
「はぁ…」
「将来は俺の雇い主になるんすから、忘れないで下さいっすよー!」
そう言って最後に綺麗にウィンクをした青年は、そのまま走り去っていった。
青年の消えゆく背中を唖然と見送った私は、手に持っている赤薔薇に視線を落とす。
―ニコラス…ニック…。
彼は忘れないでと言っていたが、忘れたくともそう簡単には忘れられないだろう。
―…彼の雇い主になれるよう頑張らないと。
少しだけ気持ちが楽になった私は、邸に花瓶があったかどうか思い出していると突然、背後から大きな影が覆い被さった。
はっと後ろを振り向けば、そこには冷たい瞳をしたアルベルト様が静かに私を見下ろしていた。
「…あ…ルベルト様…」
私は呼吸すら忘れて、突然現れた想い人を見つめることしか出来ない。
まるで時間が止まってしまったかのように固まる私に、アルベルト様は右手を伸ばしてきた。
「―っ!」
殴られる!と思った私は咄嗟に両腕で頭を守った。しかし、予期していた衝撃はやって来なかった。だがその代わりに、すぐ近くからクシャリと何かが潰れる音がして……
―…え…?
恐る恐る腕から顔を上げれば、アルベルト様の右手には先程青年から貰った赤薔薇が握られていた。
そんな風に握ってしまったら、薔薇が潰れてしまう。思わず私は彼の右手に手を伸ばすが、私の手は彼に届かなかった。
―あ…
頭上から赤い花びらがはらはらと舞い落ちる。
青年から貰った薔薇はアルベルト様の手によって、散らされてしまった。
「…貴女に赤い薔薇は似合わない。」
唖然とする私にアルベルト様は血も凍るような冷たい声でそう吐き捨てるように言い、私の横を通り過ぎて行った。
たった一瞬の出来事。それでも私の思考を停止するには十分な時間だった。
ショックで頭が真っ白なり、何も考えられない。だから、自分の身に何が起きたのか、いつまで経っても理解が追いつかない。
「………。」
暫く私はその場から動けなかった。
◈◈◈◈◈
「―っあ!」
そこで目が覚めた。
窓から朝日が差し込んでおり、白い部屋を明るく照らす。
「……あぁ、夢か…」
嫌な…とても嫌な夢だった。
むくりと上体を起こした私は両手で顔を覆う。
最近見ていなかったというのに。何故あんな夢を見てしまったのか。それはきっとユリウスが白薔薇なんて飾るから…。
…ユリウス?
はっとした私は隣を見る。だがそこにユリウスの姿はなかった。
「……なんで…」
彼が使っていたはずの枕はひんやりと冷えきっていた。
初めからユリウスなんて居なかったかのように。
サイドチェストの上に飾られた白薔薇が1枚、はらりと散った。
《おまけ》
監禁初日らへんのお話…。
エリザ「あの、足枷を外して欲しいの。」
ユーリ「何度も言いましたが、それはできません。いい加減諦めて下さい。」
エリザ「せめて、せめて!お風呂に入る時だけも…!!何でもするからっ!!」
ユーリ「何でも…?……どうしてそんなにも必死なのですか?」
エリザ「……。」
ユーリ「姉上?」
エリザ「…し、したぎ…」
ユーリ「下着?」
エリザ「下着が…履けない…っ」
ユーリ「………。」
エリザ「だからお風呂に入る時だけでm…」
ユーリ「ちょっと待って下さい。」
エリザ「え?」
ユーリ「(凄く真面目な顔)ということは…今の姉上はノーパンってことでs…」
(暗転)
後日。
チョコレートブラウニーと大量の紐パンが届けられました。




