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私は貴方を許さない  作者: 白湯子
第8章「優しい拷問」
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124話



さて、何故私が呑気に林檎のケーキを作っているのか。



この4日間、私は穏やかな日々を過ごしていた。だが裏を返せばそれは、ただ寝て起きて食べるだけの何もしない堕落した日々だった。

鎖に繋がれて、彼に与えられる餌を食べ続ける生活は養豚場の豚と一緒。

理性が働いてこの状況をどうにかせねばと思うのだが、特にこれといった妙案も浮かばず、ただいたずらに時間だけが過ぎていき、気持ちばかり焦っていた。


このままでは元の生活に戻れなくなってしまうかもしれない。

そんな危機感に襲われた私は昼食の片付けを終えて、3時のおやつを作ろうとしているユリウスに社会復帰の訓練目的で手伝いを申し出たのだ。


頼み込む私に鬼気迫るものを感じたのか、ユリウスは一瞬驚いたような表情を見せたが、次の瞬間には疎ましそうな表情に変わっていた。


だが、ユリウスは特に何も言わず、渋々といったように私にエプロンを用意し、髪の毛も邪魔にならないよう三つ編みに束ねてくれた。そんな彼のちぐはぐな行動に拍子抜けする。絶対に断られると思っていたのに…。


私は違和感を抱きながらも、彼の気が変わらないうちに、林檎のケーキを作り上げたのだった。



*****



「林檎のいい所は、誰が切っても味が変わらない所ですよね。」



焼き立ての林檎のケーキを切り分けながら、ユリウスが早速嫌味を言ってきた。

ちなみに林檎は全て私が切っている。



「それってどういう意味かしら。」

「そのままの意味ですよ。」

「……引っぱたかれたいの?」

「僕にはそういう特殊な趣味はないと、以前にも言ったでしょう?」

「その不快なことしか言わない口を縫い付けてあげましょうか。」

「おや、猟奇的ですね。」



―どっちが猟奇的よ。



ユリウスはクスクスと笑いながら、私の前に切り分けたケーキとティーカップを並べた。



「……。」



お皿、ティーカップ、ティーポット、フォーク…この屋敷にある食器は全て銀製のものだ。


この屋敷に拉致された初日、私は食事に一切手をつけなかった。

彼にはカモミールティーに自分の血液を混入したという、とんでもない前科がある。だから今回も何かしらの毒物を混ぜ込んでいるのではないかと疑っていたのだ。すると、次の日から食器が全て銀食器に変わっていた。


確かに銀食器を使用すれば、料理に毒を混入された場合でも化学反応による変化でいち早く異変を察知することが出来る。


それでも意地になって食事を拒む私に、とうとうユリウスが実力行使に出てきた。

私はつんと顎を逸らして「絶対に食べない。」という意思表示をする。だが、ユリウスは私の顎を掴み、無理矢理自分の方に向かせ……



『 いいですか、姉上。この食材には農民の皆様の血と汗と涙が詰まっています。食べずに残すということは、その方々の気持ちをもドブに捨てていることになります。この話を聞いてもまだ拒むというのでしたら―――その小さなお口に突っ込みますよ。 』



そう言うユリウスの瞳孔は開ききっていた。

彼の背後にただならぬものを感じた私は、恐怖のあまりコクコクと頷く事しかできなかった。








……………。


思い出すだけで何だが胃が痛くなってきた。

だが、あの感じ…誰かに似ているような気がするのは気の所為だろうか。…いや、きっと気の所為だろう。


私は陰鬱な気持ちを切り替えようと、林檎のケーキを口の中に運ぶ。

口の中に林檎の甘さとバターの香りがふんわりと広がり、ササクレ立った気持ちをほんの少しだけ癒してくれた。


この林檎のケーキは、林檎の名産地であるノルデンでは昔から食べられている定番のおやつで、材料を全て混ぜ込んで焼き上げるだけのシンプルなケーキだ。

今、巷で流行っているアップルパイとは違い、しっとりとした味わいなのが特徴である。



「私は貴方と違って何でも器用にこなせるようなタイプじゃないけれど、練習すればきっと次は上手に…」

「次なんてものはありません。」

「えっ」



次は上手に剥けるわよ、と言おうとしたのが、ユリウスに食い気味に遮られた。



「1回経験できれば満足でしょう?高貴な公爵家の血筋を引く貴女が、炊事場に立つ必要なんてありません。」

「……。」



…なるほど。やけに素直に私をキッチンに立たせたと思っていたが……こういった魂胆があったのか。

何だが出た芽を摘まれた気分になった私は、思わず頬を引きつらせた。


彼の言うとおり、上級階級者が使用人のテリトリーであるキッチンに足を踏み込むことは、自分の品格を下げる行為である。

料理は下々のすることよ、と300年前よくお母様に口を酸っぱくして言われてきた。


だが、



「今と昔は違うわよ。」



300年経った今では、その考え方が少しづつ変わってきている。

女学生達の間ではお菓子作りが趣味だという子が増えてきているし、少ないながらも料理という分野が授業として確立しつつある。


時代の変化により、常識も変化していくのだ。



「知っています。」

「知っているなら、どうしてそんなことを言うの。」

「さぁ、どうしてでしょうね。」

「…。」



ニコリと隙のない笑みを浮かべたユリウス。これ以上話すつもりは無さそうだ。

彼の煮え切らない態度にため息をついた私はティーカップに注がれたカモミールティーに視線を落とす。水面には眉間にしわを寄せた私が映っていた。


……ユリウスの目的が全く分からない。

私に恨みを晴らす為だけに、普通ここまでの時間と労力を注ぎ込むだろうか。日に日に濃くなっている目の下のクマを見れば、今の彼がどれだけ無茶をしているのかは明確だ。こんなにも自分を酷使して、得られるメリットなんてあるのだろうか。


それに、ユリウスは優秀な魔力保持者だ。その魔法を使えば、もっと楽で簡単な方法がいくらでもあるはず。恨みの対象は、なんの力も取り柄もない私なのだ。彼からすれば、私を殺すことなど、赤子の手をひねるようなものだろう。それなのに…



「…。」




彼の不可解な行動には違和感しか感じられない。



―廃人にでもなった私を見て愉悦に浸りたい…とか?…それか、まるまる太らせて食べる……いや、それは流石に意味がわからないわ…。



不可解といえば、父の手紙だ。何度も読み返しても、あれは間違いなく父の字。だが、冷静になって考え直せば、父がこの状況を許したとは到底思えない。おそらくユリウスが調子のいい嘘で父を騙しているのだろう。

今の私には、父が異変に気付いてくれるのを祈ることしかできない。



「姉上。」



カモミールティーの水面がふるりと揺れる。ユリウスの声にはっと顔を上げれば、こちらの様子を探るようなシトリンの瞳と目が合った。



「先程から何を考えているのですか?」



何って…



「貴方のことだけど。」



ここで嘘をつく必要が無いと思った私は素直に答えた。生活の自由だけでなく、思考の自由すら奪うつもりなのかと、つい刺々しい口調になってしまう。

最近の私はどうも苛立ちやすい。その苛立ちを沈めようとカモミールティーを口に含んだ。



「……僕…?」



抑揚のない声に咄嗟にまずいと思った私は、慌てて顔を上げる。



「あっ、勘違いしないで。別に悪口とか考えていた訳じゃ………」



顔を上げた私は口を開けたまま固まってしまった。なぜなら、ユリウスが口元を片手で覆いながら赤面していたからだ。



「…っ、あ、僕、この後用事がありますので、そろそろ失礼しますね。」



逃げるように席を立ったユリウスは早口で「ケーキはケーキドームの中に入れて置いてください。」とだけ言い残し、転移魔法で部屋から姿を消した。


私は肺に溜め込んでいた空気を一気に吐き出し、頭を抱えた。

あの人のああいう所が1番厄介だ。

ユリウスは時折、先程のような年相応な反応を見せる。演技だと分かっていても、どうも調子が狂う。変に惑わせないで欲しい。



「………。」



―用事…ねぇ…。



ユリウスは四六時中この屋敷に居る訳では無い。1日3回、食事や着替えを届けにやって来る。それ以外の時間を彼がどのように過ごしているのかはわからない。分かっていることは、ユリウスは誰かと会っているということだけ。…単なる女の勘なので、当てにはならないが。

雪国であるノルデン帝国の年末の過ごし方は基本、巣ごもりだ。それなのに、頻繁に会う人物。それはきっと……。



「………。」




チラリと窓の方に視線を向ける。相変わらずの曇りガラスの為、外の様子を見ることは出来ない。


完全に外の世界と切り離されたここは甘く優しく、異質な空間だ。

正直、息が詰まる。

まるで、真綿で首を締められているような感覚。


不安、恐怖、怠惰、苛立ち、焦燥感、危機感、未知、息苦しさ、虚脱感…様々な感情が私の中で混ざり合い、毒を産む。

その毒は私が気付かぬ内に、じわじわと理性を溶かしていく。



私は再び林檎のケーキを食べる。



「………。」



何故か味はしなかった。



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