123話
母が療養していたという屋敷に拉致されてから、4日が過ぎた。
足枷を嵌められて部屋から出してもらえない状況は監禁に近いのだが、全ての元凶であるユリウスは前にも増して私の世話に尽力を注いでいた。
健康的な食事に清潔なベッド、クローゼットには彼が用意した衣服が端から端までズラリと並べられており、衣服以外の日用品も抜かりなく、引くほど充実している。また、この部屋にはトイレとバスルーム、更にはキッチンまで完備されているという快適設計。
最高級の衣食住を与えられた今の状況は、拉致・監禁というよりも拉致・軟禁。
だが、安心することなかれ。
今のユリウスは下僕のように、もしくは子犬のような健気さで甲斐甲斐しく尽くしているが、決して飼い主に従順な忠犬ではない。気に入らないことがあれば、飼い主すら噛み殺そうとする、子犬の皮を被った狂犬なのだ。
軟禁初日。
私は躍起になって、ここから出られる方法を模索していた。
この部屋には外に繋がるような扉がなく、唯一の窓は壁に直接はめ込められているものなので、開閉することができない。もし窓を開けることが出来たとしても、足枷がついたこの足では逃げ出せない。
何度もユリウスに足枷を外して欲しいと訴えたのだが、彼は微笑むだけで決して聞き入れようとはしなかった。そうなれば、自分で何とかしなくてはならない。
私は忌々しい足枷を外そうと壁に打ち付けたり引っ張ったりしたが、一向に外れる気配はみられない。それでもがむしゃらに鎖と格闘し続けた結果、私は怪我をした。といってもふくらはぎを少し掠った程度だったので、大した怪我ではない。
だがそこで、ユリウスの雰囲気が変わった。
こちらが何をしようとも、笑みを浮かべるだけの傍観的態度を崩さなかったというのに、私が怪我をした途端、彼は表情をなくしたのだ。そして、私に治癒魔法をかけながら、彼は抑揚のない声でこう言った。
「…この足を切ってしまえば、貴女は大人しくなるのでしょうか。」
300年前のおぞましい記憶が、古井戸の底から這い上がるかのように甦る。ぐらりと世界が揺れ、目の前が真っ暗になった。
情けないことに、私は気を失ってしまったのだ。
再びベッドの上で目が覚めた時、私は悟った。このまま抵抗を続けていても、自分の寿命を縮めるだけだということを。
ユリウスは私を人間として見ていない。きっと草花の枝や茎を切るのと同じ感覚で、彼は躊躇なく私の足を切り落とそうとしてくるだろう。
軟禁2日目、私は抵抗をやめた。
ここから五体満足で逃げ出す為にも、これ以上彼を刺激するべきではない。
私が何もせず大人しく過ごしていれば、ユリウスはこちらが戸惑う程に穏やかで優しい。
だが決して、その優しさに絆されてはいけない。いくら彼が私に尽くそうと、そこに私の意思はなく、一方的に閉じ込められているという状況に変わりはないのだから。
なに不自由ない穏やかな暮らし。
それはあくまで表面上だけ。
私の精神衛生はユリウスの存在によって常に脅かされている。
*****
「…姉上、力を抜いて下さい。握り潰す気ですか。」
「お馬鹿なことを言わないで。こんなに硬いものを潰せるわけがないでしょ。そもそも、そんなに力は入れていないわ。」
「無自覚かもしれませんが、力みすぎです。手は添える程度で…あぁ、歯は立てないで。危ないですから。」
「…んん?上手く剥けないわね…。やっぱり力が足りないんじゃないかしら?」
「いえ。力を入れなくても表面を優しく撫でるようにすれば、皮は綺麗に剥けます。」
「優しく…?撫でる…?」
「……。やっぱり僕が剥きますから、姉上はあちらで休んでいて下さい。」
「馬鹿にしないで。私だって林檎の皮ぐらい剥けるわよ。」
拭いきれない緊張を孕みつつ、表面上では穏やかな軟禁4日目の昼下がりのこと。
私は諸悪の根源であるユリウスと一緒に、ノルデンの家庭料理である〝林檎のケーキ〟を作っていた。




