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私は貴方を許さない  作者: 白湯子
第7章「温室栽培」
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118話



湯上りに真冬の廊下にずっと立っていれば、誰だって湯冷めをして風邪を引くに決まっている。だから、これは彼の自業自得。

そう思いながらも、私はユリウスを見捨てることが出来なかった。


彼を許せないという気持ちは勿論変わっていない。寧ろ、彼と関われば関わるほどに、その想いは強くなっている。だがそれよりも、ここで彼を見捨てる罪悪感の方が大きかったのだ。

それに、このことが世間に知られれば、私は弟を見殺しにした姉という汚名を一生被って生きていくことになる。



「……。」



そこまで考えて、私は自嘲した。

何かしらの理由がなければ、私はこの人を助けることが出来ないのか。

結局私は、こんな時でも自分のことしか考えられない卑しい人間なのだ。


…いや。

今は自分を卑下している場合ではない。このまま彼を真冬の廊下に放置しておけば、容態が悪化してしまう。早く彼が休めるような部屋を見つけなければ。だが、彼を担いだまま屋敷を歩き回れるほどの力はない。まずは身軽な今の状態で部屋探しだ。


床に突っ伏し荒い呼吸を続けるユリウスを一瞥してから、私は駆け出した。そして、片っ端から部屋の扉を開けていく。だが、どの部屋も物置のようで、なかなか休めそうな部屋は見つからない。


もしかしたら、この階には無いかもしれないと思い始めた頃、ようやく私は廊下の突き当たりにベッドのある部屋を見つけた。その部屋にはベッドの他に、暖炉と簡易的な机と椅子、そして大量の謎の瓶が収納されている大きな棚があった。怪しいことこの上ないが、迷っている暇はない。


私はシャワールーム前に倒れているユリウスの元に駆け戻り、自分の肩に彼の腕を回して抱き起こした。布越しに感じる彼の体温が異常に熱く、焦りが募る。

私はユリウスを殆ど引き摺るようにして、ベッドのある部屋に歩みを進めた。



*****



「…っ、はぁー…」



やっとの思いでユリウスを目的の部屋に連れてきた私は、彼と一緒にベッドへ倒れ込んだ。今の私は瀕死状態の虫のように息も絶え絶えで、真冬だというのに全身汗だくである。たがこのまま彼のように休んでいるわけにはいかない。


私は息が整う前にベッドから起き上がり、彼に掛け布団をかけた。相変わらず彼の顔色は悪く、その上今度は身体がカタカタと震えていた。熱が先程よりも上がっている証拠だ。そんな彼を見ていると、なんとも言えぬ不安が胸の底から込み上げてくる。


私は奇妙な焦燥感に駆られながら彼の看病を始めた。


おぼつかない手つきで暖炉に火を入れ、シャワールームにあった桶とタオルを使い、彼の額を濡れタオルで冷やした。水差しも用意したが、熱に魘されている今の彼は水分を補給することができはい。

だが、部屋が温まってきたおかげか、ユリウスの身体の震えの方は治まってきた。けれど…



―凄い汗…。



彼の身体はもの凄い量の汗をかいており、紺色の夜着は水をかぶったように水気を帯びていた。


このままでは身体が冷えてしまい、治るものも治らない。

私は急いでシャワールームに戻り、彼の身体を拭く為のお湯を用意した。ついでに脱衣場にあったバスローブのような形の夜着も拝借した。明らかに女性物ではあるが、濡れたままの夜着を着ているよりはマシだろう。


両手にお湯が入った洗面器を持ち、腕に夜着とタオルを引っ掛けた私は急いでユリウスの元に戻った。


それなのに、扉を開けた瞬間…



―――顔面に血液をかけられた。



…とんだ仕打ちである。

やはり見捨てるべきであったか。



「…流石は元皇帝陛下様。ずいぶん前衛的なご挨拶ですね。」



病人相手に大人気ないとは思うが、これぐらいの嫌味は許して欲しい。寧ろ、反撃でお湯の入った陶器の洗面器を投げなかったことを褒めて頂きたい。

こちらは貴方の奇行のせいで顔も夜着も血塗れなのだ。



「…あ…すみません…。寝惚けてつい…」



寝惚けていたとしても、普通の人間は自分の血液を相手にかけることなんてしないはずだ。前々から思っていたが、この人はだいぶ頭がおかしい。きっと頭のネジを10本ぐらい何処かに落としてしまったのだろう。

だが、ちゃんと謝れるところは評価すべき点なのだろうか。



「…。」



ため息をつきながら私は持っていた洗面器をベッドの脇にあるナイトテーブルに置いた。ナイトテーブルには先に冷水が入った桶と水差しを置いていたので、殆ど隙間がなくなってしまった。なので、腕に掛けていた夜着は取り敢えずベッドの上に置き、私は持ってきたタオルをお湯に浸した。その様子をユリウスはぼんやりと不思議そうに眺めていた。


タオルを絞った私はユリウスに向き直り、夜着のボタンを外そうと彼の襟元に手を伸ばした。



「っ?!」



はっと息を呑んだユリウスは、まるで生娘のように自身の首元を手で押え、珍しく焦った声を上げた。



「…な、何をする気ですか。」

「身体を拭くのよ。」

「…は、」



信じられないものを見るかのように目を大きく見開いているユリウスの手をべリッと剥がし、私は彼の夜着のボタンを外し始めた。

そんな私をユリウスはじろりと睨んできたが、熱に冒され潤んだ瞳で睨まれても、正直怖くはない。



「……痴女。」



ポツリとユリウスが失礼な事を言ってきた。フラフラの癖に、まだ減らず口を叩ける余裕があったとは。私はボタンを外しながら鼻で笑った。



「変な事を言わないで。これは看病よ。」

「…看病?貴女が?……ははっ…気でも狂いましたか?姉上が僕の為にそんなことをするわけが…」

「勘違いしないで頂戴。別に貴方の為じゃないわ。」

「…は…?」

「私が貴方を見捨てたせいで死なれたら、流石に夢見が悪いじゃない。だから、これは私の為よ。」

「…そう、ですか。」



最後にそう言うと、ユリウスは大人しくなった。力が抜けぐったりとした態度からは、もう好きにしてくれ、といった諦めが滲み出ている。その頃には全てのボタンを外し終えていた。



「………。」



夜着の下から現れたのは、陶器の冷たさを連想させるような白く美しい肌だった。

精巧に造られた人形のように完成されていながらも、汗を滲ませる肌は生身の人間そのもの。彼の艶かしい肌から漂う凄絶な色香にあてられて、気を失いそうになりながらも、私は濡れタオルで彼の身体を拭き始めた。初めての看病である為、その手は僅かに震えている。



「…っ」



タオルが首筋から鎖骨に移る時、ユリウスは小さく声を上げた。



「あっ、ごめんなさい。痛かった?」

「…いえ。……優しすぎて擽ったいです。拭くならもっと強くして下さい。」

「これぐらい?」

「…下手くそ。」

「……。」

「イタッ、痛いですよ姉上。もっと優しくして下さい。僕の身体はどこかの誰かさんとは違って繊細なんですから。」

「……あ、そう…。」



一瞬でも彼を心配した私が馬鹿だった。




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