104話
ブティック店だけでは満足出来なかったビアンカは、台風の如く次から次へと新しいお店に入り、衣服だけでなく化粧品、生活雑貨、食料などを大量に買い込んでいった。きっと、今日1日だけで経済がだいぶ回ったに違いない。
ビアンカが買い物に満足した頃には、すっかり辺りは夕焼け色に染まっていた。
いくら南といえど日が落ちれば、雪が積もってなくとも、酷く冷え込む。私たちは、手に余る戦利品(9割ビアンカの物)を抱え、吐く息を白くさせながら、領主の館へと続く茜色の道を歩いていた。
「はぁ~♡ひっさびさに、ショッピングができて楽しかったわぁ~。」
丸一日、買い物三昧だったビアンカの顔は、今朝見た時よりも心做しかツヤツヤとしている。
「最近、年末の業務に追われてて全然リフレッシュが出来てなかったのよぉ。」
父も殿下も、今年の年末は例年よりも忙しいと言っていた。南の公爵領に居たビアンカも例外ではなかったようだ。
「20年、この仕事やっているけど、こんなにも忙しかったのは初めてよ。」
「20年…!」
私の年齢をも上回る年数に驚きの声を上げれば、ビアンカは昔を懐かしむかのように、そのつぶらな瞳を細めた。
「カールに見初められてから、早20年…。今思えば、あっという間ね…。」
「見初められたって…。」
それだと意味合いがだいぶ変わってくる。だが、そのしみじみとした口調からビアンカと父の関係が、ただの部下と上司だけのものでは無いことが感じ取れた。それに、あの過保護を絵に描いたような父が、娘である私をビアンカの元に預けたのだ。それだけでも父がビアンカに対して、ただならぬ信頼を寄せていることがわかる。
「ねぇ、ビアンカ。」
「なぁに。」
「ビアンカとお父様って、どういう関係なの?」
ふと湧き上がった疑問を問いかければ、ビアンカはキョトンとしたのち、にんまりと人の悪い笑顔を返してきた。
「どういう関係って…。なんだかイヤらしく聞こえるわねぇ。」
「…私は真面目に聞いているの。」
「んもー!可愛い冗談じゃなぁ~い。相変わらず、冗談がきかないんだから。ほらほら、そうむくれないの。本物の蛙みたーい。」
「ビアンカ。」
「生真面目ねぇ。……カールはね、アタシの先輩なの。」
「先輩?」
「そ。アタシが帝都の騎士団に入った時のね。」
「へぇ…!」
若かりし頃の父が騎士として働いていた、という話しは聞いたことがある。その頃からの知り合いとなれば、その付き合いは20年以上になるだろう。
「騎士を辞めてシューンベルグ公爵になったカールは、アタシを領主代理人の仕事に誘ってくれたの。その頃のアタシは、規律にうるさい帝都に飽き飽きしててね……カールのお誘いに即OKしたわ。」
「…。」
穏やかに昔のことを語るビアンカの言葉に、私は黙って耳を傾ける。
「……堅苦しくて息苦しい帝都の籠から駒鳥のアタシを出してくれたカールにはね、とっても感謝しているの。」
「ビアンカ…。」
ビアンカの父に対する気持ちは、私にも伝わってきた。お互いに、深い信頼を寄せ合っているのだろう。
「そ・れ・に、帝都の男たちには飽きてきた頃だったしね!ちょうど良かったわぁ…!」
巨体をくねらせるビアンカに、がっくりとこうべを垂れた。
―規律にうるさいって……もしかして、そっち?
籠の中の駒鳥……というよりも、父は檻の中に居た猛獣を南の領土へと解き放ってしまったのではないだろうか。
だが、イキイキと南の男性たちの素晴らしさを熱弁するビアンカを見ていると、「まぁ、いいか。」と思えてくる。
―籠…か。
今まで帝都をそんな風に思ったことはなかった。生まれも育ちも帝都である私にとっては、規律が厳しいことは至極当たり前のことであり、人の従うべき準則だ。従って、それらに背くことは罪である。
―――しかし、帝都を離れ外の世界を知った今の私は、ビアンカの気持ちが少しわかるような気がした。
ビアンカのように自由を求める者からすれば、帝都はとても窮屈なところだろう。
帝都にいた頃は、規律から外れることに恐れ、何かに追われているような漠然とした焦燥感にいつも苛まれていた。周りも私と同じように、生き急いでいるような人間が多かったかもしれない。
それに対して、ここ南の公爵領は、人も時間の流れも穏やかだ。道で行き合う人は皆、いつも笑顔で挨拶してくれる。そんなこと、帝都では有り得ない。
この1週間で、私の中の常識が少しづつ変わってきていた。
今まで気付かなかったが、冷たく閉ざされた帝都はビアンカの言う通り、籠なのかもしれない。
『貴女、この忌々しい鎖が見えないの?』
…少し前に、似たような事を誰かに言われた気がする。
『…可哀想に。貴女はこれを鎖だとは思っていないのね。』
…誰だっけ?
「―――あら?」
ビアンカの声にハッと我に返る。顔を上げ、ビアンカの視線を追えば、数歩先の道上に何か黒い物体が横たわっていた。私は目を凝らしてその物体を見て、ハッと息を呑んだ。
人だ。
人が、うつ伏せの状態で倒れていたのだ。
私が気付くよりも早く、人だと気付いたビアンカは抱えていた買い物袋を宙にほおり投げ、倒れている人の元に駆け寄った。私も抱えていた荷物を落とす勢いで地面に置き、慌ててビアンカの後を追った。
「アンタ大丈夫!?」
ビアンカが声をかけながら、そのぐったりした身体を抱き起こして揺すぶった。遠目では分からなかったが骨格からして、どうやら男性のようだ。だが、その顔はワカメのように長い前髪に覆われており、よく見えない。
「うっ……」
彼から微かな呻き声が漏れる。それに私とビアンカは僅かに安堵の息を吐いた。もう既に事切れているのではと、最悪な状況を想定してしまっていたからだ。
「…、……、…」
ボソボソと彼の口が僅かに動いた。何か、私たちに訴えようとしている?
「しっかりして頂戴!今、助けるから…!」
「ビアンカ待って。彼、何か言っているわっ。」
逞しい腕で彼を抱き上げようとするビアンカを止めた私は、彼の口に耳を澄ませる。彼は小さく、まるで蚊の鳴くような声で言った。
「……おなか……空いた………」
「…。」
「…。」
「今時、行き倒れぇぇええええええ──!!??」
ビアンカの野太い声が、南の公爵領土全体に響き渡った。
《おまけ》
・前回の続きです。
・相変わらず、4人がミカンを食べながらコタツでわちゃわちゃしています。
テオ様「…笑い死ぬかと思った…。」
聖女様「そのまま死んじゃえば良かったのに。(ボソッ)」
テオ様「何か言ったか、クソ聖女。」
聖女様「何も言っていませんよ、殿下。(聖女スマイル)」
エリザ「ねぇ、ユーリ。お家デートって、具体的に何をするの?」
ユーリ「そうですね…。」
聖女様「はい!私は、お家デートに断固反対です!」
テオ様「聖女と意見が被るのは癪だが、俺も反対。だってさ、」
テオ・聖女「お家デートって、なんか、いやらしい。」
ユーリ「いやらしいのは、お二人の頭の中です。僕のデートはお二人と違って、至って健全ですよ。サンルームでお茶やお菓子を楽しんだり、食後はのんびりと一緒にお昼寝したり…。わがままを言えば、姉上のピアノの演奏を聞きながら眠れたら幸せですね。あぁ、でも、一緒に演奏とかも楽しそうです。どうですか?姉上。邸の中なら暖かいですし、人の目を気にすることもありません。服装もマナーも頑張らなくて、良いんですよ。ね、素敵でしょう?」
テオ様「(…コイツ、しれっと一緒に寝るとかぶち込んできたぞ。)」
エリザ「それだと、いつもと変わらないわ。」
ユーリ「変わらなくていいんですよ。貴女と過ごす何気ない日常こそ、僕の幸せです。」
エリザ「ユーリ…」
テオ様「騙されんな!!いい事言っている風だけど、大したこと言ってねーからな!!」
聖女様「そうですよ!エリザベータ様!!ユリウス様のは、ただの外遊びが嫌いな陰キャ野郎のいい訳ですからね!!」
ユーリ「姉上、助けて下さい。2人が寄ってたかって僕を虐めてきます。」
テオ・聖女「「虐めてないわ!」」
カールパパ「いやぁ、可愛い子供たち。パパの知り合いがね、海の近くの別荘に招待してくれたんだけど、一緒に行くかい?」
子供たち「行きたい!!!!!」
ノルデン人、海大好き。
~完~




