102話
テオドールside
公爵領へと向かっているエリザベータの元から自室に戻った俺は、ガジガジと乱暴に頭をかいた。
「…だっせぇ。」
溜息混じりに、そう呟きながら、どっかりとソファに座り込む。
まさか、あそこで勘ぐられるとは思わなかった。さすがは、元皇太子の婚約者様といったところか。300年前に、お后教育を受けた女の観察力は中々侮れない。それとも、俺の方が顔に出やすいタイプだったのか。…まぁ、何にせよ、エリザベータは思っていた以上に、俺を見ているようだ。
…これじゃあ、かえって不安を煽ってきただけじゃないか。本当は、ただ謝りたかっただけなのに。
絶対に守ってやるって言ったくせに、守れなくてごめん。こんなことになってしまって、ごめんって……。
謝罪の一つもろくに吐けずに、しっぽを巻いて逃げてきてしまった俺は、この上なく情けない。
「…クソが。」
だが、こうして、うだうだと反省会を続けていても仕方がない。
俺は気合いを入れるため、パチンと自身の両頬を強めに叩く。
「…よっし。」
謝罪は全て終わってからだ。どうせ、これから謝罪の内容は増えていくことだし。
…はたして、知らずのうちに全てが終わっていたら、アイツはどんな顔をするだろうか。
―…きっと、怒るだろうな。
苦笑いをひとつ零した俺は、机の上にある〝フェルシュング伯爵家〟の書類に手を伸ばす。
「さてと…有意義な謹慎処分生活を満喫しますかっと。」
*****
エリザベータside
今、私が滞在している所は、領主の館である。この館は元々、ノルデン帝国の第3代皇帝が国内の反乱やデューデン国からの侵略に備える為に、仕えていた騎士に命じて造らせた城塞らしい。
厳重に造られた石の城壁を、川から引き入れてた水で四方囲まれている為、まるで湖に古城が浮いているように見える。
馬車から降り立ち、この、のどかな街並みの中に佇む優美な古城が目に飛び込んできた瞬間、馬車を半日走らせるだけで、こんなにも世界が変わるのかと、とても驚いた。
ここでなら、嫌なことを忘れて、穏やかに過ごせるかもしれない……。しかし、そんな淡い期待は、いい意味で裏切られた。私達を迎え入れてくれた、領主代理人によって。
彼?彼女?は、私にこう言った。
「アタシ、アンタのことお嬢様扱いしないから。」
この宣言通り、彼?彼女?は私を特別扱いすることはなかった。
南の公爵領には、騎士の訓練所が配置されおり、多くの騎士の卵達が日々修行に励んでいる。領主代理人は訓練所の教官も受け持っているらしく、使用人達と同様に、騎士の卵達の食事や洗濯、訓練所の掃除などの仕事を私に与えてきたのだ。
ベル達は「お嬢様になんて無礼な…!」と不満を露わにしていたが、私は正直、この待遇がとても有難かった。慣れない仕事は思っていた以上に体力が奪っていったが、そのお陰で余計なことを考えている暇はなかったのだ。
それに、大変なことばかりではない。ベル達とお揃いのワンピースを着てワイワイ仕事をするのは想像以上に楽しかったし、最初は気難しい人なのかなと思っていた領主代理人は話せば話すほど、面倒みがよく裏表のない素敵な人だということがわかってきた。
最初こそは、いつ義弟達が私を殺しにくるのかとビクビクして過ごしていたが、それは杞憂で終わった。きっと、年末の行事が忙しく私に構っている暇などないのだろう。いっその事、このまま私の存在など忘れて欲しい。
慌ただしくも平和な時間は瞬く間に過ぎていき、気付けば公爵領に来てから1週間が過ぎようとしていた。
*****
「ねぇ、ビアンカ。何か仕事はないかしら?」
「あのねぇ、蛙ちゃん。今日はアンタ達にお休みをあげたの。だから、仕事なんてモノはないのよ。」
「…。」
執務机に座っているビアンカは、哀れむような視線を私に投げかける。その視線を受けた私は思わず俯いてしまった。
彼女?は、ビアンカ=ベック。本名はビアンコで、生物学的には『男性』である。だが、彼女は最初に「アタシのことはビアンカって呼んで頂戴。」と強要…いや、お願いしてきたので、素直にビアンカと呼んでいる。
彼女を初めて見た時の衝撃は、今後忘れることは出来ないだろう。
父からは、公爵領には領主代理人が居るから、その人に世話になりなさいと言われていた。てっきり初老の男性かと思っていたら、美しい古城から現れたのは、奇抜な騎士服を身にまとった筋肉の塊のような金髪の男性だった。
太い首に、逞しい腕と脚。身長は見上げるほどに高く、立派な胸筋を惜しげも無く晒している。
まさにその姿は…
『んぎゃーーーーー!!!金髪ゴリラが服着てるーーーーー!!!!!』
『はぁぁあん???だぁーれがゴリラですってぇぇええええ!!!こんのぺちゃぱい小娘がぁ!!!』
『きゃぁぁぁ!!お、お嬢様!!このゴリラ、喋ってます!!化け物です!!!』
『なんて失礼な小娘なのかしら!?これだから帝都の女は嫌なのよ!!とっとと帰りなさい!!!これ以上、まな板は必要ないわっ!!』
『誰がまな板ですか!誰が!!!』
『ベ、ベル、落ち着いて…!』
『離してください!お嬢様ぁ!このゴリラだけは…ゴリラだけは…!!』
『アタシは人間よーっ!!』
最悪の初対面を思い出し、思わず苦笑いが零れる。あの日から、ベルとビアンカは毎日のように喧嘩をしているが、何だかんだで楽しそうだ。そのベルはビアンカからお休みを頂いたので、侍女たちと買い物に出掛けている。
「蛙ちゃんも、まな板三人娘達と一緒に買い物に行けばよかったじゃない。」
ビアンカはボキボキと逞しい首や肩を鳴らしながら、そう言ってきた。
ビアンカは何故か私のことを〝蛙ちゃん〟と呼ぶ。正直、不快極まりないのだが、何度訂正しても無駄だった為、今は諦めている。
「私がくっついて行ったら、気を使って、お休みにならないでしょ。」
「あら、ちゃんと立場を弁えているのね。」
いつものように、ビアンカは意地悪な笑みを浮かべている。だが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
「だから、お仕事が欲しいの。」
「何がだから、よ。アタシがお休みって言ったら、お休みなの。いい加減、諦めなさいな。」
「ビアンカ…。」
「そんな顔をしてもダメ。ってか、何なの。アンタのその社畜根性は。人間でも機械でも、ずっと働き続けるのは不可能よ。今は良くても、そのうちガタが来るわ。それとも何、蛙ちゃんは苦行が美徳とか思っているの?マゾなの?自分を虐めて喜んじゃうような変態さんなの?」
「そういう訳じゃないけど…」
何かしていないと、義弟達のことを考えてしまうのだ。だからこそ、今の私にとって、この休暇は苦行以外の何物でもない。
余計なことを考えている暇が無いほどに仕事をしていた方が、ずっと気が楽なのだ。
だが、それをどうビアンカに説明すれば良いのか……。
俯き言い淀む私に、ビアンカは怪訝な表情を浮かべたが、何か閃いたかのように両手を叩いた。
何事かと顔を上げれば、つぶらな琥珀の瞳と目が合う。グローブのように分厚い両手で頬杖をつき、何かを企んでいるような不敵な笑みに嫌な予感した。
「蛙ちゃん。アタシとデートしましょ♡」
《おまけ》
*前回の続きです。
*コタツでみかん食べながら、わちゃわちゃするだけです。
聖女様「はい!殿下の案はボツで!!」
ユーリ「右に同じく。」
テオ様「はぁ!?んでだよ!」
聖女様「最後にS(自主規制)って、完全に体目当てじゃないですか!最低!不潔!女の敵!!チョコレートになっちゃえ!!!」
テオ様「最後のが意味わからん。…てか、デートの目的なんて最終的にそれだろ。」
聖女様「クズ!!!!!エリザベータ様!そんな食べてばっかりのデートだと太ってしまいますよ!!」
エリザ「―!!!!」雷に打たれ、ミカンを落とす。
テオ様「まだ若いんだし、そう簡単にはふとんねぇよ。ま、エリザは食べた分だけ、胸にいくだろーけど。」
聖女様「そんなファンタジー要素、この世界には存在しないんですよぉぉぉぉぉぉおおお!!!!!(血の涙)」
次回に続く…




