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私は貴方を許さない  作者: 白湯子
第6章「不完全な羽化」
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100話



ふと、息苦しさに目が覚める。

胸が重い。胸をぐっと押されているような感覚。まるで、重い石を載せられているような…


―――何か、いる。

何かが、私の上に乗っかっている。


だが、怖くて目を開けられない。

得体の知れない物体への恐怖に固まったままの私の顔面に、何度も生暖かい息が吹きかけられる。その生々しい生き物の息に、ぞわりと背筋に悪寒が這い上がった。


咄嗟に逃げようとするが、何故か身体がピクリとも動かない。これが俗にいう金縛りというやつだろうか。


休むことなく吹きかけられる生暖かい息は、私の顔を満遍なく這いまわった(のち)、その動きは耳元で止まった。



「……はぁ、………はぁ、――……」



…吐息混じりに何か呟いている。一体、何を言っているのだろうか?

その声は次第に大きくなっていった。



「……許さない……許さない……絶対に……貴女を許さない…。」



低い、地獄の底から湧き上がるような重々しい呪いの声が、吐息と共に私の耳を舐める。

背中に虫が這い上がるような不快感が走り、思わず目を見開いた。



「―っ!!」



憤怒に煮え滾るエメラルドの瞳と目が合い、はっと息を呑む。

そこには、夢の中にだけ現れる少女が鬼の形相で私の胸上に乗っていた。


少女の首輪から伸びる陰鬱な赤色の鎖が私の身体に巻き付き、ギチギチと締め上げていく。

金縛りなんかじゃなかった。身体が動かなかったのは、少女と鎖のせいだったのだ。


少女が居るということは、これは夢だ。だが、いつもの夢とは違い、辺りは何も無い真っ暗闇に包まれていた。



「あれ程逃げないでって言ったのに…あれ程…忠告してあげたのに…!あれほどっ……!!……っ、なのに、貴女はっ…!」



怒りをあらわにする少女は、痛いくらいに私の肩を握り締める。そのあまりの強さに、少女の爪が肉に食い込んでいるのではないかと錯覚してしまうほどだ。


荒い息を吐き続ける少女は、ぶつぶつと「逃げた…逃げた…」と壊れた人形のように繰り返している。


―――逃げた?


一体少女は、何を言っているのだろう。

少女はいつも突発的で、話が見えてこない。

私は少女の考えを読み取ることができるような魔法使いじゃないのだ。


しかし、私の考えは少女に伝わっているようで、少女はそのエメラルドの瞳を更に釣り上げた。



「しらばっくれないで…!帝都を離れるって、さっき言ってたじゃない。」



―さっき…。



ぼんやりとした頭で記憶を掘り返す。

……あぁ、そうだ。つい先程、私は帝都を離れることになったのだ。それを少女は逃げたと言っているのだろう。

少女が何故怒っているのかはわかった。しかしながら、こればっかりは少女がなんと言おうとも、仕方がないことである。私が帝都を離れることは、陛下直々の提案なのだ。それに頷くしか、私に選択肢はなかった。



「選択肢はなかった…ですって…?違うわ。選択肢をひとつにしてしまったのは貴女。貴女自身が〝逃げる〟選択肢を選んだの。」



少女の言葉が、私の心を抉る。



―私が、選んだ…?



少女は崩れ落ちるかのように、私の上に倒れ込んだ。



「私は…貴女のことを300年もの間、ずっと待っていたのよ。また、いつ来るのかわからない貴女を待つのは御免だわ…。」



先程と打って変わって、泣き出してしまいそうな震えた声を出す少女は、今度は縋るように私の肩を掴む。



「お願い、逃げないで…。私を見捨てないで…エリザベータ。…私を、助けてよ…。」



私に助けを求める少女の声は、言葉にならないほど掠れていたが私の耳には、しっかりと届いた。


たかが夢、されど夢。

醒めてしまえば忘れてしまう夢だと分かっていても、私はこの夢を無視できない。彼女の存在を否定できない。


だが、一体私にどうしろというのだ。あの危機的状況を覆すことなんて、だだの小娘である私が出来るはずがないじゃないか。陛下の提案を拒んだとしても、自身の破滅の道に歩を進めるだけだ。今まで相手にしてきた同年代の少年少女達とは訳が違う。


こちらの命を握っている獅子の前で、自身の保身に走ることは人間として当然の判断である。所詮、人間誰しも自分の身が1番可愛いのだ。また、あの時のように惨めに死んでいくのだけは御免だ。


そんなことを考えていると、次第に少女の存在が疎ましく思えてしまう。少女は私に強要するばかりで、自分は高嶺の見物をしているのだ。それが、とても腹立たしく思えた。だが、それも一過性の感情に過ぎない。湧き上がった負の感情は、すっと消えた。まるで、魔法が解けたかのように、呆気なく。…いや、ポッキリと折れたと表現した方が近いのかもしれない。



―――少女の言う通り、私は逃げたのだ。



少女に対する反論は、所詮は自分を正当化する為に並べていた言い訳に過ぎない。陛下が恐ろしいのは勿論のこと、それ以上に聖女と義弟の存在が何より恐ろしいのだ。

本当は、私の平穏を脅かす全てのモノから逃げ出したい。離れたい。関わりたくない。ほっといてくれ。


この気持ちも、少女には伝わっているのだろう。その証拠に、少女は悔しそうに歯軋りし、私の肩を掴む手に力を込めてきた。



「…さいってー…」



少女が吐き捨てるように言った、その一言は鋭いナイフの如く私の胸に突き刺さる。確かに私は最低だ。当事者であるのに、逃げようとしている。


ゆらりと上体を起こした少女は、虚ろな目で私を見下ろす。

どれぐらい見つめ合っていただろうか。数秒な気もするし、数分のようにも感じる。

ふと、少女の青白い両手がこちらに伸びてきた。そして―――


少女は、その両手で私の首を絞めてきた。



「ぐっ!?」



突然、気道を絞められ口から蛙が潰れたような呻き声を上げる。


苦しい、苦しい、苦しい…!!!


その苦しさから逃れようと必死に藻掻くが、少女の手を振りほどくことが出来ない。それどころか、もがけばもがくほど少女の手の力は強くなり、私の身体に巻き付いている鎖も、その拘束力を強めていった。まるで、獲物を捕食する蛇のようだ。



「私を置いて逃げるなら、ここで死んでも同じよ…!!」



同じなわけがないでしょう!

と、言えるはずもなく、私の口からは無意味な喘ぎ声が漏れるだけだった。


脳に十分な酸素が行き渡らず、身体と意識が分割されていく感覚に陥る。両手と両足が急速に感覚を失い、意識が底無しの闇の層に引き込まれていく。


このまま夢の世界で死んでしまったら、現実の世界の私はどうなってしまうのだろう。昏睡状態?それとも、所詮は夢だったということで、何事もなく目が覚めるのだろうか。

望むのは後者だ。私は逃げたいが、死にたいわけではない。


たが、その望みも虚しく、どんどん意識は闇の底に堕ちていく。

あぁ…もう駄目だと諦めた、その時―――ふいに少女の手の力が弱まった。

一気に肺に酸素が入り込み、激しく噎せ込む。



「…あぁ、あの人が来る。」



ポツリと少女は、一言呟く。

…あの人?

少女が言うあの人とは誰だろう?


少女は人形のように力無く、両腕を下にダランと下げる。

先程の鬼気迫る様子と打って変わって、その覇気のない姿には明らかな諦めの色が滲んでいた。



「時間…切れ。」



自嘲気味に笑った少女の身体が突然、蝋燭のようにドロドロと溶けだした。

形を失った少女だったものは、どろりとした赤い液体となり、私に覆い被さる。

全身に生暖かい液体がまとわりつき、その不快感にぞわりと鳥肌が立った。

いつしか、私の身体を拘束していた鎖は、赤黒いブヨブヨとした肉片に成り果てている。肉片…?いや、これは…



―――腸?



「―っ!!!」



はっと暗闇の中で目が覚める。

荒い息が徐々に落ち着いてきた頃、自分がようやく病室のベッドの上に居ることに気がついた。


全身じっとりと汗ばんでおり、寝巻きに張り付いている。凄い汗の量だ。先程の夢は、この汗のせいで見てしまった悪夢だったのかもしれない。

今すぐ、この不快な汗を洗い流したかったのだが、身体が思うように動かない。全身熱気を帯びており、少し身じろぐだけでも億劫に感じられた。どうやら本格的に熱が上がってきてしまったようだ。

身体だけでなく、脳も熱に犯されているようで、頭の中に靄がかかり徐々に今自分が居るのが、夢なのか現実なのかわからなくなってきた。


真っ暗な空間。そこには私の荒い息が聞こえるだけで、他には何も聞こえない、何も見えない、何も…居ない。

世界に、たった一人取り残されてしまったような錯覚に陥る。それが心細く感じてしまうのは、きっと熱のせい。



「…?」



ゆるりと空気が動いたような気がした。

誰か居る?気配を感じた方に目を向けるが、そこには闇が拡がっているだけだった。気の所為かと思ったが、鼻先に甘い香りがふんわりと掠めた。



―…これは…カモミール?



何故、カモミールの香りがするのだろう。もしや、あの少女が近くに居るのだろうか。だとしたら、この世界は夢だ。



「―――。」



再び空気が動いた。

誰かの声が聞こえる。

…誰だろう?少女?



「―――、」



不思議なことに、身体がふっと軽くなり瞼がだんだんと重くなってきた。突然現れた睡魔に抗うことは出来ず、私は素直に瞼を閉じる。



意識を失う直前、瞼の裏には―――あの真っ白な花畑が浮かんでいた。








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― 新着の感想 ―
[一言] ストーリーの展開が予想し難くて、とっても続きが気になります(^^)続きを楽しみにしてます⭐️
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