4話目
とその時、またしても背後から足音が聞こえてきた。今度は地震の時のようなゴゴゴという感じの音だ。
自分は直感的に、地面にいるのは危険だと考え、爪を使って近くに生えていた大きめの樹によじ登った。枝が少ない樹なので、鋭い爪を幹に突き立てながら出来るだけ高めのところまで避難した。
その数秒後、先ほどのサイの化物が群れになって走ってきた。
樹の間を器用に避けながら走るサイたちは、直前で見たやつとは違い、1頭1頭が少し小柄に見えた。だが群れで動いているので、迫力はその比ではない。
30秒後、ざっと2、30匹いたサイの群れは、最初のサイと同様に、森の出口へ向かっていった。サイが通った跡は、まるで塗装された道のように平らになり、ずっと奥の方まで続いている。さっきまで自分がいたところも、サイの軍団に飲み込まれて、グチャグチャにに踏み潰されている。
一瞬でも判断が遅れていたらと思うと、背筋がゾッとする。自分は樹にぶつかってくることが無かったことに感謝(?)をしつつ、樹から降りて森をぬけた。
森を抜けた先には、稲のような背の高い植物が生えていたり、地面から白い身をいくつかつけた植物が所々にあった。
だがよく観察すると、稲のような植物などはまとまって生えていて、かつその間は道のようになっていることから、どうやらここは畑か農園になっているのが分かった。
また、さっきのサイたちの仕業だろうか。明らかに農園をなぎ倒していった跡が、道幅の広い道路のように残ってる。
自分は何か嫌な予感を感じ、サイの通った後を早足で追いかけた。
(多分、この農園を作った人が近くにすんでいるはずだ。規模から見ても村ぐらいはあってもおかしくないし。さっきのサイはそこを襲いに行ったのか?)
せっかく人の痕跡を見つけたのに、サイに襲われてしまっては助けてもらうどころではない。
なにより嫌なのは、また自分のような不幸な人が増えてしまうことだ。自分の頭の中で、あの日の記憶が一瞬思い出される。
「こんちくしょう・・・!」
足は自然とスピードを上げて行き、最終的には全速力で荒れた畑を走っていた。
『ドゴーン!!!』
「っ!?」
突如、何かが壊れるれて、倒れるような音が響いた。それは、自分が考えている中で、最悪の予想が現実になったことを示していた。自分は呼吸をするとこすらも忘れ、ただひたすらに走った。だんだんと音の発生源に近づくにつれ、崩壊音の他に悲鳴が混じっているのも聞こえた。
やっとたどり着いた村は、予想通り、サイによって襲われている最中だった。サイは家や倉庫のような建物に突進を繰り返し、破壊活動を繰り返している。見えている範囲だけでもかなりひどい状況だ。
と、自分は瓦礫の下に、何か見覚えのある物が出ているのを見つけた。近づいてみると、それは人の腕のようだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
自分はありったけの力を使って、瓦礫を急いで撤去した。
そこにいたのは普通の男性のようだった。まだ生きてはいるようで、声を掛けても反応はないが、微かに胸は上下に動いている。目立った出血も無さそうで、とりあえずは安心だ。
自分は男性を担いで、サイに見つからないように注意をしながら、とりあえず畑の方に移動した。男性を下ろし、横向きに寝かせて呼吸がしやすいような体制を取らせた。
自分は村を振り返った。この人はなんとか安全な場所に運んだとはいえ、まだあの中には何人もの人が助けを待っているに違いない。女性や子ども、赤ちゃんもいるはずだ。
自分は自分のできる限りのことをしようと決心し、再び村に入った。
次に、入り口からだいぶ離れたところで見つけたのは、見た感じ10歳くらいの女の子だ。着ている服もボロボロになっていて、両手には家族なのだろうか、赤ちゃんを抱いて泣いている。周囲にサイの化物が居ないことを確認し、自分はゆっくりと保護に向かった。
「そこにいる女の子!危ないよ!」
女の子はビックリした様子で自分を見た。その顔は顔はススで汚れ、涙の後をくっきりと写している。女の子は恐怖に歪んだ表情をして、数歩後ろに下がった。
「落ち着いて。自分・・僕は怖い化物じゃないよ。助けてあげるから、こっちにおいで」
・・・口にしてから気付いた。こんな見た目をしていれば、大人でも怪しいと思うはずだ。ましてやこんなに小さな子供のが怖がらないはずかない。自分はなんとか無害であることを説明しようと、女の子に目線を合わせて話しかけた。
「大丈夫だよ。怖くないよ。お兄ちゃんが守ってあげるからね」
女の子は自分の顔をじっと見つめたあと、やっと口を開いた。
「お兄ちゃん・・・マリカのこと、守ってくれるの?」
「もちろんだよ。ここは危ないから、お兄ちゃんと一緒に行こう?」
マリカは怖がってはいたが、ゆっくりと歩いてきてくれた。その両手には白い布にくるまれたけど赤ちゃんを抱いている。また、どうやら膝を擦りむいているらしく、足からは血が流れている。自分は何か抑える物は無いかと周りを見てみるが、見つれられなかった。
「ケガ、痛くない?」
マリカは首を横に振った。なんて強い子なんだと、少し感動してしまった自分がいる。
「そっか、マリカは偉いね。・・・その子は弟?」
「違う・・・妹・・・」
「・・そっか。よく家族を守ったね。偉いよ。よし、マリカちゃん、お兄ちゃんがおんぶしてあげるよ」
自分は小さくしゃがんで、マリカをおぶる体勢をとった。マリカは恐る恐るではあったが、自分の背中に乗ってくれた。見た目の割に重いのにはビックリしたが、健康なんだなということで納得した。赤ちゃんは自分が持つことにし、とりあえずはさっきの畑の所まで連れて行くことにした。
だが、そう何回も上手くいくなんてことは無かった。
来た道をなぞり、瓦礫の山を曲がった時だった。偶然にも、サイの化物とばったり目が合ってしまったのだ。
「やっば・・・」
自分はすぐに逃げようと振り返ったが、いつの間にか、後ろにもサイの化物が迫っていた。
(さっきまでいなかったのに匂いで感づかれたのか?)
絶体絶命の状況に、自分も女の子も恐怖で震え上がった。
「お兄ちゃん・・・怖いよぅ」
女の子は今にも泣き出しそうな声で、自分に話しかける。正直なところ、自分も半泣きになっている。無論、ここで泣いていても助からないことは明白だ。
「大丈夫・・・大丈夫だよ。お兄ちゃんが何とかするよ」
自分はどうすれば助かるかを必死になって考える。
だが、この状況を解決する策が思い付く前に、サイの化物が動いた。3回地面を蹄でこすった直後、猛烈な勢いで迫ってきた。背後のサイも同じように、こっちに向かって走ってくるのが足音で分かる。
「しっかり捕まってて!」
自分はマリカに向かって叫ぶと、瓦礫の山へ飛びつく。それから出来るだけ高い所を目指そうと、片手に赤ちゃんを持ったまま、ロッククライミングの要領で瓦礫を登り始めた。下からはサイ同士がぶつかり合う激しい衝突音が聞こえた。見ると、自分達を追いかけようともせずに、角をぶつけ合ってケンカをしている。どうやら初めからこれをしたかっただけのようだ。
「・・・マリカ、ケガしてない?」
「大丈夫・・・でも・・・怖がった・・・」
若干鼻声になりながら、マリカは無事を伝えてくれた。
5mほどの山を越え、何事もなく降りる。それからはサイの化物に見つかることもなく、安全にさっきの畑まで来ることができた。男性も辛うじて生きている。
自分はマリカと赤ちゃんを下ろし、自分も腰を下ろした。さすがにあのロッククライミングを片手で往復するのは無茶だった。手に全く力が入らない。
「マリカ、どこも痛い所はない?」
「・・・ない」
マリカはどことなく暗い声をしていた。その理由は何となく分かっている。あんな危険な所に子供2人でいるとなると、両親、少なくとも母親は・・・。
いや、もしかしたらはぐれているだけかもしれないと思い直し、もう一度声をかける。
「きっと大丈夫だよ。お母さんもお父さんも、どこかでマリカを待ってるから」
「・・・どこかって、どこ?」
自分はすぐに答えを返すことが出来なかった。自分はこれ以上話をする方が辛いのかなと思い、黙って休むことにした。自分達の間に気まずい空気が流れた。
「・・・マリカ、お母さん、探しに行きたい」
「え!?」
突然、マリカはそんなことを言い出した。
「マリカちゃん?今は危ないから、あの化物がいなくなってから探そう?ね?」
「いや!マリカ、探しに行きたい!」
その顔は涙で濡れていた。その気持ちは痛いくらいに分かる。だが今探しに行くのはあまりにも危険だ。
いやいやと駄々をこねるマリカを数分間なだめ、何とか探しに行くことは阻止できた。マリカは膝を抱えて泣いている。自分は頭を撫でたり、背中をポンポンと叩いたりして落ち着かせようと努力した。
その後数分後、ようやく落ち着いてきた時のことだ。
「おいお前。こんな所でなにやってんだ?」
突然、ドスを効かせた声で話しかけられた自分は、驚いて声の主の方へ振り向く。
・・・その男は、『人間』ではなかった。