最終決戦開幕3
バン、バンと背中を叩かれてリリースされた僕に、紗央里が人差し指で眼鏡をくいっとあげて笑顔を見せた。
「無事に終わって良かったね、幸ちゃん」
「そうだなあ。とりあえずはホッとしたよ。二人ともありがとな」
まだざわつきが収まらない中、皆の視線を浴びながら自分の席に戻る。健と紗央里も空いてる机と椅子をくっつけて座る。
「よし! 飯にしようぜ!」
健の声に僕も紗央里も賛同する。
「それにしても、あっさりと引いたよな。なんか毎年のイベントと違うような。まあ、それだけ幸一が凄かったってことかあ」
健が弁当箱を開けながら疑問を口にすると、紗央里はうーんと思案顔で口を開いた。
「あのね、多分だけど、早川さんにとってはイベントじゃなかったのよ」
紗央里は僕に眼鏡越しの視線をよこして、少し言いにくそうな表情をする。
「幸ちゃんに限って手抜きはないとは思ってたけど、あえて言わなかったんだ」
「なんだ? 紗央里はなんか知ってんのか?」
健の問いに、紗央里は整理するように少し沈黙してから僕らの顔を交互に見る。
「ほら、中等部最後の学園祭で幸ちゃんが作ったティアラ。あれね、早川さんが欲しいって持ってかえったのよ」
あのティアラを早川が? なんで?
僕のそんな疑問を察したように紗央里が続ける。
「理由は分かんないけど、そうとう気に入ったみたいよ。だからね、今回はそのお礼だったんだよ」
「いや、お礼だったらイベントに絡める必要ないだろ?」
健の疑問はもっともだ。
「それはさあ、早川さんが動けば目立つし、取り巻き二人いるのにこっそりってわけにもいかないでしょ? どうせ目立つんなら、イベントに絡めれば楽だしね」
紗央里は続けた。
「この話を先に幸ちゃんにしちゃうとさあ、ほら、意識しちゃってダメかなあって。多分、こんなに燃えなかったでしょ?」
まあ、紗央里の言うことはもっともだ。ここまで燃えたのは、戦うって前提があったからだ。じゃなければ、あのチョコは生まれてなかった。
「あとさあ、早川さんのチョコって、実は本命チョコなんじゃない?」
「それは、ない、ない」
僕よりも先に健が否定する。それは僕もないとは思うけど、なんかムカつく。
「そうだね。それはさすがに考え過ぎか」
言った紗央里にまで否定される始末。
だけど、最後に言われた言葉が頭に残って離れない。
「来年も楽しみにしてるね」
この意味って……。言葉と共に、ティアラを作るために触れた早川の柔らかくて艶やかで綺麗な黒髪や、そこから香るシャンプーの匂い。当時が鮮明に蘇ってくる。なんでだろう? 今まで忘れていたのに。
「どうした? 幸一? なんかにやけてるぞ」
「あ、本当だ! キモいね」
僕は咳払い一つして、「うるさい」と二人にぶつけた。
窓の外を見ると、いつの間にか荒れた天気もおさまり、雲間から光の道がグラウンドまで降りていた。
来年はどうしようかなあ。いつの間にか心の中で呟いている僕がいた。
了