最終決戦開幕
三月十四日。その日は今までの暖冬を忘れさせるように、朝から激しい吹雪に見舞われていた。
教室も朝からざわついていた。イベントの締めくくり。毎年のようにモブを嘲笑う予定調和のはずが、今年は『凍てついた女王』が絡んだだけでその様相を一変させた。しかも、最強の矛と盾に守られた僕がターゲット。ある意味アンタッチャブルに手を出したのだ。いつなんだ? 昼休みか? それとも放課後なのか? 緊張した空気が充満している。
そんな空気にあてられたのか、僕は授業なんて上の空で聞き流していた。いや、それはいつもか。
僕の会心の作『トリニティ・バースト』。ここに至るまでの苦労が思い返される。
完成品が出来上がった時の母さんと姉さんの顔ったらなかった。僕の求めていた理想の表情。健と紗央里にも、昨日の昼休みに食べてもらった。
「……!? これは!」
「……!? これって!」
二人の顔も僕の求めていたものだった。
父さん行きつけのバーのマスターに教えてもらったレシピ。スコットランドのアイラ島の独特の香りを持つウィスキー『アードベック十年』を隠し味に加えた生チョコ。父さん曰く、「ヨードチンキの匂いがする」ウィスキー。正直ヨードチンキが何なのかは僕には分からないけど、この消毒液のような香りは劇薬だった。使い方を間違えると大変なことになる。だから僕らお子様向けにフランベして、アルコールを飛ばしマイルドにした。あとは三層のバランス。行き着いたのはメインをホワイトチョコにして、ビターチョコと生チョコは控え目に。
そんな僕の説明を聞いて、紗央里が一言。
「トリニティ・バーストって名前は言わない方がいいよ」
紗央里に言わせると、中二病全開らしい。僕は気に入っていたのに……。
さて。皆が期待している渡すタイミングだけど、僕は昼休みと決めていた。だって、放課後まで引っ張るなんて耐えられないから。一撃必殺で大将の首を取りにいく。そう決めて、健と紗央里には露払いを頼んでいた。
開始のゴングとばかりにチャイムが鳴り昼休みを告げる。
教室中の視線が僕と早川に集中するのを感じる。ここまではひそひそ声すら聞こえない。
僕は覚悟を決めて、カバンからチョコを取りだし立ち上がった。
一斉に周りがどよめき始める。
廊下側真ん中の早川の席に目をやると、取り巻き二人がすでに脇を固めていた。早川はこちらを気にするでもなく、悠々と座っている。
悔しいけど、ただ座っているだけで画になる佇まいや凛とした雰囲気には称賛を送らざるを得ない。相手にとって不足なし。
そうは思っても、現実は気圧される。だけど、この日のために打ち鍛えた武器が僕を後押しする。やってやるさ。
一歩踏み出す毎に教室の熱が上がる。
健と紗央里もポジションにつく。健は冷やかし男子達が固まる席付近に陣取りにらみをきかせる。紗央里は僕の斜め後ろをついてくる。取り巻き二人に対する牽制だ。
教室の一番後ろを歩きながら、早川に近づくにつれて鼓動が高鳴る。僕の顔は紅潮しているに違いない。さっきから顔がやけに熱い。
いよいよ早川のすぐ後ろまできた。
取り巻き二人が僕の前に立ちはだかる。
構わず前に進むと、二人はさっと道を開けた。怯えたような視線は僕ではなく、後ろに向けられている。紗央里が仕事をしたんだろう。