やられたらやり返す。それが僕の流儀。
自宅に帰り、部屋でずっとパソコンの画面とにらめっこしている。
さて。どうしたものか。大体基本は飲み込めた。でも、これじゃあ面白くない。完膚なきまで叩き潰したい。身に降りかかる火の粉は全力で振り払う。僕は今までそうやってきた。まあ、最強の矛と盾があったから、そんな場面はめったになかったけど。今回は久しぶりだ。そのせいか、なんか燃える。
「幸ちゃん、ご飯できたわよー」
思考を遮るように母さんの声が届いた。一階リビングから漂い登ってくる匂いで、夕飯はカレーライスなのは分かっていた。
「いまいくー!」
返事と共に部屋を出て、ますます濃くなる匂いを辿るように階段を降りる。
リビングのドアを開けると、もうみんなテーブルに着いていた。
姉さんの右隣に急いで座り、父さんの言葉を待つ。
「よし。それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
父さんの声に合わせて僕らも復唱する。父さんが仕事でいない時を除けば、わが家の決まりごとだ。
いろいろ考えたせいかとてもお腹がすいていたので、食欲をそそる香辛料の匂いに後押しされるようにスプーンを口に運ぶ。
「お、幸一、いい食べっぷりだなあ」
「そんなに急がなくてもおかわりあるから」
父さんと母さんの言葉も耳に入らない勢いで食べていると、姉さんが毎年訊いてくるセリフを口に出した。
「ところで幸一。今年はどうだったの?」
思わず運びかけのスプーンが止まってしまった。
「幸一! ひょっとして貰えたのか!?」
それを見逃さないように父さんが追い討ちをかけてくる。
「そうなの幸一!?」
母さんまで追従する始末だ。
僕は悩んだ。言うべきか言わぬべきか。
そんな僕の思いを察したように、姉さんが核心を口にする。
「あれ? ひょっとして例のイベント絡み?」
「……」
「その沈黙は当たりだな」
姉さんは同じ学園の卒業生なので、あの悪しきイベントのことも知っている。
「んで、誰から貰ったの? わたしも知ってるこ?」
ここで話さなくても、どうせ紗央里から訊くに決まってるので、僕は観念した。
「早川から……」
小声で言っても聞き漏らしてもらえるわけもなく、姉さんは驚いたように僕の顔を見てきた。
「早川って、あの早川?」
「そう……」
僕らのやり取りに、父さんが身を乗り出してくる。
「誰? 早川って?」
「ほら、幸一のクラス、中等部最後の文化祭で演劇やったでしょ? あの主役のこ」
「おお、あのやたらと綺麗なこかあ! 幸一、すごいなあ!」
父さん。そんなにいいもんじゃないから。
「幸ちゃん、やったわね!」
母さん。全然やってないです。
「でも、あのこイベントに絡むような感じしないけどなあ」
姉さんの言うことはもっともだ。僕もそんなイメージはまったくなかった。
「それにしても、なんだっけ? 『凍てついた女王』だっけ? あの劇の彼女は中学生とは思えない演技だったよなあ」
そりゃあ、父さんの言う通りその題名にはまり過ぎるくらいはまってたから、今の異名があるわけで。
「あのこにお返しとなると大変ね。五千円くらいのあげちゃえば?」
いや、高校生のたかがお返しにそれはないでしょ、姉さん。
「貰ったの手作りだったから手作りで返すよ」
三者三様の驚いた顔を無視して、食欲に忠実に従うようにスプーンを運び始めた。
僕は最初に家の近くの製菓専門学校直営の販売店に行き、必要な材料を揃えた。
買ってきた板チョコを包丁で細かくして、五十度で湯煎する。透明な耐熱ボウルの中で刻んだチョコがゆっくりと溶けて、やがて液体状になる。甘い匂いが漂ってくる。次は湯煎から下ろし、空気を入れないように静かにステンレスのヘラでかき混ぜながら、二十九度になるまで冷ます。テンパリングという工程だ。料理用温度計に気を配る。これが上手くいかないと、口溶け滑らかなチョコにはならないらしい。温度が下がったので、小さな四角い容器に流し込み、あとは固まるのを待つ。固まったのを砕いて食べてみると、まあ、悪くはないがまだまだ納得いくものじゃない。最初だから仕方ないか。でも、工程は踏まえることができた。これを僕の構想に当てはめていけば、その先にあるのは最高のチョコのはず。
そこからは試行錯誤の日々が続いた。チョコの種類によって、テンパリングの温度が微妙に違うからだった。
僕が使うのはカカオ九十%のビターチョコと、甘味の強いホワイトチョコの二種類。これの適正温度を探るのに苦労しけど、それも何とか上手くいった。
ふふん。やればできるじゃないか。おっと、いけない。過信は禁物。出来上がりは母さんと姉さんに試食してもらおう。