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チョコレート戦争  作者: 九丸(ひさまる)
4/9

やられたらやり返す。それが僕の流儀。

 自宅に帰り、部屋でずっとパソコンの画面とにらめっこしている。


 さて。どうしたものか。大体基本は飲み込めた。でも、これじゃあ面白くない。完膚なきまで叩き潰したい。身に降りかかる火の粉は全力で振り払う。僕は今までそうやってきた。まあ、最強の矛と盾があったから、そんな場面はめったになかったけど。今回は久しぶりだ。そのせいか、なんか燃える。


「幸ちゃん、ご飯できたわよー」


 思考を遮るように母さんの声が届いた。一階リビングから漂い登ってくる匂いで、夕飯はカレーライスなのは分かっていた。


「いまいくー!」


 返事と共に部屋を出て、ますます濃くなる匂いを辿るように階段を降りる。


 リビングのドアを開けると、もうみんなテーブルに着いていた。


 姉さんの右隣に急いで座り、父さんの言葉を待つ。


「よし。それじゃあ、いただきます」


「いただきます」


 父さんの声に合わせて僕らも復唱する。父さんが仕事でいない時を除けば、わが家の決まりごとだ。


 いろいろ考えたせいかとてもお腹がすいていたので、食欲をそそる香辛料の匂いに後押しされるようにスプーンを口に運ぶ。


「お、幸一、いい食べっぷりだなあ」


「そんなに急がなくてもおかわりあるから」


 父さんと母さんの言葉も耳に入らない勢いで食べていると、姉さんが毎年訊いてくるセリフを口に出した。


「ところで幸一。今年はどうだったの?」


 思わず運びかけのスプーンが止まってしまった。


「幸一! ひょっとして貰えたのか!?」


 それを見逃さないように父さんが追い討ちをかけてくる。


「そうなの幸一!?」


 母さんまで追従する始末だ。


 僕は悩んだ。言うべきか言わぬべきか。


 そんな僕の思いを察したように、姉さんが核心を口にする。


「あれ? ひょっとして例のイベント絡み?」


「……」


「その沈黙は当たりだな」


 姉さんは同じ学園の卒業生なので、あの悪しきイベントのことも知っている。


「んで、誰から貰ったの? わたしも知ってるこ?」


 ここで話さなくても、どうせ紗央里から訊くに決まってるので、僕は観念した。


「早川から……」


 小声で言っても聞き漏らしてもらえるわけもなく、姉さんは驚いたように僕の顔を見てきた。


「早川って、あの早川?」


「そう……」


 僕らのやり取りに、父さんが身を乗り出してくる。


「誰? 早川って?」


「ほら、幸一のクラス、中等部最後の文化祭で演劇やったでしょ? あの主役のこ」


「おお、あのやたらと綺麗なこかあ! 幸一、すごいなあ!」


 父さん。そんなにいいもんじゃないから。


「幸ちゃん、やったわね!」


 母さん。全然やってないです。


「でも、あのこイベントに絡むような感じしないけどなあ」


 姉さんの言うことはもっともだ。僕もそんなイメージはまったくなかった。


「それにしても、なんだっけ? 『凍てついた女王』だっけ? あの劇の彼女は中学生とは思えない演技だったよなあ」


 そりゃあ、父さんの言う通りその題名にはまり過ぎるくらいはまってたから、今の異名があるわけで。


「あのこにお返しとなると大変ね。五千円くらいのあげちゃえば?」


 いや、高校生のたかがお返しにそれはないでしょ、姉さん。


「貰ったの手作りだったから手作りで返すよ」


 三者三様の驚いた顔を無視して、食欲に忠実に従うようにスプーンを運び始めた。


 僕は最初に家の近くの製菓専門学校直営の販売店に行き、必要な材料を揃えた。


 買ってきた板チョコを包丁で細かくして、五十度で湯煎する。透明な耐熱ボウルの中で刻んだチョコがゆっくりと溶けて、やがて液体状になる。甘い匂いが漂ってくる。次は湯煎から下ろし、空気を入れないように静かにステンレスのヘラでかき混ぜながら、二十九度になるまで冷ます。テンパリングという工程だ。料理用温度計に気を配る。これが上手くいかないと、口溶け滑らかなチョコにはならないらしい。温度が下がったので、小さな四角い容器に流し込み、あとは固まるのを待つ。固まったのを砕いて食べてみると、まあ、悪くはないがまだまだ納得いくものじゃない。最初だから仕方ないか。でも、工程は踏まえることができた。これを僕の構想に当てはめていけば、その先にあるのは最高のチョコのはず。


 そこからは試行錯誤の日々が続いた。チョコの種類によって、テンパリングの温度が微妙に違うからだった。


 僕が使うのはカカオ九十%のビターチョコと、甘味の強いホワイトチョコの二種類。これの適正温度を探るのに苦労しけど、それも何とか上手くいった。


 ふふん。やればできるじゃないか。おっと、いけない。過信は禁物。出来上がりは母さんと姉さんに試食してもらおう。

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