よろしい。ならば戦争だ。2
「受け取りなさいよ」
つんと冷たい早川の声が、教室をさらに静まり返す。
正直断りたい。でも、それをしたらどうなるかを考えたら、それもできない。目立ちたくない僕にとっては、このくだらないイベントを早く終わらせる方が得策だ。
「ありがとう」
そう言って、僕はおずおず受け取った。
その瞬間、取り巻き二人と一部の男子が、ヒューっと囃し立てる声をあげる。やかましいことこの上無い。
「食べて」
それを早川の冷たい声が遮った。また教室が静かになる。
「今?」
僕の問いに、早川は冷たい目を向け即答する。
「そう。今」
僕は言われるがままに包みを開けて、黒茶色のチョコレートらしきものを取り出した。甘い香りが鼻に届く。不格好な丸だけど、ちゃんとチョコレートのようだ。
まさか激辛チョコとかないよなと、不安に駆られながら口に運ぶ。
半分ほどかじって、ゆっくりと咀嚼する。
うん。普通にチョコレートだ。しかも味も悪くない。
「どう?」
「美味しいです」
僕のその言葉に、また取り巻き二人と一部の男子が声をあげた。
「良かったなあ。モブのお前もチョコレート貰えて」
「感謝しなさいよね。家でお母さんに自慢していいわよ」
嘲笑と揶揄の声が教室に響く。
その時、一際大きく太い声が、それをかき消した。
「うるせえ! いい加減にしろ!」
皆一斉に声の方を見ると、大きな肉厚な塊がこっちをにらみつけていた。そして、その隣には小柄で髪を後ろで束ねたメガネ女子が。僕の幼なじみの健と紗央里だった。
「お前ら、今年は幸一がターゲットかよ。それなりの覚悟あってやってんだろうな?」
健が冷やかしたやつらを見回しながらにらみつける。そいつらは目を反らして下を向いてしまった。
「幸ちゃんも、いつまでそんなのに付き合ってんのよ。ちゃんと断りなよ」
紗央里もそう言って、取り巻き二人をじっと見てる。メガネ越しの光が恐いんですけど。
そんな中でも、早川は相変わらず僕を見下ろしている。
僕はそんな早川に一応お礼の言葉をかけた。
「あ、ありがとう」
早川は言葉なく踵を返すと、何事もなかったように教室の外に向かう。取り巻き二人も急いで後を追った。冷やかし男子も、捨て台詞もなく消えていった。
いつもの昼休みのような喧騒が戻ると、健と紗央里が駆け寄ってくる。
「幸一、大丈夫だったか?」
「幸ちゃん、大丈夫?」
二人の心配をよそに、僕は不満をぶつけた。
「あのさあ、もっと早くどうにかできたよね?」
二人は顔を見合わせ、ニヤっと笑い出した。
「あれ? 分かった? いや、だって面白かったから」
「そうだよね。まさかのターゲットが幸ちゃんだったから」
「……」
レスリング部期待の星の健と学年一の秀才の紗央里は、もちろんカーストトップクラスだ。そんな二人なら空気を変えるのは容易いことだ。
僕は二人の影に隠れて、今まで平穏に過ごしてきた。まあ、幼なじみの特権だ。成績は悪くないけど、見た目も地味で目立たない存在。そんなポジションの心地良さに満足していたのに。
「それにしても、何で今年は幸一だったんだろうな? 俺らいるのにいい度胸してるよな」
「それもそうだけど、早川さんが自分であのイベントに出てくるなんて、どうしたんだろ? 今まで取り巻き二人の黙って見てるだけだったのに」
それは僕も不思議に思った。なぜ『凍てついた女王』がわざわざイベントに。