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チョコレート戦争  作者: 九丸(ひさまる)
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よろしい。ならば戦争だ。

 惰性で授業を聞き流しながら、窓際の一番後ろの席からぼんやりと外を眺める。窓越しに伝わる冷たいものが、僕の顔を撫で続けている。


 今年は暖冬だと言うけれど、鉛色の空からは、ゆらりゆらりと雪片が舞い降りて、グラウンドを濡らしていく。


 顔を正面に戻し、黒板左上の時計を見る。終わりまで二分を切った。


 さて、昼飯は何にしようかな。学食って気分でもないし、購買でパンでも買うか。そういえば、最近あんパンって食べてないよな。よし。あんパンは決まり。でもそれだけじゃ足りない。もう一つは惣菜パンにするか、それとも菓子パン系で統一するか。う~ん。悩むなあ。


「はい。今日はここまで」


 国語教師の言葉が、僕のくだらないけど、大事な悩みから現実に引き戻す。それと重なるように、終わりのチャイムが昼休みを告げる。


 一斉にざわつく教室。


 両手を組んで上に突き上げ、おもいっきり一伸びしていると、「ちょっと」と声をかけてくる女子の声が聞こえてきた。


 不穏なものを感じる。僕が女子に声をかけられることなんて、幼なじみで同じクラスの紗央里を除けばほとんどない。


 恐る恐る顔を斜め後ろに向けると、そこには誰もが認めるスクールカーストトップクラスの早川雅美と、その取り巻き二人の姿が。


 早川は、妙にニヤニヤしている二人の真ん中に立っている。長いストレートの黒髪と雪のように白い肌。『凍てついた女王』の異名にふさわしい切れ長の目で僕を見下ろしている。


 ただでさえ寒いのに勘弁してくれと思いながら、「えーっと、なに?」と返す。


「今日は何の日か知ってる?」


 取り巻きの一人が上から目線で訊いてきた。


 それで僕も納得した。今日は朝から校内中が異様な雰囲気に包まれていた。余裕のある男子や当落線上でそわそわする男子。そして、諦めとも達観とも取れる顔の男子。もちろん、女子だってそうだ。ある者には幸福を。そしてある者には敗北感を喰らわせるおぞまいし一日。そう。バレンタインデーだ。中には、僕みたいに端から興味のない男子だっている。そういう男子にとっては、悲喜劇を観客となって楽しむ一日でもある。僕も毎年そちらよりだったんだけど。今年は僕か……。


「ああ、バレンタインデーだろ」


 僕の素っ気ない返答に、取り巻き二人が笑いだした。これからの展開が楽しみで仕方ないんだろう。


 早川は相変わらず黙って、凍てついた綺麗な顔で僕を見下ろしている。


 面倒くさいなあ。早く終わらせてくれよ。


「ちょっと、なに露骨に嫌な顔してんのよ。モブのくせに」


 お前だって早川いなかったらモブだろ。言ってはやりたいが飲み込む。これ以上面倒はごめんだ。


「今年はあなたに救いの手を。モテないモブにも幸せな一時を。さあ、感謝して受け取りなさい。義理という名のこの想いを」


 やけに芝居じみた取り巻きのセリフの後に、早川がすっと右手を僕の顔の前に突き出した。その手には透明なセロファンに赤いリボンの包み。中には一口大のチョコレートらしきものが見える。


 静まりかえっている教室。またかと呆れてる者。今年はお前かと同情する者やまさかお前がと驚く者。そして娯楽のように楽しんでいる者。そんな視線が教室のこの片隅に集中しているのが分かる。ただでさえ目立つことが嫌いな僕には、地獄すら生温い時間だ。

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