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鏡映くるう日の幻影  作者: 桜みずみ
1/3

ハジマリの憎悪

それは本当にあなたが望んでいる事。


 幼い頃、私はいつも戸棚の上に置いてある母親の財布から現金を盗み、1匹の子亀と餌を買って帰った。


母に気づかれるのではないかと、ひやひやしながらもこっそりと、一日一回、中庭の叢の隅に隠して餌を与え続けていた。


 だがすぐに母のお金が無くなった事が家中で問題になりはじめ、自分が盗んだ事が知られてしまうのが怖くなった私は、亀に餌を与えるのを数日おろそかにしてしまったのである。


 ある日、家族がいない時間の隙をみて、私は久しぶりに亀の様子を見にいくと、亀は器を揺らしても微動だにせず、まるで魚の腐ったような下水の匂いが周囲に漂っていた。


 このままでは匂いで家族に露見してしまうと思い、怖くなった私は咄嗟に餌取り用の箸を、思いっきり子亀の甲羅に突き刺した。


   ーだが何故か甲羅は水飴のように柔らかかったー


       ーそれは泥々に溶けていてー


 今まで可愛がっていた亀が異様に気持ち悪くなってしまい、私は思いっきり円を描くようにかき混ぜた。


 ーぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃー


 長い間かき混ぜたが、まだ頭部の形が少し残っていて、眼窩からははみ出た目玉が、こちらを恨めしそうに見ている気がしてー


 怖くなった私は、何度も何度も亀の頭部を箸で突き刺し続けた。


 ーぐちゃぐちゃーざくざくーぐちゃぐちゃーざくざくーぐちゃぐちゃーざくざくーぐちゃぐちゃーざくざくー


 ようやくそれは、生卵の白身と黄身を綺麗にかき混ぜたような、黄色い泥水に溶解した。


それはまるでいつも母が買ってきてくれる柑橘ジュースのようでー


亀の形が無ければもう露見する事は無いと安堵した私は、そっと亀を入れていた器を持って中身だけを家中の排水溝へと流した。


 流れきったはずのものは、中からこちらを覗いてる。

 

 きっと覗いている。覗いてたらどうしよう……


  ー自分の眼球を目蓋でそっと隠したー


 その晩は寝つきが悪かったようで…………



 見慣れた暗い部屋 風で幽かに揺れる影

 いつもなら何も感じないはずの景色も

 夜の海に放り込まれるような不安感が押し寄せてくる。


 ガタガタ! ガタ! ガタ!


 得体の知れない室外からの異音に反応して、瞳孔が開き全身が小さな痙攣を起こす。


 それを止めるかのように肩が強張り、目蓋を閉じることさえ忘れて音のした方へと首を傾ける。


 勿論そこにあるのはいつも見慣れた窓を覆い隠すように垂れ下がったカーテンが幽かに揺れているだけであったのだが…………


       すぐ後ろの襖から視線を感じる。


  瞳孔が閉じるのと同時に気配の感じた方へ首を曲げてゆく。


  それは私が映し出した罪悪感に満ちた幻影。


  そこには何もいないに決まっているからこそ、自らを覆い隠すため産み出した形而上の化け物。確かにそれは歪んだ亀の姿でこちらを怨めしそうに見つめている。


  あ、あああああああああーーーーーーーーー!


  恐怖で目を閉じるも、目蓋の裏にまで現れて、少しずつ亀はすり寄って来ているようだった。


  気持ち悪い!来るな!なにもしてない。悪い事なんてしてないのになんでこんなことぉーーー!


  お前が勝手に死んじゃったのが悪いんだよぉ!


  勝手に死んどいて、勝手に死んどいてぇ!


  最初こそ恐怖に満ちていた心は、理不尽な恐怖であると考え始めたとたんに、それは怒り、憎しみの感情へと変わっていった。


  消えろ!いやぁ!う、ううううーーーーー!


  またかき混ぜて汚い排水口に流してやる!


  私はその幻影を掴んで、最初に捨てた場所まで走っていって、その幻影を排水口へと流した。それはまだこちらを見ている。怨めしそうに見ている。私はその視線を侮蔑の眼光で睨み返した。


  もう永久に戻ってくるな!あはははははははははははは!


  最高の気持ちだった!すごく気分が良い!笑いが止まらなかった。


  あはははははははははははははははははははーーーーーは!


  それからである。変なものが見えるようになったのは。


  私の罪悪感からそれは迫ってくるのだ。なら、全てを否定してその存在そのものを陥れ否定すれば良いだけのこと。


 きっとまたその幻影は私の目蓋の裏に映る。


 その時はそう遠くない。



全ての世界は自らが映した出した幻影である。

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