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「そうだ桜間氏、これ渡しとくね」
「なんだ? うおっと!?」
東から手渡されたのは、黒い色をした金属でできたパイプ。それは見た目からは想像もつかない程重く、危うく落っことしてしまうところだった。
「こ、これは……」
この色といい重さといい、俺には思い当たる物がある。
――アダマンタイト。数ある魔法金属の中でも特殊な金属であり、その特性はひたすらに硬く、重い事。他の魔法金属が魔力によって何らかの反応を見せる物であるのに対して、魔法でも用いなければ加工することすらできないのがアダマンタイトだ。
「一日しか持たないけど、バットよりは使える武器だよ」
「あ、ああ」
「お、アダマンタイトじゃん。それ硬いんだよなぁ」
「あー、ウチそれ重いから嫌ーい」
やっぱりアダマンタイトか。これを使えるのなら、途中で武器が壊れるようなリスクは無くなったと思っていいだろう。
「東、もう少し短いの出してくれ。これだと重すぎて咄嗟の動作が遅れる」
「おっけー。これくらいでいい?」
「ああ、完璧な長さだ」
約一メートルのアダマンタイトパイプを手に入れた!
「さて、それじゃ入りますか!」
「あれ? バット置いていかないの?」
「能力無効化空間があるかもしれないから念のためな」
「桜間は慎重だな」
「俺は、お前ら勇者と違って非力だからな」
元魔王としては大変遺憾であるが、今の俺は一般人なのでどれだけ備えても備え足りない。回りが勇者だらけなストレスで、常に胃に少なからずダメージが蓄積していたりもする。そろそろ胃薬のお世話になるべきかもしれない。
上級ダンジョンへと挑む緊張感に、パイプを強く握り締めつつ、ついに俺は最初の一歩を踏み出した。
「……?」
これは、どういうことだ?
「どうか、した?」
「い、いや! 何でもないよ!」
ダンジョン内へと一歩踏み出した状態で固まっていたら、氷室さんに声をかけられた。くっ、心臓に悪い。
それはともかく、妙な気分だ。このダンジョンに入った瞬間、俺は懐かしさをおぼえたのだ。
魔王になる前、魔王になってから、そして勇者に敗れて転生を果たした今世であっても、ダンジョンへは日常的に足を運んでいる。しかし懐かしいと思った事なんて一度もなかった事だ。これは……そう、まるで産まれ故郷にでも帰って来たかのような……。
「最後に入っただけあって、全然モンスターいないねー」
「!」
気の抜けたことを言いながら進む佐々木さんの頭上から、何かが迫っている。それに気が付いた瞬間。いや、気が付くよりも前に俺の体は動いていた。
「シッ!」
左腕で佐々木さんの頭を抱えるように下げながら、右手のパイプを振るい迫り来る何かを迎撃。パイプから伝わる感触から、確実に命を砕いたと俺は認識した。
「きゃっ! な、何!? いきなりどうしたの桜間君!? いくらウチが魅力的な美少女だからってそういうのはどうかと――」
「気を抜きすぎだバカ! ここはもうダンジョンの中なんだぞ?」
「えっ? ……うそ、モンスター?」
「大丈夫か佐々木!」
「う、うん。平気だけど……」
「そうか。それにしても桜間、よくこのモンスターの接近に気付けたな」
「……」
「桜間氏?」
「……あ、いや、上から来るのはスライムで慣れてたからな。ここでも上に気をやってたんだよ」
「そっかぁ。やっぱ僕らダンジョン久しぶりなのもあって、ちょっと気が抜けてたかもだね」
「だな。異世界での経験があるってのに情けねぇわ。気合い入れなおさねぇと!」
警戒は、確かにしていた。だが俺の体は、俺がモンスターを認識するよりも速く動いていた。その事をわざわざこいつらに言う必要はないだろう。何より、その事実に俺自身が困惑している訳で……。
ああ、違うな。困惑は確かにあるが、それはいつもより数段キレの良い体の動きに対してじゃない。それはなんとなく、倒したモンスターの姿を見た事で納得できた。困惑は、納得できてしまったが故の困惑だ。
俺はここを、このダンジョンを知っている。懐かしいと感じたのも、体が勝手に動いたのも当然だ。ここは、かつて俺が魔王として生きたあの世界のダンジョンだ。まだ魔王等と呼ばれるようになる以前の、そして始まりの一歩を踏み出した産まれ故郷なのだから。
「なんでこっちに……?」
かつての頭脳があれば、何かしら正解っぽい考察が出来たかもしれない。だが、今の俺のスペックでは考えても、不思議だなぁって事しか分からない。きっと難しいあれやこれやが奇跡的な確率で複雑に絡みあって起きた出来事なのだろう。
とりあえず、今の俺に言える事はただ一つ。このダンジョン攻略合宿、もはや恐れる物は何も無いって事だけだ!
魔族の身体能力が人間よりも高いとはいえ、俺は幼少の、それこそこっちで言う幼稚園児よりも幼い年齢の頃からここで狩りに勤しんでいたのだ。道なんてメモを取るまでもなく、隠し通路からトラップの配置まで全て覚えている。
確かにここのモンスターは、こちらの命を刈り取らんとする殺意に溢れた攻撃をしてくる。だがその威力自体、実はそう大したことはない。不意討ちさえ凌いでしまえば雑魚だし、なんならさっきのように不意討ちにカウンターを合わせてやれば楽勝だ。初見なら危ないだろうが、こちとら対処の仕方は体どころか魂にまで刻まれているのだ、怪我の一つも負わずに切り抜ける自信だってあるぞ?
「ん? 桜間、そのドロップ品拾って行くのか?」
「え?」
「見た所さっきのモンスターの肉みたいだが、虫っぽいしわざわざ拾うこともないんじゃないか? 荷物にもなるしな」
「あ、ああそうね。どうせならもっと高値が付きそうな物拾った方がいいよね」
無意識にドロップ品の回収までしてたか。あっちだとこっちと違って倒したモンスターの死体はそのまま残っていたけど、ドロップした品はどう見ても奴の肉だった。これがまた不味いんだよなぁ。
「……たはっ」
捨てる際、他のメンバーに見られないように一口だけ齧ったモンスターの肉は、思い出にある通り笑える程不味かった。それでも、その不味さが不思議と心地好かったのは、きっとこのダンジョンで過ごしていたあの日々が、俺にとって掛け替えのないものだからだろう。
いつかあの日々の思い出を語る事もあるかもしれないが、今はダンジョンだ。たいした物が取れた覚えはないが、それはあの世界での価値観でしかない。もしかしたらこっちでは貴重な物って事も大いにあり得るし、ここは装備で散財した分を取り戻すくらいの気持ちで狩って狩って狩りまくってやろう!
あ! もしかしたらあの隠し部屋にはアレがあるかもしれない! もしアレが無くても別のお宝がある可能性は高い……けど、問題はどうやってあそこに行くかだな。どうにか自然に単独行動できないだろうか?