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久しぶりだな、元魔王の桜間隼人た。
早速だがピンチだ。俺の人生はここまでかもしれない。と言うのも、今日のホームルームで告げられた内容が俺にとって死刑宣告のような物だったからだ。
◇ ◇ ◇
「と言う訳で明日から一週間、うちのクラスは林間合宿の変わりに危険ダンジョンの攻略をしてもらう事になった」
「「「ええ~……」」」
「うるせぇなぁ、国からの要請なんだから諦めろ。ま、うちのクラスは全員召喚経験のある元勇者なんだから目ェつけられて当然だわな。ついでに休んだら進級出来ないから逃げんなよー」
「せ、先生ぇ……」
「なんだ桜間……ん? 桜間? あー……コホン、あれだ、お前放課後とか休みにダンジョンに挑んでたよな? 挑んでたろ? この中で現代日本に出現したダンジョン攻略の経験が一番豊富なのはお前だ。だから諦めて参加しろ。なーに、周りは全員元勇者なんだから死にゃしねぇさ! 分かったな?」
「なんて横暴な教師なんだ……この鬼! 悪魔! 魔王!」
「ハハハ、懐かしい事言ってくれるじゃねーか。召喚された時によく魔王連中から似たような事言われたっけなぁ」
◇ ◇ ◇
俺のクラスの担任、羽崎 煉夜。
複数回の召喚経験があり、その度に世界を救って帰って来ているそうだが、実は滅ぼしたの間違いなんじゃないかと常々思っている。
俺の見立てでは魔王時代の俺より魔王力が高い。どれくらい高いかと言うと、かつての俺の魔力をコップ一杯の水として、奴の魔力はドラム缶を満タンに満たす量である。かなりぼやけて感じるので、おそらく偽装を掛けて抑えた状態でこれなのだろう。本当に今の日本は恐ろしい国だ。ちょっと散歩しただけで、こいつと同じレベルのバケモノにエンカウントするとか心臓に悪すぎる。
それはさておき、前回魔法の1つでも使えるようになっておくと言ったのを覚えているだろうか? すまん、残念ながら魔法は使えるようにならなかった。魔力の感知はできているので、全く魔力が使用できない体という訳でもない筈なんだが、どうも上手くいかない。体の外の魔力はある程度知覚できるのに、自分自身の魔力がてんで把握できないのは何故だ?
もう一つ悲しい知らせがある。ボスモンスターだと思って戦っていたピッグマンエックスが、ボスモンスターではないと言う驚愕の事実が発覚してしまったのだ。
井の中の蛙大海を知らず、転生してから覚えた言葉の中で最も感慨深い言葉だ。
数多の書物から魔王時代の自分の弱さを学んだ筈の俺は、たかが弱小ダンジョンで通用するようになった程度で浮かれて調子に乗っていた。大海を知って尚、自身の矮小さに気づけぬ蛙もいるのだ。いや、気づいても忘れてしまうと言うのが正しいだろうか。
だがそれではいけない。そんな平和ボケした思考をしていては、勇者に負けない力をつける前に犬死にするのが落ちなのだ。殺されない為に力を付けているのに、それでは本末転倒にも程がある。
故に、今世での基本作戦は『いのちだいじに』以外あり得ない。
前世のように『ガンガンいこうぜ』を通り越して『死なば諸とも』なんて論外だ!
だからどうにか! どうにかしてダンジョン攻略合宿当日までに高熱を出さなければ! 俺は進級なんぞより命が惜しい!
◇ ◇ ◇
「おはよう桜間氏~って冷たっ!? 体温何処に忘れてきたんよ?」
「ちょっと風呂場にな……」
氷入りの冷水風呂に頭まで10時間浸かった甲斐も虚しく、合宿当日の俺は健康そのものだった。
人間と言うのは不思議なもので、追い詰められている状況だと視野が狭まる。そもそも普通にズル休みすれば良かった、そんな単純な事に気がついたのは、合宿場へと向かうバスに乗り込んだ瞬間だったのだから悔やんでも悔やみ切れない。
それからバスに揺られること約二時間、俺を含めたクラス一同は遂に目的地であるダンジョンへと到着してしまったのだった。
「よし、お前ら外に出て整列しろ。ダンジョンに潜る班分けは、事前に報告された能力を元にこちらで決めておいた。なので勝手に班のメンバーのトレードは無しだ」
「先生、能力に関して嘘ついてる人がいたりしたらどうするんですか?」
「問題無い、俺の能力の一つにその辺を判別できるものがある。虚偽報告をするような阿呆には個人的な指導をたっぷりとしてやるつもりだったんだが、残念ながらいなかった」
「残念ながら……?」
女子生徒からの質問に、先生は本当に残念そうな表情で答えている。その様子にクラス中がドン引きである。そんな空気の中でも先生はまるで気にすることなく班分けを発表したのだった。
「桜間氏と一緒の班かぁ」
「……ああ」
「……」
発表された班分け、そのメンバーに俺は一人胃が痛くなる思いだった。東が一緒なのはいいが、氷室さんも一緒の班なのだ。後ろからじっとこちらを見つめてくるのでとても怖い。
「とりあえず能力話してポジション決めちゃおーよ」
「だな、桜間は除くとして、誰から話す?」
「んじゃウチからで」
後方からの視線に俺がビクビクしていると、他のメンバーが話を進めていた。勇者としての能力を知れるのは、いずれ元魔王バレして敵対する可能性がある俺としては非常に助かる。これは聞き逃す訳にはいかないな。
「ウチの能力はサポート系で『致命の瞳』て言うんだけどぉ、まぁ、弱点分かったりする感じ? ついでに鑑定みたいなのもできるよ~」
ギャルっぽい見た目のこの女は佐々木 綾音。『致命の瞳』か……。直接的な戦闘能力は低そうだが、うちのクラスの生徒は少なくとも世界を救ってこちらに戻って来ている。それはその世界の魔王を倒しているということであり、サポート系だからと言って決して油断はできない。
「それじゃ次は俺だな。俺の能力は『獣王の加護』。いろんな動物の力を体に宿す能力だ。サポートよりも直接戦闘の方が得意だな」
坊主頭のこの男は野田 虎鉄。『獣王の加護』、少し聞いただけでも強力な能力だ。動物の持つ力を人の理性で制御し振るう、並みのモンスターであればその基本スペックのみで圧倒できてしまいそうだ。
「んじゃ次は僕ね。ダンジョンがこっちに出た時に教室でも使ったベッド作ったアレね。『物質創造』って言って魔力を物質に変換する能力です。精密機械とかは無理だけど、色々造れるよ」
東の能力は体験済みだ。能力で出した物は一日で消え去るみたいだが、その能力を遺憾なく発揮されたならば、敵対者は手も足も出ずに敗れるであろうことは容易に想像できる。
「んじゃ次は氷室さんね」
東から氷室さんにバトンが渡される。しかし俺はもう彼女の能力を嫌と言う程知っている。
――時間加速、もしくは停滞のどちらかだ。
発動時間はこちらの体感で一秒。再発動までのインターバルは十秒だ。聖剣を所持しているだけでも凶悪なのに、その上で能力を発動されてしまったら手が付けられなかった。
前世で最も効果的だったのが、大量の味方 (こちらの)を囮に四方を壁に囲まれた状況に追い込み、そこに超級魔法を放つという、今思い返しても胸糞悪くなる戦法だった。この作戦で犠牲になった奴らは、全員がその役割を理解し、志願した物達だったとしてもな。
結果としては失敗だったが、それでも唯一勇者を一時的に戦闘不能に追い込み、崩れかけていた戦線を持ち直すことには成功した。あの時十二天聖の邪魔さえなければ、そのまま勇者を殺す事も……いや、これ以上はよそう。所詮は敗者の戯れ言に過ぎない。あの時点で奴らを退ける事ができなかった俺の弱さが悪いのだから。
共に戦い、散っていった仲間達。彼らの事を俺は忘れはしない。しかしそれでも、それは既に前世の事。何の因果か俺は前世の記憶を保持したままこの世界に転生し、しかも勇者……氷室さんと対面することになってしまったが、だからと言って怨みをぶつける気にはなれない。今世での俺、桜間隼人は彼女から何の不利益も受けてはいないのだから。
もし、俺が元魔王である事がばれてしまい、その結果敵対することになったなら。その時は……必ず立ち向かおう、この命尽きるまで。
まあ、そうは言ってもそんな状況にはなってほしくない。だって無駄に死にたくないし……。勝てる可能性が絶無なのだから、復讐も何もあったもんじゃない。
それじゃ答え合わせの時間だ。氷室さんの能力は果たして時間加速なのか時間停滞なのか、どっちだ?
「私の能力は……『聖魔の剣』。聖剣と魔剣を召喚することができ、ます」
……は? なんて? 『聖魔の剣』? 俺は知らんぞそんな能力!
聖剣はまだ分かるよ? でもさ、お前魔剣なんて一回も使って来たことなかったじゃん! 舐めプか? 俺達は舐めプされてたってのか!?
くっ、落ち着け俺! 以前氷室さんと一緒にダンジョンに行った時、彼女は聖剣を呼び出すのではなく、家から鞄にしまった状態でやって来ていた。先生の能力を突破して、能力を誤魔化している可能性がある。先ずはその点を言及しよう。
「あ、あれ? 前にダンジョン行った時、聖剣包んで持ってきてなかった?」
「あれは、こっちに戻って来てから初めてのダンジョンだったので、緊張して家で出してしまった、ので。魔力が勿体なかったから、そのまま持って行ったんです」
「あ、そうなのね……」
「はい」
そういや今手ぶらじゃん。バスの荷物置き場にしまってるとかでもなかったのかよ。
「桜間氏は知らないかもだけどさ、基本的に僕ら勇者って召喚先の物は持って帰れないんだよね」
「そりゃまた、何でだ?」
「んー、詳しいとこは僕らもあんまり分かってないんだけどさ、どうも召喚されるのは魂だけで、身体は別物だったみたいなんだよ。だから物はこっちに持ち込めないんさ」
「魂だけって……そんな事あり得るのか?」
「可能性は高いぞ。何せ俺達元勇者は全員、召喚時に身に付けた能力以外、召喚先で身に付けた筈の技能を殆ど失っているからな」
「ま、記憶はあるからまた覚えようと思えばかなり早く身に付くだろうけどね」
「そう、なのか……」
つまり勇者達は現在、召喚先で世界を救った時よりも大幅に弱体化していると? 個人的には非常に嬉しい事だが、これから一緒にダンジョンに潜る身としてはいささか不安だ。
「桜間君さぁ、そんな不安そうな顔しなくても大丈夫だよ」
「だな。戦略の幅は狭まってはいるが、俺達がメインで使用していた力はそのまま残ってるんだ。心配することはないさ」
野田と佐々木さんが元気付けてくれるが、勇者に元気付けられるのはそれはそれで心がモヤモヤする。いや、有難いんだけどな? 魔王的にどうなのよと思っちゃう訳よ。
「それじゃあ、俺と氷室が前衛、東と佐々木が後衛で、間に桜間でいいか?」
「いいんじゃなーい?」
「んじゃ決定ってことで、ダンジョン攻略始めちゃいますか。他の班も入り始めてるしね」
「ま、待った! 入るなら最後だ!」
「そりゃまたなんでさ桜間氏?」
「い、いや、単純に最後に入った方がモンスター少ないんじゃないかなーと思ってな。ほら、俺ってお荷物もいる訳だし安全策をだな……」
「ウチもさんせー。楽できるとこは楽しちゃおうよー?」
「……」コクリ
氷室さんと佐々木さん、女子二人が味方についたことで、俺達の班は一番最後にダンジョンに入ることが決まった。このダンジョンでのモンスターの再出現の間隔は不明だが、これで俺の生存確率が多少なりとも上がった。
「さてと、とりあえず準備だけはしておくか……」
「桜間氏、どこ行くん?」
「あ? ダンジョンに入る準備しに行くんだよ」
そう東に言いつつ、俺が向かったのはここまで乗ってきたバスである。
俺は昨日、風呂場で氷水に浸りながら風邪をひくことを天に願いつつ、もう一つ保険として行っていたことがある。それが通販サイトで新しい装備を購入することだ。
昨日の今日で商品が届くのかと疑問に思ったろうが、業界最速の名を欲しいままにしているとあるサイトだとマジで速く届くのだ。
ダンジョン発生後に鳴り物入りで通販業界に参入したその会社は、他社と比べるとかなり手数料が高いのだが、そのかわりに二十四時間何時でも何処でも最短で三十分で商品が届く。どれだけ遅くとも二時間以内に届くのだから素晴らしい。
そこで俺がカートにぶちこんだ品物がこちら。爪先に鉄板の入った作業靴、滑り止め付きの防刃グローブ、防刃繊維で作られた長袖のシャツ三枚、銃の本場アメリカ産の防弾チョッキ。
他にも買っておきたい物はあったが、それらは予算の都合で断念した。
当然ながら、俺の装備はこれらの新たに購入した物だけではない。これまでダンジョンに潜る際に身に付けていた物も存在する。その全てを組み合わせ、この身を守る鎧とするのだ!
「待たせたな」
「おー、桜間氏お帰、り……?」
「ぶふっ!? 何それウケるんですけど!」
「あー、その、なんだ……桜間、気持ちは分からなくもないが、もうちょっと統一感のある装備にはできなかったのか?」
「うるさい、これでもダンジョンで稼いだ金全額使って揃えたんだよ!」
「……」プルプル……。
氷室さんですら笑いを堪えてプルプルしている。まあそれも無理からぬこと。俺も知人がこの姿で目の前に現れれば、一頻り笑い転げる自信がある。
今俺が身に付けている装備を上から順に説明しよう。
まずは頭。LDEライト付きのヘルメットとサバゲーのゴーグル。頭部の守りと暗闇での視界を確保し、目潰し系の攻撃を事前に防ぐ優れた組み合わせだ。
次に胴体。腹部に晒をきつく巻き締め、防刃シャツを重ね着し、その上から防弾チョッキを装備する。極道と言われる日本の闇組織と、海外の警察の夢のコラボレーションがここに実現した形だ。
手には当然防刃グローブ。肘と膝にはローラースケートのプロテクター、脛にはサッカーで使う脛当てのおまけ付き。そして作業靴。これで統一感を出せと言うのが無理な話だ。
「んー……防具はまあまあ良いものっぽいからいいんだけどさ、それ武器なの?」
「何が言いたいんだ東。どこからどう見ても由緒正しき鈍器だろうが」
「鈍器には違いないだろうけどさ、ただのバットじゃんそれ」
「木製じゃないぞ? しっかりと金属製だ」
「いや、どっちでも大差ないでしょ」
「……桜間君は、いつも使ってる」
「あ、そうなの? 意外とバットでも何とかなるんだ」
「桜間、武器は買わなかったのか?」
「さっきも言ったが予算の都合だ。あとな、俺みたいな一般人は元勇者なお前達と違って、探索者の中級ライセンスを取得しないと武器は買えないんだよ。もちろん使うのもな」
「ああ、そうだったな」
中級ライセンス。それはダンジョンを探索する物達にとってのスタートラインでもある。
現在ダンジョンは、国の規定により基本的に下級、中級、上級の三つに区分されている。中でも下級に分類されるダンジョンは、どれだけ強いモンスターが出てきても、探索者が死亡することは滅多にない。何故か気絶するとモンスターが襲って来なくなるのだ。
下級は、と言ったことで分かるかもしれないが、中級、上級のダンジョンでは死のリスクが付きまとう。モンスターの強さだけなら、下級に分類されるスライムファクトリーと同じような場所でも、こちらをきっちり殺しにくるのだ。挑むメリットとしては、下級より中級、上級に分類されるダンジョンの方が、圧倒的にドロップアイテム等のリターンが大きい事があげられる。
そんな理由から、下級ダンジョンは趣味やストレス発散、小遣い稼ぎを目的とした探索者が多く、本気で探索者一本で生活するような連中は中級へと流れている。
さて、ここで何故中級ライセンスがスタートラインとなるのか、その理由の解説に戻ろう。
下級ダンジョンはその危険性の低さから、誓約書にサインして、探索者協会に登録料千五百円を払えば入れるようになる。この時手渡される探索者カードが、所謂下級ライセンスである。これは当然俺も持っている。
次のステップである中級ライセンス。中級ダンジョンからは死のリスクが常に付きまとうようになる為、一定の水準より上の能力が要求される。なので下級ライセンスの時と異なり、取得には試験が設けられている。
その試験は筆記と実技で、それに合格すれば晴れて中級ライセンスを取得でき、武器類の所持、購入、ダンジョン内での使用が認められる。ついでに言うと中級ライセンスは履歴書の資格欄にも書ける。
以上の理由で、中級ライセンスの取得が探索者のスタートラインと言われている訳だ。
「桜間氏ってまだ中級ライセンス取ってなかったんだ。なんか意外かも」
「確かに。お前かなり早い時期からダンジョン潜ってなかったか?」
「一般人にダンジョン探索の許可が降りたその日に潜りに行ったからな。だから、実技試験を突破する自信はある。けど筆記はなぁ……」
「桜間君あんまし頭良くないもんねー」
「……否定はしないがなんで佐々木さんがそんな事知ってるんだ?」
「え? だって毎回成績表で私の一個下に名前書いてあったし」
「そんなピンポイントで!?」
「うん、マジマジ~」
「それ、佐々木も自分から頭悪いって言ってるようなもんなんじゃ……」
「ウチは頭の良さが学校の勉強に反映されない天才タイプだからセーフなの!」
そんな話をしていると、さすがに雑談が過ぎたのか先生にさっさとダンジョンに入るよう怒られた。なるべくここで時間を稼いで、ダンジョン探索の時間を減らしたかったがそれもここまでか。
目の前にあるのは推定上級クラスの未踏破ダンジョン。少しの油断が死に直結する危険地帯だ。
願わくば、五体満足で生還できますように!




