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 ダンジョンの出現、クラス全員勇者発覚したあの日から一月が経った。


 日本のダンジョンは自衛隊と特殊部隊と勇者達が暴れ回ったことによりスタンピードの危険を取り除かれ、たったの1週間で魔力資源を供給する重要な施設に早変わりした。

 モンスターの弱いダンジョンなんかは一般人にも解放され、そこで手に入るドロップアイテムを売ってで生計を立てるプロのダンジョンウォーカーなんかも出始めた。


 なら他の国はどうなのかと言うと、

日本程勇者の数がいないので手付かずのダンジョンが残っていて依然スタンピードの危険が残されているそうだ。

 まだ攻略されていないダンジョンは攻略されたダンジョンと比べてドロップが多いって理由で積極的に海外のダンジョンを巡る勇者もいるからそのうち危険はなくなるだろう。


 さて、ダンジョンのことはこれくらいでいいとして俺の近況を報告しよう。

 担任含めて俺以外全員が勇者、しかも1人は俺様を殺した勇者と言う非常に胃に優しくない環境で過ごすのは元魔王的に多大なストレスが蓄積されるのは言うまでもないことだと思う。

 そのせいか最近やたらお腹が緩くて困っている。

 日に何度もトイレに行くのは肛門的にもピンチだ。このままでは若くして痔になりかねない。


 この危機を乗り越える為には力が必要だ。

 たとえ勇者が相手でも怯むことなくいどめる力が!

 そう考えて、休日になると俺は近所に新しく出現したダンジョンに向かい、ちまちまモンスターを倒してステータスの向上に励んだ。

 しかし依然として魔力は感じられず、身体能力も県の平均(ダンジョン出現前)より少し良くなった程度だ。

 成果らしい成果はドロップアイテムを売って得た金銭くらい。割りといい額になるのが逆に悲しい。


 そしてここからが本題だ。

 何故か今、日課のダンジョン通いに俺様を殺した勇者である氷室刹那がついて来ている。

 本当にどうしてこうなった!?



 ◇ ◇ ◇



 それは今朝のことだった。

 俺はいつも通りダンジョンに潜る準備を整えて家を出たのだが、今日はタイミングが悪かった。

 たまたまゴミ出しをしていた氷室さんに捕捉されてしまったのだ。


「おはよう、桜間君」

「お、おはようございます氷室さん」

「いつも休みは早く出掛けてるけど、何してるの?」


 いつもだと……? ま、まさか俺が元魔王だと気づいて見張っているのか!?

 ……いや、そんは筈はない。もし気がついているのだとすれば俺はもう死んでいる筈だ。

 俺様の軍勢を顔色ひとつ変えずに殲滅してのけたあの冷酷無比な勇者なら、きっと俺が元魔王だと知った瞬間に首を断つに違いない。

 つまり俺がまだ生きている事こそまだ勇者に正体が露見していない唯一にして最大の証拠なのだ!


 ふ、そうと分かれば何の問題もない。

 いつもの登下校と同じように焦ること無く会話を成立させればいいだけではないか。


「近くに出来たダンジョンに行ってるんだよ。ほら、うちのクラスって俺以外全員勇者だからさ。俺もダンジョン攻略で力をつけた方がいいんじゃないかと思ってね」

「そう、なんだ……私も一緒に行っていい?」

「うん?」

「よかった……すぐに準備するから待ってて」


 てってって、と小走りで家へと帰って行く氷室さん。


「えっ、今ので肯定したことになるのか!?」


 勇者と一緒にダンジョンなんて後ろから刺されそうで嫌なんですけどぉ!?

 いや、俺が勇者の頭に拳銃突き付けた状態からだろうと一瞬で殺されるんだけど気分的にね?

 切った張ったの命のやり取りしてるダンジョン内に自分を殺した相手と一緒に入るのってめっちゃ怖いじゃん?


「おまたせ」

「ひっ……!?」


 氷室さんが手にしているあれは、まさしく俺様の命を刈り取った聖剣じゃねーか!

 うっ、最後の瞬間を思い出しちゃったじゃん……。

 俺様は魔法を全て術式ごと凍結された挙げ句、四肢を断たれた後で体を縦に真っ二つにされて死んだのだ。

 いやー、勇者に挑んだ時はまさか物理的に手も足も出せなくなるとは思わなかったね。

 

 銃刀法? あぁ、それならダンジョンが出現した時にだいぶ緩くなったよ。

 だって銃や刀なんて無くたって素手で同じことが出来る連中がその辺にゴロゴロいるんだぜ?

 加えて魔法まであるんだから古い法律が機能しなくなって当然だろ。


「どうしたの……? 顔色、悪いよ?」

「ちょっとトラウマを思い出し……んっんん、大丈夫だからダンジョン行こうか」

「うん」



 ◇ ◇ ◇



 あの時は聖剣に気をとられて正常な思考が出来ていなかったし、今冷静に思い返すとあそこできちんと断らなかったのが悪いんだろうなぁ。


「スライムばっかり」

「まぁ、一般人に解放されてるダンジョンだからね」


 正直勇者が来るような所ではない。

 と言うか、勇者に見守られながらスライム相手に特訓をする元魔王ってなんだよ……滑稽過ぎて涙が出てくる。


 このダンジョン、通称スライムファクトリーにはスライムしか出てこない。

 強い個体はダンジョンボスくらいで、それも俺がなんとか倒せるくらいには弱い。


 俺の今の目標は、このボスを鼻歌歌いながら倒せるようになることだ。

 それが達成できたら駅向こうにあるここより少し難易度の高いダンジョン、隣町のよりレベルの高いダンジョンとステップアップを重ね、いつかは勇者に怯えずに済む力を手にして見せる!


「桜間君」

「な、何かな?」

「私も戦っていい?」

「いくらなんでもオーバーキルが過ぎるだろ……隣の勇者専用ダンジョンに行ったら?」

「それだと一緒に来た意味がない……」


 そもそも勇者がここに来る意味がないんですが……。

 本当に何の目的でついて来たんだ?


「あっ……」

「むごっ!?」


 しまった! 氷室さんを警戒するあまり天井から忍び寄るスライムに気がつかなかった!

 この葡萄っぽい味はパープルスライムだな? いつもいつも天井から奇襲を仕掛けてくる面倒なスライムだ。

 初心者はここでパニックに陥り窒息してしまうこともあるのだが、ここは元魔王の余裕をもってゆっくりと外して――


「動かないで」


 ヒュン、と鋭い音をたてて聖剣が振るわれる。

 直接スライムを斬ったわけではないだろうに、それだけでスライムは霧散した。


「大丈夫?」

「は、はい……」


 正直、剣が振るわれた瞬間死んだと思った。

 スライムと一緒に俺の首から上が跡形も無く吹き飛ぶ様を想像して盛大にチビってしまった程だ。


「……着替え、ある?」

「ないです……」



 ◇ ◇ ◇



 この日のダンジョン探索はここで終了。

 もちろん収入も成果も最低レベルだった。


 流石にこの時は自分が情けなくて仕方なかったよ。

 勇者の攻撃が怖くてジョバジョバ小便漏らすなんて元魔王としてどうなのよ?

 氷室さんに替えのズボンとパンツを買ってきて貰った時なんて、穴があったら入りたいどころの気分じゃない。そのまま消えてなくなってしまいたいと思った程だったさ。


 ただ、ただな……同時に痛感したんだ、どれだけ自分が平和ボケしていたのかを。

 スライム相手に頑張る? 何を悠長なこと言ってやがる!

 やるからには全力でなくてどうするよ? いっそこの国を……世界を征服してやるくらいの気持ちで挑まねば勇者に怯える毎日は変わらない。

 例え周りが勇者だらけだとしても、そいつらより強くなればいいだけの話じゃないか!

 平和と言うぬるま湯に浸かり続けるのはこの日限りだ。これより俺は……俺様は修羅となる!

 スライム狩りで貯まった小遣いを使い、本格的な装備を買い揃え隣街のダンジョンに挑むことをここに誓おうじゃないか。


 見ててくれよ、俺は絶対勇者なんかに屈したりしない! 明日から本気出すぜ!



 ◇ ◇ ◇



 翌日、そんな決意をしたことをスライムファクトリーでいい汗流した後に思い出した。何やってんだよ俺……。

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