クラスメイトが全員勇者だった件
俺様は魔王である。いや、魔王だった。
部下を引っ張って行くには大きな目標が必要だと思い世界征服を目指した所、そう呼ばれるようになっていたのだ。
天才的な魔法の才能、圧倒的な身体能力、悪魔的な頭脳。あの世界で俺様は無敵だった。
そう、たった一人の勇者が召喚されるまでは!
神から授かったと言う力を前に、俺様自慢の魔王軍は手も足も出ず滅ぼされた。無論、俺様も一緒にな。
ん? 滅ぼされた癖に何故悠長に語っているのか、だと?
クックック、それは俺様が転生したからだ!
同じ世界で転生できたのならば最上だったのだが、どうやらここは俺様が生きていた世界ではないらしい。地球の日本とか言うちんけな国に桜間隼人として転生してしまったのだ。
……いや、ちんけなのは俺様のほうか。
知ってるか? この国の書物で読んだんだが、世界には俺様以外の魔王もたくさんいるのだ。
あいつら下級魔法で上級魔法並の威力出したり、パンチ一発で世界滅ぼせたりするんだぜ? 控えめに言って化け物かよ。そりゃ勇者も化け物みたいに強い筈だよ。
そんな事実を知った俺様は即座に世界征服を諦めた。それが小学3年生の夏休み、読書感想文の宿題を終わらせた時の話だ。
以後俺様……俺は努めて平穏に生きるようにした。
中学に上がった俺はいずれ前世の力が覚醒した時のために、とこの世界の魔術書を読み漁り有効な活用法を探したりしたのだが、何故か周りの人間達からチュウニ病なる謎の病に掛かっていると笑われた。
今思い返すとかなり恥ずかしいが、あの頃は本気でチュウニ病……つまり厨二病がなんなのか分かっていなかったのだ。ついでにこの世界に魔法が存在しないことも。
所謂黒歴史と言うやつだ。前世で魔王をやっていたことも黒歴史になるのかもしれない。
あー、何故こんなことを高2にもなって思い出しているのかと言うとだ。うちのクラスに転校してきちゃったんだよね、前世の俺を殺した勇者が。
◇ ◇ ◇
時は夏休み開け最初のホームルームの前に遡る。
このときの俺はすっかり現世に染まりきり、空いている隣の席へ座った友人の東と魔法の詠唱について駄弁っていた。
「だからそれじゃ文法がおかしいって言ってるじゃないですかー。そんなんじゃ魔術は発動しませんぞー桜間氏ぃ~」
「俺のなかではこれが最強呪文なんだからほっとけっての。つか俺のは魔法だから。魔術じゃないから」
「魔法は魔術より難しいから余計発動とか無理でーす」
「いいじゃんそんなの適当で。どうせ現代日本で魔法だ魔術だなんて有り得ないんだからさ」
「その割りには桜間氏だって拘るじゃないですかー。大人しく厨二病から卒業出来てないって認めようぜ!」
「……無駄に爽やかな所がムカつくわ」
別に俺は厨二な訳じゃない。単にそう見られていた頃に仲良くなったお前に合わせてやっているだけだ!……そう言ってみた所で周りからみた印象は変わらない。
前世で魔王やってて独自の魔法体系を確立しているなんて立派な厨二病患者だ。俺もそう思う。
なので反論はしない。しても虚しいだけだしな。
「あ、そうだ。なんか今日からうちのクラスに転校生来るらしいよ。しかも女子!」
「男だろうが女だろうがどっちでもいいだろ」
「桜間氏は本当に魔術以外興味薄いよねー。ちゃんとち○こ付いてる?」
「付いてるよ! こんななりした女がいてたまるか」
それに俺は前世でかなりレベルの高いハーレムを囲っていたのだ。あんなの面倒なだけであんまり楽しくなかったけどな。
やれ誰々の方が回数が多かっただの、プレゼントが高価だっただのと周りで騒がれて気が滅入ることこの上なかった。
……うん、世継ぎを作るためとは言え100人は多過ぎたな。今生でも後10年は恋愛とか結婚とか遠慮したい。
「いやいや、桜間氏って見た目中性的だから普通にそんな感じの子いるって」
「おまっ……そんな目で俺を見てたのか?」
「ぶっちゃけTSしなくても余裕でイケる」
「真顔で言うな気持ち悪い」
「ちょっ、冗談だからそのガチでドン引きした表情やめて!?」
ガラガラ
「皆さん、おはようございます。ホームルームを始めるので席についてください。……もう知っている方もいると思いますが、今日からこのクラスに新しく転校生が加わります。氷室さん、入って自己紹介をしてください」
「はい」
俺はその声を耳にした時、心臓から流れる血液が冷水にでもなったかのような錯覚を覚えた。
顔を上げると1人の少女が目にはいる。
しなやかな黒い長髪、そして氷のように冷たい瞳。他者と自身を隔絶するかのようなその雰囲気はまるで、まるで……!
「氷室刹那です。よろしく」
「勇者じゃねぇか……!」
「?」
「!?」
や、ヤバい、目が合った! もしかして今の呟きを聞かれたか? どうする……俺は今魔法も何も使えない。運動能力だって県の平均値より少し高いくらいだ。そして学力も平均レベル。前世ですら手も足も出なかった相手にどうやって対抗すれば……って待てよ?
そもそも俺は今やただの学生! 誰かに咎められるようなこともしていない!
なんだ、堂々としていればいいんじゃないか。それに、彼女が勇者だと決まった訳でもない! ……でも前世のことは隠そう、ぶっちゃけ怖いし。
「それでは氷室さん、あそこの……桜間君の隣の席に座ってください」
「はい」
「!?」
そ、そう言えば何故か隣に机が増えていた。転校生の席だったのか!
くっ、低スペックなこの体が憎い! 前世の俺ならば常に10手先の最善手をも導き出せたと言うのに、今の俺は見え見えの伏線にすら気づけないとは……!
「よろしく」
「は、はい……」
◇ ◇ ◇
とまぁこんな出会い……と言うか一方的な再会を果たしたのだが、この時はまだ心に余裕があった。
この世界に魔法が存在しない以上、いかに勇者と言えどただの人。
俺は美少女に話しかけられて咄嗟の反応に困る童貞男子を演じればそれでよかった。実際今生ではまだ童貞だしリアリティもあっただろう。
なので魔王がどうの、なーんて前世の記憶に想いを馳せることもなかったさ。
問題が起きたのは翌日のことだった。
この世界にダンジョンが出現したのだ。
◇ ◇ ◇
「隼人、さっさとご飯食べて学校に行きなさい」
「学校行きたくないよー……勇者こわいよー……」
「あんたまだ魔王がどうのとか言ってたのね。お母さん、とっくの昔にそう言うのからは卒業したもんだとばかり思ってたわ」
……心に余裕があると言っても嫌なものは嫌なんだよ。
考えてもみてほしい、自分を殺した相手と机並べて仲良くお勉強なんて正気の沙汰じゃないと思わないか?
「とにかく、ちゃんと学校行きなさいね? じゃ、いってきまーす」
「あい……」
新学期早々こんなに学校に行きたくなくなるとは思わなかった。
とりあえずテレビのニュースでも見ながら朝食をとろう。
「ふ、毎日毎日ありきたりなニュースばかりだな。事故だの窃盗だのでいちいち騒ぎ立てるのはこの世界が平和すぎるからだろうか」
歴史の授業を信じるならば、この国はもう100年以上も戦争をしていないらしい。
島国と言う立地もあるのだろうが、それにしたって平和が過ぎる。このまま安寧に身を任せれば、人は退化していく一方だろうに。
「おっと、これはあの世界での考えだったな」
常に闘争に身を置くことで人は進化する。
俺が魔王だったあの世界ではそれが常識だったのだが、ここでは違うらしい。
大きな争いはなくとも科学と言う力は日々進歩を重ね、この空の先にある宇宙、その更に先にまで人の領域を広げんとしていると言うのだから驚きだ。
『――えっ!? は、はい。えー、番組の途中ですがここで臨時ニュースが入って来ました。世界各地にダンジョンとおぼしき物が複数出現したとのことです。繰り返します、世界各地にダンジョンとおぼしき物が複数出現しました』
「何!?」
ダンジョンてあのダンジョンでいいのか!?
宝で人々を誘き寄せ、弱き者を食らいつくし、強き者には富と力を与えるあのダンジョンなのか!?
『現在アメリカ、ロシア、インド、イギリス、エジプト……そして日本で出現が確認されています。もし付近にダンジョンらしきものを発見しても、近づかず警察への連絡を優先してください』
マジか。
魔法の存在しないこの世界にダンジョンってマジか!
なんとなくあの世界で生きていた頃を思い出してテンションが上がってしまう。
俺は魔王であると同時に単独でのダンジョン攻略数もぶっちぎりの1位だったからなぁ。
ふふ、若い頃は物資や資源が少なくなる度に新しいダンジョンに殴り込んだっけな。実にいい思い出だ。
しかし、今の俺は無力な一般人。
ダンジョンなんて潜ったら一階層すら攻略出来ずに死ぬ自信がある。
ここは自衛隊辺りが攻略するのでも待ってやろう。
できれば映像を録画して流してくれると嬉しいんだけどなぁ。
「さて、学校行こっと」
◇ ◇ ◇
ツッコミ所が多々あるのは分かっている。
何でニュースで現れたばかりの謎の物体をダンジョンだと推測したのかとか、そんな状況で普通に学校行こうとするなよとかだろ?
後者に関しては俺が元魔王だからとしか言いようがないんだが、前者に関しては学校に着いてからおおよその説明がつく筈だ。
だからもう少し付き合ってくれ。
ま、学校に着く前に俺の精神はかなり疲弊することになるんだけどな。
◇ ◇ ◇
「あっ……」
「ん? コフッ……」
玄関を出るとお隣さんもちょうど家を出るところだった。
そう、勇者(仮)の氷室刹那さんだ。
どうやら家の隣に引っ越してきていたらしい。
「おはよう、桜間君」
「ア、ハイ、オハヨウゴザイマス」
かくして俺と氷室さんは一緒に登校することになり、俺は現実逃避に失敗して冒頭のような思考状態に陥ったのだった。
登校中どんな会話をしたのかも(そもそも会話をしたのかも怪しい)分からない状態で学校に着いた俺達は、一緒に教室まで行ってしまったのだが、どうも様子がおかしい。
転校生の美少女がクラスの男と一緒に登校してきたにも関わらず、反応が薄すぎる。と言うか皆無だ。
その代わりと言ってはなんだが、クラスのそこかしこから厨二っぽい会話が聞こえてくるのだ。
「やはり、これは魔力……いったいどうなってるんだ?」
「まさかお前たちも力を隠していたとはな」
「フッ、こんな強者に囲まれていながら気がつかなかったとは……俺も少し衰えたか?」
「山村君、今までいじめたりして済まなかった。本当はもっと早くに止めるべきだったんだろうけど、今までの俺をトレースするにはいきなりいじめを止めるわけにはいかなかったんだ。君の気の済むまで俺を殴ってくれ!」
「いいんだよ東郷君。途中から君の迷いは僕にも伝わっていた。僕こそただ弱者の振りをし続けることで結果的に君を悩ませてしまったんだし、ここは過去は水に流して新しい友人としてスタートしようじゃないか」
「くっ、山村君! 君はなんていい男なんだ!」
「西郷君こそ。実は僕、その筋肉に憧れてたんだぜ?」
何これぇ?
いやマジでなんだこれ。
男子も女子も魔力がどうの魔法がどうの力がどうのと話し合っている。
そのくせ知力が何時もより高い。
まさか全員今朝のニュースを観て遅めの厨二デビューを果たしたとでも言うのか?
「桜間氏、おはよー」
「東……これどうなってるんだ?」
「あぁ、教室の皆のこと? その反応じゃ桜間氏は違うみたいだね。刹那ちゃんは……ウチらの同類か」
「いったい何の話だ?」
「あー、言っても信じられないかもしれないんだけどさ」
このクラス、桜間氏除いて全員元勇者みたいなんだよねー。
そんな言葉を聞いた気がした。
「はっ!? ……これは、ベッド?」
なんだ、今のは夢だったのか! ふーぅ、危うく心臓停まるかと思ったぜ!
あれはこれまで見てきた悪夢の中でもとびきりの悪夢だった。
きっと昨日の転校生が勇者に似すぎていたせいでこんな夢を見たに違いない。
「桜間氏大丈夫?」
「あぁ平気平気。ちょっと周りが勇者だらけの夢を見ただけだから」
「あぁ、桜間氏って厨二全盛期の頃魔王ロールだったもんね。そりゃぶっ倒れるか」
「だからあれは厨二じゃないと――東ぁ!?」
「おはよう桜間氏」
「え、ここ教室か……? 何でベッドあんの?」
「それは僕の物質創造でちゃちゃっと出した物だよ」
「まてり、え? 何?」
「マテリアルクリエイター。魔力で何でも出せる能力だよ」
あ、東が変な能力使いはじめた!?
しかも周りが誰も驚いてないし!
「それよりこれ見てみなよ桜間氏」
「……ニュース?」
『政府特務機関の調べによりますと、現在日本に住んでいる約30%の国民が過去に異世界召喚、又は異世界転移に巻き込まれた可能性があり、現在15歳~20歳の国民に限ればその80%が召喚、転移を経験した可能性があるとのことですが――』
「マジすか……」
「マジみたいだね。このクラスのメンバーは大体が夏休み中に異世界に勇者として召喚されたっぽいよ。皆揃ってるってことは全員世界を救ったんだろうねー」
ひ、一夏の冒険ってレベルじゃねー!?
ま、マジかよ……てことは氷室さん俺様を殺した勇者で確定じゃねーか!
しかもそれ以外のクラスメイトもまとめて全員勇者だとぉ!?
誰か! 誰か魔王仲間はいませんかー!
俺が混乱の極みにあるときだった。バンッ!!と勢いよく教室のドアが開け広げられ、そいつは入って来た。
「ギャーギャーギャーギャーうるせぇぞガキ共……! たかだか2、3度世界を救ったくらいで粋がってんじゃねぇよ。いくら世界を救おうと所詮テメェらはガキでここは学校だ。分かったらさっさと席に着きな!」
冴えないおっさんだった中田先生がイケイケのイケメン鬼畜眼鏡に変貌を遂げていた。どうやら先生も勇者だったらしい。
◇ ◇ ◇
長々と付き合ってくれてありがとな。
それで、ちょっと聞きたいんだけどさ……。
俺はこれからどうやって生き延びればいいと思う?
読んで頂きありがとうございました。