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17:ひとつの願い


 中庭には、富岡がベンチに座っていた。

 ここ数日見なかったせいか、少しやつれて見える。

 ぼんやりと、この間カグヤが座っていた桜を見ていた。


 カグヤはここ数日感じる不思議な感覚、彼女へ申し訳ないと思う気持ちと向き合う。

 カグヤは、ヒトを超える存在だ。

 だが、ひげを引っ張って怒ったシムルは何と言っていたか。


『誰でも、やっていいことと悪いことがあるんや!』


 そう叫んでいた。

 やっていいことと悪いこと。

 ヒトにとって、で考えると、カグヤには難しい。

 だが、死について学んだカグヤは、少しだけ、理解することができた。


「誰でも、自らの終わりを宣告されるのは、恐ろしいものね」


 カグヤは図らずも彼女の死を予言する形となってしまった。

 彼女は外見からはわからないが、内側はかなり病魔に侵されていた。

 現に、今日は点滴が増えている。


『悪いことしたら、誠心誠意謝るのが筋っちゅうもんや!』


 シムルはそう言っていた。

 ねこのひげと死を同じにしてはいけないと思うけど、きっとそれが必要なのだ。


 カグヤは意を決して、屋上から飛び降りた。




「あんた、また来たのかい」


 姿を現したカグヤに、富岡が鋭い視線を向ける。

 はあ、と大きくため息をつき立ち上がった。


「ま、待って」


 カグヤは慌てて引き留める。


「なんだい、もう近づくなって言ったろ」


 富岡は、カグヤの顔を見もしない。

 カグヤは、迷うことを辞めた。逃してはいけない、と思ったのだ。


「ごめんなさい」


 カグヤは、存在して初めて頭を下げた。

 カグヤなりの誠心誠意だ。


「この間は、あなたの心情を無視したことを言ってしまって、嫌な思いをさせてしまって、ごめんなさい」


 富岡は答えない。

 カグヤも動かなかった。


 しばらくして、富岡がベンチに座る音が聞こえた。


「そんなところで頭下げられちゃ、こっちが悪いことしてるみたいじゃないか。頭上げな」


 カグヤは恐る恐る、頭を上げる。


「あんた、この間とだいぶ態度が違うじゃないか。なんか企んでるんじゃないだろうね」

「私なりの誠意よ。本当に申し訳なかったと思ってるわ」


 しばらく沈黙があり、またため息が聞こえた。

 富岡が、まあ横に座んな、と言ったので、隣に座る。


「それで、なんの用だい」

「いえ……あなたを見ると、申し訳ないと思うようになったの。知り合いに、謝る時は誠意を持って、と言われたので、声をかけたのよ」

「なんだ、それだけかい」


 カグヤは何も答えられなかった。

 本当に、それだけだったから。


「……それで、私は死ぬのかい?」


 ぼそり、と富岡は呟いた。

 カグヤは答えに窮した。答えられず、黙り込む。

 ここではっきり答えるべきか。答えたら、また傷つけてしまうのではないか、と心配になる。


「あんたに死ぬって言われてから、いつ死ぬのか気なって仕方なかったんだ。謝るんなら、その責任も取っとくれ」

「……わかったわ」


 カグヤはもう一度、富岡の様子を見た。

 カグヤに見えないものなんてない。だから、富岡のことは全てわかる。

 視線を逸らし、桜の木を見て、いつもより落ち着かない心を何とか落ち着けた。


「おそらく、あと数週間、と言ったところね」


 富岡の病……がんは全身に転移していた。骨にも転移しており、足を動かすのも痛むはずだ。

 初めてヒトに寿命を伝えた。

 今までは死にそうだな、死んだな、で終わりだったから。

 人生の終わりを予告することが、こんなに緊張することだとは思わなかった。


「そうかい……」


 富岡は押し黙った。


「あなた、足が辛いんじゃないの。その状態で、よく歩けるわね」


 沈黙に耐えられず、カグヤは尋ねた。


「私はまだ、死ねないんだよ。体力があれば少しは生き残れるかと思って、痛み止めを工夫してもらってるんだ。最近はあんまり歩くと医者と看護師に怒られるから、ここまで車いすに乗せてもらったのさ」

「そうなの……」


 そういえばこの老女は、まだ死ねない、と前も言っていた。


「あなたは、何かやり残したことがあるの?……ああ、答えたくなかったら答えなくていいわ」


 富岡はふっと笑った。


「あんたでも気を遣うってことができるんだね。……いいよ、教えてやろう。私にはどうしても会いたい子がいてね。その子に会って、拳骨くらわすまでは、死なないって決めてたんだ。だのに、こんなになっちゃってさ」

「そう、なの」

「あんた、見つけられないかい?」

「え?」


 富岡の表情が真剣味を帯びた。


「あんた、人じゃないだろ。空も飛べる。私の状態を、一目見て知ることもできる。あんただったら、私が探してる子を見つけられるんじゃないかと思うんだ。私に寿命を教えたんだ。やり残したことがないように、協力してくれたっていいんじゃないかい?」


 そして、じっとカグヤを見つめてくる。

 カグヤは答えに迷った。ここまでこのヒトに関わってもいいものか。


 カグヤの頭の中の白いもやからは、何も感じなかった。

 この世界の理を崩すことをしなければ、いいのだろう。


「……わかったわ。あなたのお願い、聞いてあげましょう。だけど、私が叶えるのはそのひとつだけ。いいわね?」


 カグヤはなんでもできる。

 けれど、ひとつ願いを叶え、二つ願いを叶え……と増えていくのは不愉快だ。

 今回は、謝罪の一つとして、願いをひとつ叶えてあげよう。


「……病気を治すってのは、無理なのかい」


 無理ではない、が。

 現在の状況から病気を治せば、死ぬはずだったヒトが死なないことになる。

 それは、理に外れることだ。


「それは、できないわ」

「そうかい……。わかった。それじゃあ、最初に言ってた通りだ。私が会いたい子を探してほしい」

「わかったわ。では、その子を頭に思い浮かべて」

「……ああ、わかったよ」


 富岡は怪訝な顔をしたが、素直に目を瞑った。

 カグヤは、富岡の思考を覗き見る。


 そこには、カグヤの良く知るヒト、いや、人が映っていた。


「コウキ……」


 名前を口にする。

 富岡の思考からは、何年もコウキを探して、見つからなかったという記憶が見えた。

 あんなに、探していたのに。

 探し人は、すぐそばにいる。


「あなたの探し人に、会わせてあげる」


 カグヤは思わず微笑んだ。




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