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16:思わぬ再会

 初めて涙を流してから数日後の朝。

 空が明るくなり始めた頃、カグヤは病院の屋上でぼんやりと座っていた。

 ゆるりと吹く風が、カグヤの髪を揺らす。


 眼下には、ほんの少し桃色に色づく桜の木が見えた。

 数日前、富岡と話した中庭だ。

 あれから、中庭で富岡を見ることはない。

 カグヤは中庭にはあれ以来行かず、ここから中庭を眺めている。

 ヒトに配慮のようなことをしている自分に、ふっと笑いが零れた。


 東の空から日が昇り始めた。

 ヒトの街が、ゆっくりと照らされていく。

 遠くで、救急車の音が聞こえた。

 また、誰かがこの病院に運ばれてきたのか、とぼんやり思う。


 日が昇り、今日最初の中庭の訪問者が来るまで、カグヤはそこに座っていた。


 最近は病院内にある「リハビリ室」がお気に入りとなっていた。

 高齢者が多いが、みな一歩を踏み出すために頑張っている。

 一歩を二歩へ、二歩を三歩へ。


 そんな様子を部屋の隅から眺めるのがここ数日の日課だった。


 川島に当てられたのかしら、とカグヤは思う。


 ここで自分の今の限界を超えようと頑張っているヒトを見ると、その頑張る姿が眩しく思えた。

 それが例え、寿命が近づいているであろう患者でも。


 ぼんやりと歩く練習をしているをしている若い患者を眺めていると、コウキのことを思い出した。

 あの喫茶店で話してから一週間。

 きらきらした人生を生きてる人はいる、と教えてあげようか。

 今夜は街に行くことにしよう。


 そうして、気分転換に病院内をふらふらと飛び始めた。




 カグヤは戸惑っていた。


 院内のコンビニ前を通った時だった。

 時折、中を見て回ることもあるが、今日は通り過ぎる。

 すると、見たことのあるヒトがコンビニ袋を片手にぶら下げて、出てきたのだ。


 自分の目の前に、今夜会いに行こうかと思っていたヒトが、立っていた。

 長袖長ズボンのジャージにサンダルを履き、右前腕にギブスを付けている。


「どうして、あなたがここにいるの」


 周りのヒトが、カグヤは始めからいたように認識させながら、声をかけた。


「うわっ!ってて。 ってああ、カグヤさんですか。まじびっくりした。いきなり現れないでくださいよ」


 いるように認識させたはずなのに、この男、コウキには通じないらしい。なぜなのかはわからないが、他の人間が気づいている様子はないので、気にしないことにする。


「あなた、なんでここにいるの」


 カグヤは思わずコウキの前で仁王立ちする。


「いやいや、これですよこれ、骨折したんですよ。あ、すんません」


 コウキは自分の右腕を指差していたが、コンビニの入り口をふさいでいたため慌てて脇に避けた。動きが以前よりもゆっくりしている。


「カグヤさんこそ、まだ病院にいたんっすか」

「そうよ。ここ、中々おもしろいの」

「そうっすか……」


 病院が面白いなんて、という顔でカグヤを見るコウキの視線は気にしないことにして、カグヤはで、と切り出した。


「なにやらかしたの?」

「いや、やらかしたっていうか……ここじゃなんなんで、場所移していいですか」

「いいわ」


 コウキが歩き始めるので、後をついていった。

 病棟に着き、入口のドアを開けてもらうと、こっちです、と歩いていく。

 個室の前に着き、中に通された。


「諸事情あって、明日まではここなんですよ。断ったんすけど。でもまあ、ラッキーだったのかな」


 いてて、と言いながらベッドに座り、カグヤに向かいの椅子を勧めてくる。


「いやあ、まさかここでカグヤさんにまた会うとは思いませんでしたよ。で、俺が入院してる理由でしたっけね。カグヤさんと会った次の日に、ちょっと、職場と揉めまして。最近変わった店長が、ちょっとヤバいやつだったんですよね。殴られ蹴られしてるところで、偶然通りかかったお巡りさんが助けてくれたんですよ。で、右腕骨折、打撲もろもろで検査入院っす」


 いやあ、とんだ災難でしたよーと笑うコウキの顔が、カグヤの顔を見た瞬間引きつった。

 カグヤだって、自覚はある。

 店長? 跡形もなく消滅させてやろうか。

 それくらいは思った。少し顔に出たかもしれない。


「ヒッ……。お願いだからまだ殺さないでください……」

「何を勘違いしているの。私はその店長に怒っているの。私の大事な話相手に何をしたのか、思い知らせてやろうかしら」

「いやいやいや、大丈夫ですから! 店長色々やらかしすぎてて、警察で余罪いっぱい出て即逮捕だったらしいですから! 大丈夫です、ちゃんと法で裁かれます!」

「生ぬるい気もするけれど」

「俺はそれで満足ですっ!」


 コウキが必死にもういらない、というので、カグヤはひとまず怒りを収めることにした。


「それで、あなたはしばらくは入院してるのかしら?」


 カグヤの怒りがとりあえずは収まったことにコウキは安堵したようだ。

 一息つくと、首を捻った。


「いつですかねえ……もうちょっとしたら退院できるかも、とは言われたんですけど。最近は、結構早く退院するみたいですよ。俺の場合は、結構あざが多くて、内臓が傷ついてないかの検査があったんで、腕折っただけの人よりは長いみたいですけど」

「死にかけたの……?」


 カグヤは痛みを感じないし、ケガもしない。けれど、全身打撲で死ぬヒトがいるのは知っている。


「いや、そこまでじゃないっすよ。殴る蹴るが満遍なく全身に当たっただけで。検査も念のためって感じでしたし。腕だけは、当たり所悪くて骨までいっちゃった感じですけど、折ったのも細い骨で、ずれてなくて手術もしてないし。動くとさすがにちょっとは痛いっすけどねー」


 目の前の男ののんきな様子に、カグヤは脱力した。


 最近死を見すぎて、人間はすぐに死ぬような気がしていたが、意外と丈夫な一面もあるようだ。

 ふと、扉の先に気配を感じた。


「コウキ、見舞いに来たぞー」


 大柄の中年男が入ってきた。

 カグヤはどこかで見た顔だ、と思い、すぐに思い出す。


「あなた、あの喫茶店にいたわね」


 確か注文を取っていた男の店員だ。


「あれ、お嬢ちゃん……あの時の子か……」


 入ってきた時は陽気だった男は、カグヤに気づいたとたん、渋い顔になる。


「おい、コウキ、どういうことだ」

「いや、コンビニで会ったんっすよ。なんで入院したのか聞かれたんで、話してたんっす」

「おまえ、殴られて警戒心ってもんを落っことしてないか?」

「ひどいっす」


 コウキが泣きまねをしているのを横目に、男はカグヤをじろりと見る。


「で、あんたはなんでこいつが気になるんだ」

「あら、私の大事な話相手だもの。気にするのが当然だわ」

「マスター、カグヤさん、本当に心配してくれてただけみたいなんで……」


 すると、扉をノックする音が聞こえた。

 コウキがはい、どうぞーと答えると、大柄の男が入ってくる。

 マスターと呼ばれた男と同年代の男だった。


「失礼します。あ、面会中だったんだな。すまない」


 カグヤを見ると、少しばつの悪そうな顔をする。


「いえいえ、保坂さん、入ってくださいよ。ほらマスター、この人が俺を助けてくれた警察の人だよ」

「……保坂?」


 マスターは振り返った体勢で、保坂と呼ばれた男を凝視している。

 保坂もマスターを凝視していた。


「工藤……か?」


 お互いに名前らしきものを呼びあっている。

 だが、ただの友人にしては緊張感が漂っていた。


「え、二人ともお知合いですか?」


 コウキだけが相変わらず能天気に質問していた。


「あー、ちょっと、コウキ、おれ保坂さんと話すことあるから、一回席外すな。おい、そこの嬢ちゃん、コウキに何かしたら許さねえからな」

「はあ……何もしないって言ってるのに」


 何も危害を加える気もないし、普通のヒトにはただの見目の良い少女にしか見えないはずなのだが、コウキの影響か、マスターにとってカグヤは危険人物らしい。


 ぽかんとしたコウキとそれを見てまたため息をつくカグヤに背を向けて、二人は部屋を出て行った。


「なんだったんっすかね……」

「ちょっと私、覗いてくるわ」

「え、カグヤさん?!」


 カグヤは二人の様子が気になり、姿を消して後を追った。




 二人は談話室で向かい合った。

 少しの沈黙を置いて、マスターもとい工藤が口を開く。


「保坂、コウキの事助けてくれてありがとな。あいつが言ってた気にかけてくれる警官って、おまえのことだったんだな」

「ああ、助けられて良かったよ。……あの子を見てると、気になって放っておけなかったから」

「そうか……」

「おまえは元気そうだな」

「ああ……」


 二人とも中々話が進まない。カグヤは男二人の会話に面倒になって、二人の思考を覗き見た。


 二人は幼馴染だったらしい。そして、同じ高校同じ柔道部で全国大会目指して切磋琢磨していた。しかし、工藤が足の大怪我してしまう。


 怪我で柔道をすることが難しいと知ると、工藤は荒れた。

 結局悪い仲間を作り、高校を中退して、家出同然でこの街へやってくることとなった。

 その間、故郷のことは忘れたふりをした。けれどどん底になってやっと、故郷を、幼馴染を思い出した。だが、彼は帰ることができなかった。


 保坂はそんな工藤を止められなかった自分を責め、ずっと工藤を探し続けていた。

 柔道経験を活かして、警察官になった。どこかで工藤に会えるかもしれないと、交番勤務を希望し続けた。

 だが、ふと、もう会えないんだと探すのをやめたところだった。

 そんな矢先にコウキに会ったようだ。


 二人の関係性が分かったところでカグヤは満足した。


 お互い、言いたいことがあるのに、どう言えばいいのかわからなくて言葉少なだ。


「あなたたち」


 カグヤは思わず姿を現し声をかけた。


「二人とも、会いたかったならそう言いなさいないな。話が全然進まないわ。それに、沈黙で時間を浪費すると、コウキが寂しがるわよ」


 二人ともカグヤが現れたことと、言われたことに驚いた様子だった。


 カグヤはすぐに姿を消した。普通、カグヤが消えるとヒトの中では徐々に印象が薄れる。はじめからいなかった存在になるのだ。

 例外はいるが、この二人はコウキさえ離れていれば大丈夫の様だった。

 これで、彼らに残るのはカグヤが言った言葉だけだ。


 ぽつりぽつりと話し始めた二人を見て、カグヤは再び飛翔する。

 コウキの部屋をチラリと覗くと、コンビニで買ってきたらしい雑誌を読んでいたので、部屋を後にする。


 屋上へ移動し、中庭を眺めた。




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