激化する対立2
善也の告げられた言葉は剣也を通じて、すぐに祓師協会に伝えられた。この報を聞いて、祓い師たちは憤慨した。自分たち祓い師を裏切り、あまつさえ同胞だったはずの祓い師を何のためらいもなく虐殺していったのだ。
自分たちがしてきたことを棚に上げて、善也の処刑を訴える者が数多く出現した。源烈や祓師協会幹部、名家の人間もそれに異を唱えることなく追っ手を差し向けるが、ことごとく殺されていった。これに業を煮やした聖帝家の当主が自慢の側近を引き連れて自ら出撃するも、すぐに連絡が途絶えた。
六名家の当主がやられたと聞いて、さすがにまずいと判断した祓師協会はいったん善也への追撃を止めた。
しかし、このまま引き下がるわけにはいかない。そのため、一週間ほど経ってようやく祓い師たちは善也の遺した言葉について議論しはじめた。
「果たし合いと言いましたか。随分と身の程知らずなことを口にしたようですが、どのように行うつもりなのでしょうかな?」
追っ手が何人も返り討ちにされていることから目を背けていることが分かる言葉だったが、言っていることはもっともだった。一体、どのような形式で果たし合いを行うつもりなのか。ルール無用の集団戦のことを指しているのなら、もうすでに始めている。つまり、別の手段での決闘を望んでいるということになる。
「そこまでは聞かされていないようです。ただ八月一日に果たし合いをするとだけ告げられたらしく、詳細はこちらに伝えると文言を遺したそうですが、今のところは……」
「いや、その果たし合いとやらの詳細なら四日ほど前に受けておる」
刀皇の言葉を遮って源烈が言う。全員の目が源烈の方に向く。源烈は小さく鼻で笑うと、滅兵から受けた連絡を告げる。
「八月一日。『死戦の宴場』にて互いに代表者七名を選出し、一対一の戦いを行う。この決闘を『歓楽戦』と題することとし、勝敗問わずに七戦全てを行い、四勝以上した方の勝利とすると書かれていた」
「死戦の宴場!?」
源烈から告げられた決闘の条件に幹部や名家の当主たちはざわつく。決闘の条件にざわついていたわけではない。七名程度の実力者など、祓い師はいくらでも出せる。それよりも彼らが問題視したのは決闘を行う場所だ。
死戦の宴場。
かつて、祓い師たちが悪霊の王・サケビと戦った場所だ。黒いマントに黒いフード、青文字で目と口が大きく見開かれた仮面を被ったその男はある日突然悪霊たちを率いてこの藍岸に攻め込んできた。
彼らは残虐非道の限りを尽くし、藍岸の人口のおよそ七割近くの人々を死傷させた。そんな彼らに対抗したのが祓い師だ。
彼らは犠牲を出しながらも、悪霊たちを倒していき、最後の最後にサケビを祓ったとされる場所が死戦の宴場というわけだ。
この戦いがきっかけで祓い師たちは確固たる地位を築き、今に至っている。いわば、祓い師たちにとってのルーツと呼べる場所だ。
そんな場所を決闘の場所に指摘するということは、祓い師に対するあからさまな挑発に他ならなかった。それに加えて、決闘のことを歓楽戦などと称していることも幹部や当主たちの神経を逆なでする。
「どうやら、やたらと図に乗っているようだが、その決闘とやらでこちらが勝ったらどうなるんです?」
「向こうの言い分ではこちらが勝てば、向こうについた者は全員処刑。逆にこちらが勝てば、滅兵に対して多大な譲歩をしてもらうと書かれてあった」
「譲歩…… とは?」
「我々が統べている五国のうちの二国の割譲及びこの国の支配権の半分の譲渡だ」
「はっ。何を言うかと思えば。乗る必要ありませんよ。向こうが殺した兵は祓い師全体の一割にも満たない。全戦力で一気に叩き潰しにかかれば、連中などたやすく壊滅させられますよ」
「数に任せて叩き潰す云々はともかく、決闘に乗らないというのは少々まずいかと」
「何?」
自信満々に滅兵皆殺しを唱えた空次に水を差すような真似をする天霧家の当主を見て、空次はまたかという顔をする。
「やれやれ。前回は冗談のつもりだったが、ここまで来ると本当に滅兵とのつながりを疑わざるを得ませんな」
「そういう問題ではないんです。今、民は滅兵一色に染め上げられています。今までは祓い師に対して逆らうような素振りは見せていませんでしたが、ここ一ヶ月の滅兵の台頭によって民の祓い師に対する排斥運動が巻き起こっている状況なのです。そのような状態で、もしその歓楽戦とやらを受けなければ、最悪暴動が起こる可能性も」
「それがどうした? まとめて殺してしまえばいいだけだろうが」
「数が少ないのならそれでいいんですが、もはや祓い師以外のほとんどが向こう側についているといっても過言ではない状態になってしまっています。もちろん、力の持たぬ民を殺すなど容易ですが、さすがに全人口のほとんどを殺すのはまずいでしょう」
「むぅ……」
理路整然とした天霧家当主の主張にさすがの空次も押し黙る。実際、祓い師は後手に回りすぎた。すぐに片がつくと判断し、今の今まで放置した挙句に滅兵対策に大した戦力を割かなかったことが、ここに来て裏目に出ている。
「決闘は受けざるをえんか。癪な話だがな」
ため息がちに源烈は言う。その顔にはなぜ滅兵とそんなくだらないことをしなくてはならないのかという考えがありありと浮かんでいた。実際、彼にやる気などあるはずもなく、今度の決闘も出場する気など毛頭なかった。
「ではそのように返報させよう。面倒この上ないがな。木下。歓楽戦とやらで誰を出すかについては貴様に一任する。ただし、我々龍全の手をわずらわせるような真似はするなよ」
「承知しています」
木下は座りながら丁寧に頭を下げる。源烈はその姿を見ることなく言葉を紡ぐ。
「では、これにて対策会議を終える。いいか? 我々と同等の存在など許されん。どんな手を使っても、滅兵を潰せ。二度とこのような真似ができぬよう骨の髄まですりつぶせ」
一同は大きな声で返答する。源烈は満足そうに頷くとそうそうに部屋から退散していく。それを見て、他の者たちも随時退散していく。
ようやく、彼らは滅兵を労力を割いて始末するべき敵とみなした。しかし、それでも彼らの心には油断があった。自分たちがその気になればどんな敵でも潰すことができる。傲慢極まりない思想だが、今まではその思想で問題なくやっていくことができた。
けれど、今回に限ってはその思想が命取りになる。彼らがそれを思い知らされるまで、一週間を切っていた。
○○○○○
一方、滅兵たちの方にも動きがあった。救滅地区相談センター。彼らが真に拠点としている場所の一室で滅兵の幹部たちによる話し合いが行われていた。
「さて、向こうはどう出るかな?」
「さすがに受けざるを得ないだろう。この期に及んで野戦を挑むような愚か者たちなら、とうに滅びているはずだ」
「それもそうか」
「しかし、大丈夫なのか? 負けたら全員処刑なんて言ってしまって」
「問題ない。あくまで滅兵についた者を全員処刑ということだ。つまり、こちら側についた民たちもその対象となる。そうなれば、向こうもそうやすやすとは手出しできまい」
民あっての王。さすがにそれくらいは祓い師も分かっていると踏んでの算段だ。実際のところは祓い師はそんなことはどうでもいいのだが、それでも今回の決闘をふっかけた効果はあったとみていいだろう。
「それよりも、今度の歓楽戦で勝たねば絵に描いた餅だ。こちらはまだまだ新興勢力。戦力面で不安が残ると思うんだが」
「大丈夫だ。彼らに戦ってもらうからな」
滅兵の頭である宗司が自信ありげな笑みを浮かべて言う。それと同時に扉から複数の人物が入ってくる。
幹部たちは彼らを見て驚く。
「宗司殿。これは一体……」
「彼らのたっての希望だ。もちろん、私も最初は反対したんだがね。しかし、彼らの決意は思いの外固かった。それに彼らは恥ずかしい話、我々よりも強い。きっと、この歓楽戦でいい結果を出してくれるだろう」
「しかし……」
「これは決定だ。異論は認めない」
宗司の言葉で皆黙る。皆が渋るのは無理もない話だった。だが、幹部たちが不安そうに見る彼らの顔には自信が漲っていた。
歓楽戦本番の日。彼らが祓い師たちの度肝を抜くことになる。




