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トップたちの打ち合わせ

 救滅地区のとある一軒家。そこに幼き頃の虎善恭司とその父、虎善宗司(そうじ)がいた。

 二人は茶室のようなところであぐらをかき、向かい合って座っていた。恭司の顔には齢八つとは思えないほど大人びた笑みが浮かんでいた。その笑みを浮かべながら、恭司は父、宗司に話しかける。


「計画は順調です。父様。この分なら、もうまもなく向こうも痺れを切らすでしょう」


「そうか。ここからが本番というわけだな」


「はい。どう出るかは現段階では分かってはいませんが、おそらく予想の範疇を越えることはないと思います」


「気を抜くなよ。相手は腐っても長い間人々を支配してきた異能者だ。予測できない行動を取ることは充分にあり得る」


「心得ています」


 とても幼い子供とその父親の会話とは思えない。しかし、これは現実である。八つの少年が今まで敵なしだった祓い師の牙城を突き崩す指揮官を務めている。そのありえない事態に誰も不満を言うことはない。

 それほどまでに、彼は賢く、強く、そして才能に恵まれていた。もはや、誰も嫉妬しようと思わないほどに。


「ひとまず、あと数時間後にはここを出ます。向こうもそう馬鹿ではない。この程度の隠れ家などすぐに見つけ出してくる。ですから、ここに罠を仕掛けた上で本命の拠点へと移動し、本格的に勝負に出る。異論はありますか? 父上」


「ない。だが、移動の途中がもっとも危険だ。最後まで気を抜くなよ」


「分かっています。ですが、向こうには協力者が山ほどいる。必ず成功させてみせますよ」


「それを慢心と呼ぶのだ。必ずという言葉などこの世のどこにも存在せん」


「ごもっともです」


 恭司はまだまだ幼いゆえか精神的に未熟なところはあるものの、その代わりに指摘され、それが正しいと思えば迷わずに頷く素直さを持っていた。こういった面も周囲に好ましく思われている点なのだろう。

 あまつさえ、祓い師内部にいた不満分子を味方につけることさえ成功した。全面的に信用することはできないとはいえ、これは文句なしの成果だった。


「それでは、今すぐにでも準備を始めてください。先ほども言いましたが、あまりのんびりとはしていられませんから」


「分かっている。お前が現場(向こう)に戻るのを確認したら、すぐにでも始める」


「本当にお一人で大丈夫ですか? 万が一、私が留守にしているときに奇襲でもかけられたら……」


 恭司は心配げな顔でそんなことを言う。宗司は一瞬真顔になって固まるが、すぐにうっすらと笑みを浮かべて答える。


「心配いらん。その時はその時だ。私を潰したところで滅兵は止まらん」


 万感の思いが込められた言葉だった。自分がどうなったところで何も変わりはしない。それは悲しいまでに本当のことだった。目の前の少年さえ生きていればいいのだ。一応、滅兵の指導者は宗司ということになってはいるが、しょせんはお飾りだ。ここで死んだところで大勢に影響はない。

 三十を超えている自分よりもたった八年しか生きていない目の前の少年の方がはるかに優れている。それは覆しようのない事実だ。そして、その事実を覆そうとも思わない。覆したところで意味などない。

 我が子が生きていてさえくれればいい。それは親として当然の気持ちだった。


「だから、遠慮なく事を運べ。そちらもそう時間はかけていられないのだろう? 優先順位を間違えるな。本当に大事なのは、滅兵が人々の救いとなることだ。そのためならば、私の命など二の次でいい」


「……」


 恭司は不満げな顔になる。そういうことを言っているのではない。分かっているにもかかわらず、この父親はあえて的外れなことを言っている。

 だが、それ以上追及しようとはしなかった。今は時間にあまり余裕があるわけではない。もし、これ以上不必要な会話を続けて時間を無駄に浪費すれば、二人の身に危険が及ぶ確率が一気に上がる。だから、恭司は話もそこそこに立ち上がる。


「それでは準備の方をお願いします。何かあれば遠慮なくおっしゃってください。準備が終わりましたら、すぐにご連絡を」


「分かっている。心配するな」


「では、これにて失礼します」


 恭司はうやうやしく礼をすると、そのまま部屋から去る。宗司はその後ろ姿を感情の読めない目で見つめ、すぐに動きはじめた。






 ○○○○○


 滅兵のトップが打ち合わせをしているころ、祓い師のトップたちも打ち合わせをしていた。

 祓師協会本部ビルの会議室の一室にて幹部と六名家当主たち、そして、龍全家の者が集結し話し合っていた。


「ふん。薄汚れたゴミどもなど皆殺しにすればいいだけの話だろう」


「さすが、城神家当主どの。私もそれが一番よいと思っています」


「しかし、あまり短絡的なことはしない方が……」


「何を怯えておられるのか、天霧殿。もしや、あなたは向こうと繋がっておられるのかな?」


「ありえん話ではないな。天霧は龍全を支える我ら名家の中では新参。この機をうかがって、名家に入ったという線も十二分もある」


「なぜ、我々がどうのという話になっているのかは分かりませんが、向こうは民を相当数味方につけているようです。うかつなことをすれば」


「ふん。民? それがどうした? 向こうにつく者どももろとも殺せばいいだけの話だ」


 こちらは滅兵の二人と違って建設的な会話ができているとは言えなかった。祓い師側の意見は滅兵皆殺しが大半を占めており、かろうじて天霧家の当主がそれに反対している程度。ここまでされておきながら、未だに力押しで何とかなると思っている祓い師の上層部たちにはほとほと呆れるしかない。



 さらに極めつけにこの男がとんでもないことを口にする。


「くだらん。さっさとケリをつけろ。滅兵とやらを全て捕らえて拷問にかけて公開処刑でもすれば、祓い師に逆らおうなどと考える馬鹿どもは二度と現れないだろうよ」


 そう言う龍全源烈は明らかにこの件を問題視していない。横で聞いていた統也は気付かれないように小さくため息をつく。隣で孫が冷めた目で見ていることにも気付かずに源烈は続ける。


「まずは向こうの頭を潰す。居所は分かっているのか?」


「は。どうやら、この藍岸の救滅地区にある住宅街にある一軒家に滅兵の指導者とされる虎善宗司がいるようです」


 刀皇が手元にある書類を見ながら報告する。源烈は鼻で大きく息を吐くと会議室にいる全員の顔を見渡し指令を下す。


「今すぐにその虎善宗司とやらを殺す。動ける者は早急にその根城へと向かえ」


 源烈の言葉に全員が無言で立ち上がる。了承の返事を口にする時間が惜しい。彼らの頭にあるのは、生意気にもここまで派手に動いた滅兵たちのトップをいかに早く殺すかということしかなかった。

 直接手を下すのは彼らでなくていい。彼らの家に所属する者が虎善宗司を始末すれば、確実に龍全に評価される。あの傲慢で祓師協会に業務の全てを丸投げしている源烈がわざわざ直々に出てきていることから見てそれは間違いない。そうと決まれば気合いも入るというものだ。

 龍全家は祓い師を統べる家。彼らからの評価が上がるということは必然的に自分たちの家の価値を上げるということだ。そうなれば、確実に他の名家を出し抜ける。上手くいけば、他の名家を押さえつけられるだけでなく、自分たちが龍全にとってかわることすら夢じゃないかもしれない。

 そう考えた彼らは漏れそうになる笑いを必死に我慢する。それが何の意味もない無駄な行為だと彼らが気付くことなどありはしなかった。






 ○○○○○


 緑陸有宝村。その南部にある廃ビルの屋上でワライとサケビは佇んでいた。東の海から吹き込んでくる風が二人のマントを揺らす。しかし、二人は微動だにしない。


「本当、呆れるくらい計画通りだなぁ。少しは予想から外れてほしいもんだよ」


 屋上のフェンスの上に腰かけながら、つまらなそうにワライは言う。


「油断は禁物だと言いたいところだが、確かに少々手ごたえがなさすぎるな」


 サケビもどうやらワライに同意のようだ。あまりに事が上手く運びすぎている。状況が状況なら罠ではないかと疑いたくなるところだ。


「まあいいさ。どうでもいい奴を敵にしても仕方がないし、これくらいでちょうどいい。死ぬほど退屈だけどね」


「なら、少しはマシにしたらどうだ?」


「してもしょうがないでしょ。それはそれで面倒だし。それにこの後の予行演習だと思えば、大して辛くない」


「予行演習?」


「ん? ああ、こっちの話」


 ワライははぐらかす。サケビは不信感を抱いたが、あえて口にすることはしない。話題を変えて、少々気まずくなってしまった雰囲気を変えようとする。


「それで? これから、どう動くつもりだ」


「どうとでも動けるよ。ただちょっと面白くしようかなとは思ってる。出ておいで」


 最後の一言はワライに向けられたものではなかった。屋上の入口の扉の裏でボーッとしていた()に対するものだった。

 男はワライの呼びかけに従って、素直に二人の前に姿を現す。サケビはその男の姿を見て大きく目を見開く。そして、すぐに諦めたようにため息をつく。


「まったくお前もつくづく性格が悪い」


「遊び心に満ちあふれていると言ってほしいなぁ」


「これのどこが遊び心だ」


 サケビは呆れたような目で男を見る。男は無表情のままサケビをじっと見返す。これ以上は時間の無駄だと悟ったサケビは再びため息をつくとフェンスに背中を預ける。


「さあ、祓い師、そして、滅兵諸君。君らは僕らの攻めを凌ぎきることができるかな?」


 仮面の上からでも分かるほど凄絶な笑みを浮かべ、ワライは言い放つ。よく通る声だった。しかし、聞き取れたのは側にいたサケビと男くらいのものだっただろう。その言葉は風に乗り、やがて消えていく。

 そして、再び屋上を見ると三人の姿は跡形もなく消え去っていた。

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