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感づき

 滅兵たちの動きは迅速だった。この一月足らずで多くの悪霊を滅ぼし、狼藉を働く祓い師を五十人以上殺した。

 さすがにここまでされて気付かないほど祓い師たちは鈍くはなかった。むしろ、気付くのが遅すぎたくらいだ。だが、彼らは何の問題もないと思っていた。今までより多少面倒なだけで、今回も何の問題もなく片がづくと思っていた。



 祓師協会本部ビル七階。エレベーター正面の廊下の一番再奥に位置する執務室にて一人の男がドアを背にして立っていた。祓師協会理事長の木下良蔵だ。

 ノックをして部屋に入ってきた男性は一例をすると、その背に向けて言う。


「ご報告いたします。再び黒層にて祓い師五名が死亡した模様です」


「またか。思っていたより動きが速い。対策は?」


「はっ。ただいま、調査チーム及び殲滅部隊を編成しておりますが、相次ぐ祓い師殺人事件による混乱の余波で難航しています」


「やれやれ。予想はついていたとはいえ、今まで敵なしだったことの弊害に悩まされている形だな」


 敵がいないというのも考え物だと木下は思う。今まで祓い師の脅威となるのは悪霊だけであった。だからこそ、祓い師たちは悪霊にのみ目を向け、人々には一切の関心を向けなかった。向けたとしても、せいぜい自分たちに傅く奴隷のようなものとしか認識していなかった。これまでは祓い師の敵になる人間がいなかったのだから、それはある意味仕方がないことだ。

 もちろん、祓い師に逆らう者はいたが、そんなものはすぐに始末することができた。だから、今回も最初は今まで通りにすぐに片がつくと祓い師たちは完全に油断していた。その隙をつかれた形だ。



 だが、木下にとってそんなことは問題ではなかった。問題なのはこれまでどんなに油断をしていても問題のなかった祓い師の持つ優位性が今回の一件で根底から覆される危険があるということだ。

 前までのように舐めてかかるわけにはいかない。しかし、上層部――もとい、龍全家は完全に今回の敵を見くびっている。以前よりは多少できる人間が出てきた。その程度にしか考えていなかったのだ。

 祓い師は龍全家が全権を握っている。そのため、木下は彼らの意向に従うより他にない。しかし、明らかに油断してはならない相手に先手を許してしまっている現状に不満を持っているのも事実だ。


「とりあえず、できるだけ編成を急げ。あまりもたもたしていると万が一ということもあるかもしれん。上には私の方から報告する」


「はっ」


 部下の男は再び一礼すると足早に部屋をあとにする。木下は急ぎ足で去っていく部下の足音を聞きながら、小さくため息をついた。


「滅兵…… か」


 木下は窓の外の景色を見ながら独りごちる。これまでに入ってきた報告によると、滅兵と名乗る者たちは呪符らしきものを一切使用せずに術を行使しているという。

 それが本当ならば、呪符を用いて術を発動している祓い師に比べワンテンポ速く術を発動させることができる。だとすれば、相当な脅威になるだろう。

 祓い師も決して発動速度を蔑ろにしているわけではない。少しでも速く術を発動できるように、日々修練を重ねている。中には呪符を使っているとは思えないほどの速さで術を扱う者も存在している。しかし、そんな者は一握りだ。



 呪符を用いて呪力を扱うには相応の修練と才が必要だ。それに加え、祓い師になるためには決して欠かすことのできない試練を突破することが必須となる。そして、その試練を突破することは生半可な覚悟ではできない。そして、突破できたとしてもその後の悪霊との戦いで命を落としたり、壊れて戦えなくなってしまう者も多い。

 だから、祓い師の人数は決して多くはない。全人口の一パーセントにも遠く及ばない。それだけ希少だからこそ祓い師たちは重宝され、多少のわがままは見逃されてきた。彼らがいなくなってしまえば、抗う術を持たぬ人々はあっという間に悪霊たちに食い尽くされてしまうからだ。

 しかし、それもこの一件で現れた滅兵と名乗る者たちによって覆されるかもしれない。そんなことになればどうなるかなど容易に想像がつく。

 願わくば想像の通りにならぬよう木下は静かに祈り、そして、滅兵と名乗る者たちの一掃を誓った。






 ○○○○○


 藍岸にあるとある山。そこにある山小屋のようなところで硬と堅は向かい合って座っていた。


「どうやら、順調のようだな」


「うん。ここまではやりたい放題やれた。だけど、それもここまでだろうな」


 彼らを初めとして、多くの滅兵たちがこの一ヶ月の間に祓い師に牙をむき続けた。だが、向こうもいい加減動くだろう。もし未だに何の対策を打たずともどうとでもなるなどと思っているのならば、さすがに救いようがなさすぎる。

 つまり、十中八九滅兵を潰すために祓い師の精鋭たちが動きはじめるということだ。



 だが、それは滅兵にとっては望むところだった。彼らは気付かれていなかっただけで長い間身を潜め動き続けてきた。全てはこの時のためだ。

 祓い師の一強時代を終わらせる。それこそが彼らの悲願だった。


「向こうはどう出るかね?」


「さてね。そのあたりは虎善の人間の仕事だ。こっちの領分じゃない」


「確かにな」


 二人はあくまで滅兵の手先という体で動いていた。というより、事実上手先と同じだった。



 そもそも、今、起こっている事態は祓い師の名門一族・虎善家が今の祓い師の在りように疑問を覚えたことに起因する。今の祓い師たちは完全に堕落している。過去の祓い師たちが実力でもぎ取った権力を笠に着て人々を虐げている。それどころか、実力のない者や祓い師の候補にすぎない者たちまでもが人々に狼藉を働く始末。先日硬が殺したスキンヘッドの大男もその一人だ。見た目は強く見えるが、その実祓い師の候補に過ぎず、戦闘力自体は大したことはない。現に硬は殺気を隠しもせずに攻撃したにもかかわらず反応することもできずに殺されている。

 実力が伴っていないのに、祓い師の持つ権力をむやみやたらに振り回す者があまりに多いのだ。

 しかし、これは祓い師だけを責めるのも酷だろう。彼らは破綻していなくては成立しない。最初こそ望まれて生まれたのかもしれないが、いずれはこうなることは火を見るより明らかだったはずだ。



 そして、それは滅兵とて例外ではない。下手をすれば、祓い師よりもひどい状況を作ってしまうこともあり得る。だが……。


「人は他人だけが力を持つことをよしとしないからね。自分も必ずそれ以上の力を欲する。止めることなどできはしない。だから、この流れは仕方のないことだ」


「何だよ? いまさら……」


「いまさらでもないさ。人はいつだって同じ事を繰り返す。こうなることは読もうと読めたはずだ。それを安心しきって放置していた時点で祓い師の底も知れるってもんだよ」


「おいおい、楽観的だな。まだまだ、これからだってのに」


 硬は祓い師を甘く見ているような発言をする堅を窘めようとする。しかし、堅は聞く耳を持たない。


「楽観視してるつもりはないさ。ただこれは必然だ」


 堅はそこで一拍置く。薄ら笑いを浮かべて、堅は言う。


「彼らにはせいぜい踏み台になってもらうさ。もっとも、踏み台と呼ぶにはあまりに低く脆いけどね」


 硬は何も答えない。答えることに意味がないからだ。彼はやると決めたことは必ず成し遂げる。それだけの力を彼は有してしまっている。

 硬はつまらなそうな顔になって立ち上がると、山小屋から出ていく。堅はその後ろ姿を意味深な笑みを浮かべながら見ていた。


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