終いの会話5
第五章最終話です
神殿地区明神神社。社の階段にワライは腰かけていた。正体が露見したにもかかわらず、相変わらず仮面とフードを被っていたワライは機嫌がいいのか鼻歌を口ずさんでいた。
周囲の森の草木たちはワライの能力によるものなのかワライの鼻歌にあわせてうねうねと動いている。ワライは彼らを一瞥すると指揮者のように両腕を動かす。草木たちはそれに従い動いている。ワライはさらに機嫌がよくなり、今度は何かの歌を綺麗な高音で歌いはじめる。
そんなワライに呆れが混じった声で話しかける者がいた。
「機嫌よさそうだな。ワライ」
話しかけた人間の方に顔を向けるとクスリと笑い、歌うのをやめる。それと同時に草木たちも動きを止め元の自然な姿に戻る。
それを確認してから、ワライはその人物の方を向いて問いに答える。
「まあね。復活ご苦労様。亡霊さん」
ワライの視線の先には同じく仮面とフードを被ったサケビの姿があった。その横にはクルイの姿もある。
先ほど武との戦いで死んだはずのサケビがぴんぴんとした姿で立っているにもかかわらず、誰も驚かない。最初から予定に入っていたからだ。
「やれやれ。正直かなり雑な戦闘だったな。あんな白々しいじゃれあいをするくらいなら、無駄に抵抗せずにさっさと殺されてやればよかったか?」
「やー、それじゃつまらないでしょ。やっぱり、多少は派手にやらないとさ」
ワライの発言にサケビは呆れる。しかし、そんなサケビの心情などお構いなしにクルイが口を開く。
「それでこれからどうするの? ジン」
抑揚のない声で尋ねてくるクルイにワライは苦笑いする。
「いやいや、分かりきってるでしょ。もう忘れちゃったの?」
「やっぱり、戦うの? 武と……」
ワライのマントを掴みながら先ほどとはうってかわってトーンを下げてそんなことを聞くクルイ。明らかにその声には悲しみの感情が隠されている。
「仕方がないことだよ。あいつと僕が戦うのは必須だ」
「それは誰にとっての必須?」
「もちろん僕にとってさ。それよりも、僕のことはジンじゃなくてワライって――」
「ジンは自分勝手」
ワライの言葉を遮ってクルイはそんなことを言う。訂正してほしいということは伝わっているはずなのに、あえてジンと呼ぶクルイにワライは乾いた笑いをするしかない。
「自分勝手ね。人は皆そうでしょ。ただそれを押し通せるかどうかは力や強さに関わってくるってだけでね。慈善活動をしている連中も、他人のために平気で自分を犠牲にしている馬鹿も結局は自己満足のためにやってるに過ぎないんだからさ」
ワライの言葉にクルイは不満げだがそれ以上は何も言わない。人が救いようもない愚物だということは彼女も身をもって知っているからだ。
「ああ、ごめんね。変な話聞かせちゃって。不愉快な気持ちになったんなら謝るよ」
悪びれもせずにそんなことを言うワライにクルイは小さく嘆息をつくとそっぽを向く。どうやら、完全に拗ねてしまったらしい。サケビは頭をかいてまいったな、などと心にもないことを呟いているとサケビが口を開く。
「これからすぐにでも忙しくなるな。準備はできてるか?」
「とうにできてるさ。それにすぐにってのは不正確だよ」
「何?」
言っていることが理解できなかった。もうすでに八月一日に入っている。それどころか、あと数時間で夜明けだ。もう今すぐにでも始まってもおかしくないのに、まだ他に何かあるというのか。
猜疑心に満ちた目を向けてくるサケビにワライは苦笑する。
「心配しないで。あくまですぐに始められないってのはこっちの都合だ。実際には多分あともう少しで始まると思うよ」
「一体何の話だ?」
「あんたは知らなくていいよ。言ったでしょ? こっちの都合だってさ」
ワライは階段から立ち上がると、数段降りてクルイとサケビの横を通り抜ける。そして、少し歩いたところで立ち止まる。その後ろ姿を二人はじっと見ている。
「さて、それじゃあそろそろ始めるとしようか。謎を解き明かして深める過去の物語って奴を……」
ワライは右手を空に掲げる。そして、微笑。
「さあ、上映開始だ」
空我が掲げた右手の指を鳴らすと須臾の間、辺りが真っ暗になった。
そして、ほんのわずかな時間だけ物語は十年前まで遡る。
これにて第五章及び第一部終了です
次回から第二部『ワライ編』に入っていく予定です




