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クルイきった者たちが送る異世界の日々  作者: 夢屋将仁
第五章 ひとまずの終結
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空虚な勝利

 ああ。何て空虚で荒唐無稽なのだろう。本当に世も末だと思う。もうとっくに世界の末など終わってしまっているが、それでも心の底から思う、だが、しょせんはそんなものだ。だからこそ、こんなどうでもいいことに人は死力を尽くすのだろう。



 武と統也の死闘は熾烈を極めていた。手数では武の方が上回っていたが、厄介さで統也は武を攻める。まともに食らえば、下手をすれば大ダメージを受けてしまいかねないことから、武は統也の攻撃を回避するより他にない。そのため攻めきれずにいた。

 統也は武の双手突きを捌くと、右アッパーで攻撃直後の無防備な状態となっている武の顎を狙う。武は後ろに倒れかかることでそのアッパーをかわす。統也は後ろに体が反っていることでバランスが不安定になっている武の足を払って倒すと、その顔面めがけて右の拳を振り下ろす。

 武はそれも間一髪でかわすと統也から距離を取る。


「どうした? この程度か?」


「言ってろ。すぐにその笑みをぐちゃぐちゃに歪めてやるよ。てめえの弱点、見切った!」


 武は体を沈み込ませると、今までよりも攻撃の速度を上げて手数を増やす。統也は今まで通り左手一本と回避で捌ききろうとするが、徐々に攻撃を受けきれなくなってくる。


「どうした? そんな不完全な防御じゃいつかやられるぜ?」


「そりゃ勘違いだ。お前の攻撃程度などこれで充分」


「あっそ」


 武は右ストレートで殴りかかると見せかけて左のスマッシュで統也の顔面を狙う。


「!」


 統也はかろうじて右腕で受けるも、受けきれずに吹き飛ばされてしまう。体勢を立て直して何とか着地をする。だが、右腕は痺れていてほとんど感覚がない。よく見ると鬱血している。

 統也は額に脂汗をかく。


「なるほど。今まで手を抜いてたってわけか」


「ああ。だが、それももう終いだ。言ったろ? お前の弱点はもう見切ったってな」


「……」


 統也は無言で武を睨む。武は全く意に介していない様子で言葉を続ける。


「別にてめえの弱点なんざ見てりゃ誰でも分かる。あのお前の悪意(呪力)をぶつける攻撃はその刺青が彫られた右腕でしかできねえって事だ」


「やっぱり気付いてたのか」


「とっくの昔にな。そもそも、あれだけ右腕一本で攻撃してたってのに気付かない方がどうかしてる」


 武の指摘に統也は答えない。統也の技は良くも悪くも一撃必殺。その技のタネは一度見られれば聡い者ならすぐに見破ってしまう。だからこそ、初撃でケリをつける必要があるのだが、武は軽く腕を焦がす程度ですませてしまった。これはさすがに想定外だった。

 しかし、両者とも結果に大して頓着がなかったのも事実。だから、武は冷静に宣告する。


「そろそろ終わらせる。見せてやるよ。本当の右腕の攻撃ってやつをな」


 武は右腕を引いて目にも止まらぬ速度で腕を振るう。刹那、統也は周囲の樹木ごと大きく吹き飛ばされる。辺り一面クレーターのようになり、木々は倒れ虫たちの鳴き声も聞こえなくなった。

 それどころか、広大な森の木々が丸ごと消失し、ただの荒れ地と成り果ててしまった。


「ふん。これだけの威力で殴っても、まだ息があるのか」


 武は呆れた表情で頭から血を流して倒れている統也の下へと歩く。統也は動けない。かろうじて意識を保っているだけで、もう彼の命は長くない。たった一撃で彼は致命傷を負わされてしまったのだ。


「やはり…… 俺では歯が立たなかったか」


「どうだかな。少なくとも、今までで一番の威力を出したつもりだったからな。そういう意味では善戦したって言った方がいいんじゃねえか? まぁ、俺に正しい単語など分かりはしないがな」


 武は肩をすくめる。統也はそんな武を見て思わず笑ってしまう。相変わらずの締まりのなさに懐かしさを覚えてしまう。


「ふっ。まあいいさ。そろそろ俺は消えるとするよ。じゃあ、また()でな」


「おう」


 薄く笑って不可解なことを言う統也に右手を上げて平時と変わらない表情で答える武。何も知らない者がいれば明らかに異様な光景に映るのだろうが、二人にとっては何の変哲もないただの日常の一コマでしかなかった。

 その一コマを笑いながら過ごした統也は次の瞬間事切れた。武は少しの間冷めた目でその死体を見下ろすと、何もすることなくその場から去っていく。



 原形を留めていないほど破壊された森を抜け、畔道を歩く途中で武はふと立ち止まる。何の気なしに空を見上げると雲一つない満点の星空が広がっていた。


地上(した)がどれほど変わっても(うえ)は本当に変わらねえな。まぁ、この程度じゃ何も変わりはしねえのは当たり前のことか」


 つくづく人間の矮小さを思い知らされる。どれほど、地球(この星)を破壊したとしても宇宙(そら)は変わらない。人などしょせん地球を破壊するのが精一杯の脆弱な生き物なのだ。だが、その脆弱なはずの生き物が何をどうしたらあんなことをやってのけてしまうのか……。


「世界っていうのは本当に分からねえもんだ。まぁ、あいつらに分からねえのに俺が分かるわけねえか」


 諦めたように小さく笑うと今度は下の田んぼを向く。そこには何も知らずにカエルがゲコゲコと鳴いていた。人がどんなに人を殺めても動物(彼ら)には関係ない。人の愚かな行為など関知することなく彼らは彼らなりに必死に生きていく。その事実に思わず噴き出してしまった武はそのカエルを踏みつぶすと再び前を向く。


「さて、これでひとまずは終結を迎えたわけだ。そして、また今日から忙しくなるんだろうな」


 武はうんざりしたようにため息をつく。今日はまだ比較的楽な方だった。しかし、ここから先はそうも言っていられない。


「やれやれ。俺にどこまでやれるもんか」


 武は自信なさげにそう呟くと夜の闇へと消えていった。武が消えた後、その地には複数のカエルの鳴き声が鳴り響いていた。まるで、何をしても報われない人の愚かさを嘲笑うかのように……。

かなり短いですが、次回第五章及び第一部最終話です

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