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クルイきった者たちが送る異世界の日々  作者: 夢屋将仁
第五章 ひとまずの終結
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サケビとの対峙

 夜も更けてきた。日付はとうに跨いでしまっており、もう八月に入ってしまっている。しかし、森は変わらない景色を見せ続けている。虫たちも相変わらず不協和音を奏でるように鳴いている。

 暇つぶしついでにうたた寝をしていた武は突然目を覚ました。標的が来る気配を感じたからだ。


「遅かったな」


 上半身だけ起こしながら話しかける。サケビは足音も立てずにゆっくりとこちらに近付いてくる。彼は悠然と歩きながら言葉を紡ぐ。


「これでも急いできたつもりだったんだがな。待たせたのなら非礼を詫びよう」


「気にするなよ。三時間近く待たされたことには違いねえが、夜の森で眠るってのもなかなかいいもんだぜ」


 武は両腕を上げて軽く伸びをする。体に若干の倦怠感を感じる。どうやら、思っていた以上に深く眠っていたようだ。

 しかし、すぐにその倦怠感も消える。


「そうか。ならば、今度試してみようか」


 サケビは仮面の口の部分に手をやりながら、そんなことを言う。武はサケビの言葉を肯定するように大きく頷く。


「ああ。きっとお前も気に入ると思うぜ」


 武は立ち上がると背中と尻についた土を払う。そして、サケビと向かい合う。武は破顔する。


「さて、一応久しぶりと言っておこうか、サケビ。いや、それとも龍全統也と呼んだ方がいいのか?」


 サケビはしばし黙り込むと、仮面とフードを取る。そこには、武の言葉通り龍全統也の顔があった。


「どちらでも構わない。どうせ、今の俺に名など意味はない」


 冷たい声で切り捨てる。武は呆れた顔になって、サケビの言葉に突っ込みを入れる。


「いやいや、んなこたねえだろ。あんたには立派な名前があったじゃねえか」


「『クロオカマサル』か。もうとうに捨てた名だ」


 統也は感情を感じさせない声で吐き捨てる。武は苦笑いをするしかない。確かに彼にとって名など意味はない。そして、それは他の人間も同じことだ。

 ただ彼が群を抜いて名が無価値になってしまっているだけのことである。


「まぁ、何でもいいさ。とにかく、ここで俺とお前が戦えばいいんだろ?」


「そうだ。それが俺たちに定められた運命だ」


「運命ねぇ。まだ大げさな物言いだな」


「事実だ。それ以外に俺たちの存在に意味などない」


「そういうこと言ってるから、前回いろいろやらかしたんだよ」


 ため息がちに武がそう言うと統也は黙り込む。武は頭をかくと、ファイティングポーズを取る。


「まぁ、だらだら喋ってるのは性に合わねえしな。そろそろ始めようか」


「ああ」


 統也も腰を沈め、戦闘態勢を取る。二人は何の術も発動することなく生身で動き出す。

 武は先手必勝とばかりに右ストレートを統也の顔面に放つ。統也はそれを受け流しつつ、逆にカウンターを武の顔面に叩き込もうとする。武は体を反らしながらそれをかわし、お返しとばかりに蹴りを統也の脇腹に入れようとする。統也は後ろに飛び退いてかわし、体勢を立て直す。武もその時間を使って十分な体勢を作る。


「さすがに強いな」


 どことなく空虚な響きを持った言葉に武は小さくため息をつく。そして、右手の人差し指を統也の方に向ける。


「様子見の段階で何寝ぼけたこと言ってやがる。いつまでもお前の準備運動に付き合ってやるほど、俺の気は長くねえぞ」


「案ずるな。そろそろ始める」


 統也はマントの裾をめくって右腕を晒す。腕には刺青のようなものが入れられていた。武は怪訝そうにそれを見る。


「何だ? そいつは……」


「見てれば分かる」


 統也は武の問いに答えることなく左手の人差し指で右腕をついっとなぞる。すると、右腕の刺青が青く光る。


「それは……」


 武が何かを言うよりも前に統也はその右腕を振るう。青い衝撃波が波濤のように武に襲いかかってくる。武はとっさに白い呪力を纏い右腕を使って防御するが、防ぎきれずに少し吹き飛ばされる。

 自分を吹き飛ばした相手から極力視線を外さないように気をつけながら、自分の右腕を見る。統也の攻撃が当たった部分がかすかに焦げていた。


(今のは海神波一の技に似ている。しかし、似て非なるものだな。海神の技が呪力で作った大量の本物の水をぶつけてくる技だとすれば、こっちは水を模した大量の呪力をぶつけてくる技だ)


 大した違いのようには見えない。それどころか先ほどの攻撃方法に関しては波一の劣化版でしかない。実際、水という実体を持っている以上波一の方が攻撃力は高いだろう。汎用性は高いかもしれないが、それは波一も同じ事だ。つまり、この術の恐ろしさは別にある。


(自分の悪意を直接ぶつけることができる。それがこの術の強みだな)


 呪力はその人物の意志そのもの。当然、何の防壁も施さずに使えば相手に意識ごと乗っ取られてしまう危険がある。

 だが、逆に言えばあえてむき出しにすることで自分の悪意(意志)を相手に見舞うことができる。あまりにも危険すぎる方法で失敗したときの損害も大きいが、成功すれば相手を再起不能にするほどのダメージを与えることも不可能ではない。



 しかし、だからといって並大抵の覚悟でできることではない。そして、やろうと思ったところで半端な悪意では通用しない。狂気に近いレベルの思考と自分の身を顧みない無鉄砲さが両立していなくてはできない攻撃だ。

 つまりは、目の前のこの男もこの世界に存在する人間(・・)たちの例に漏れず狂っているということだ。


「いいねぇ。正直、ちょっと舐めてたところはあるが認識を改めよう。俺の持つ全ての力をもってお前を殺す」


 武は先刻までとは比べものにならないほどの白い呪力を放出する。獰猛な笑みを浮かべた武は未だに右腕から青い呪力を迸らせる統也へと殴りかかっていく。武の渾身の右ストレートを統也はその右腕で受け止めた――。






 ○○○○○


 藍岸王臣地区。神殿地区と比べれば質素な街に空我はいた。

 誰もいない市街地に備えつけられたベンチに座り込み、どこからか取り出した缶コーヒーを口につける。一息ついたところで口を開く。


「いつまでそこに隠れているんだい? お二人さん」


 呼びかけに二人――南条と北村は肩をびくつかせる。しかし、深呼吸をすることで何とか落ち着きを取り戻すと空我の前に姿を現す。


「いつから気付いていた?」


「最初からだよ。というより、こうなるように仕向けたと言った方が正確かな? 君たちがボレにボコボコにされて気絶した後、わざわざ意識を取り戻すのを待って姿を見せたんだからね。まぁ、まさか途中で見失うとは思ってなかったけど」


 しゃあしゃあと語る空我に二人は歯ぎしりする。途中、二人に見失わせたのは明らかにわざとだ。その理由までは二人には分からなかったが、それでも故意だったということだけは分かる。

 だが、そんなことは関係なかった。二人にとって――滅兵にとっての仇敵とも呼べる目の前の男を殺す。それしか二人の頭にはなかった。何を企んでいるのかなど関係ない。この男を殺さなければ、この戦いで殺されていった滅兵たちも浮かばれない。実際この男は恭司だけに飽き足らず、この戦いで数多くの滅兵を殺している。見逃す選択肢などどこにもありはしない。


「言い残すことはそれだけか? なら、そろそろ行くぜ。正義のために貴様を殺す!」


 北村は呪力を放出し、臨戦態勢を取る。南条も同様の行動を取る。しかし、その呪力(ちから)は哀れになるほど薄っぺらく弱い。

 空我は思わず鼻で笑ってしまう。それが二人の癪に障ったのか、額に青筋を浮かべる。


「何がおかしい?」


「いや、おかしいだろ。正義? そんな儚い力で? 偽善を掲げる滅兵の一員であるお前たちがこの僕を? 笑わせないでよ。何かのギャグかい? どっかのお笑い番組にでも出ればグランプリ間違いなしだよ」


 空我の挑発に怒りのボルテージが振り切れた二人は空我に襲いかかる。空我はベンチに座り微動だにしない。二人は自分たちの奇襲が完全に成功したと思う。そして、次の瞬間には二人とも床に叩きつけられていた。


「がはっ!」


「ぐっ! 何が……」


 二人は何が起きたか分らないといった表情をする。空我はベンチから動いていない。にもかかわらず、謎の力で床に叩きつけられた。呪符を使っていないことから少なくとも祓術ではない。しかし、それ以外のことは何も分からなかった。

 予備動作も呪力の放出もなしにこれだけの大技を使ってみせた空我に南条と北村は本能的に恐怖を抱く。

 しかし、空我は完全に興味が失せたようでベンチから立ち上がると二人に背を向ける。


「! どこに行く!?」


「別に、お前らには関係ないだろう?」


「ふざけるな! 戦いを放棄するつもりか!?」


 明らかに立ち去ろうとしている空我の背に北村が叫ぶ。空我は振り向くことなく一言。


「放棄? 随分と自惚れてるねぇ。僕とお前らで戦いになると本気で思っていたのかい? エセヒーローさん」


 空我はそれだけ言うとその場から姿を消す。南条と北村は空我の一撃によるダメージが大きく思うように体を動かすことができない。


「くそっ! 逃がしたか!」


「ちぃっ!」


 二人は地べたに這いつくばりながら床を叩く。その顔には心底悔しさが滲み出ていた。あまりの惨めさに人によってはおかしそうに笑うことだろう。

 しかし、そんな人間はどこにもいない。そもそも二人以外に人などいない。もうほとんどの人間は死んだ。残された人間はほとんどいない。だから、こんなところに誰かが来る確率などゼロに近い。だが、今はプラスの方向に作用していた。今、敵に来られたら二人は抵抗することなく殺されるだろう。

 結局二人は辛酸をなめることしかできなかった。しかし、二人を待ち受ける悲劇はこの程度では許しはしない。そのことを当の本人たちだけが知らなかった。

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