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クルイきった者たちが送る異世界の日々  作者: 夢屋将仁
第五章 ひとまずの終結
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絶望的な戦況

 木下と咲原の戦闘をきっかけに戦いの火蓋が切られた。しかし、それは戦いと呼ぶにはあまりに一方的すぎるものだった。今まであえて見逃されてきた祓師協会所属の祓い師たちが次々と殺されていく。

 他の四国の人間が皆殺しにされたことで悪霊たちが藍岸に戦力を集中させてきたのだ。それに加えて六本柱を含む精鋭たちまでもが寝返ったのだから、祓師協会側に勝ちの目などあるはずもなかった。それに加えて、祓師協会の理事長も殺されたのだ。彼らの士気はどん底といってよかった。そうでなくても、実力差は圧倒的だ。戦意がない彼らはただ殺されるだけの獲物(エサ)でしかなかった。



 そして、滅兵も他人事ではなかった。自分たちが支配していた白脈と黒層が壊滅させられ、復讐を誓った彼らだったができることなど何もなかった。滅兵の生命線とも呼べる善也、スタトラ、波一、応蛇、黒矢の五名が動こうとしないのだ。滅兵は飛躍的に力を伸ばしてきたとはいえ、最上級悪霊相手ではたかが知れている。ほとんどが上級悪霊にすら圧倒される程度の実力しかないのだ。勝負になるはずがなかった。



 残された滅兵の戦力の中で主力となり得る南条と北村は死にものぐるいで戦っていた。しかし、焼け石に水だった。南条も北村も相手の圧倒的な力の前に吹き飛ばされてしまう。


「はぁ、はぁ…… くそっ!!」


 南条は眼前を睨みつける。そこには息一つ乱さず、かすり傷一つ負っていないボレの姿があった。


「話にならないな。滅兵は上位五名以外は雑魚しかいないとは聞かされてはいたが、まさかここまで弱いとはね」


 ボレは失望した様子で南条たちを見下ろす。南条は悔しそうに唇を噛む。北村に至っては目を血走らせて、親の敵のようにボレを見ている。


「…… 落ち着け、北村。挑発に乗ったら、相手の思うつぼだ」


 怒りで拳を振るわせながらも南条は自分を見失いかけている北村を制止しようとする。しかし、北村の耳には届いていない。


「弱いだと? 弱いかどうか、てめえの体で確かめてみろ!!」


 北村は拳を滅術で強化してボレに襲いかかる。北村の一撃はボレの頬に綺麗に決まる。北村はニヤリと笑う。


「どうだ? これでも、まだ俺を弱いと言うか?」


 北村は汗をかきながらも笑う。しかし、その笑みはすぐにひきつったものとなる。ボレは冷めた目で北村を見下ろしていた。北村の拳など全く効いていない。


「ああ、弱いな」


 ボレは返礼の一撃を北村の顔面に見舞う。北村は霊術を使っていないボレの拳に歯が立たずに再び吹き飛ばされてしまう。


「ちく…… しょう…… っ!!!」


 北村は手を地面に叩きつけながらも起き上がろうとするが、今まで蓄積されてきたダメージが大きいのか立ち上がることができない。南条は舌をちぎれそうになるまで噛みながらも必死に飛びかかりたい衝動に耐える。無策で突っ込んでも、今のように返り討ちにされるだけだ。隙を見つけ出して襲いかかるより他に手はない。

 南条は目を大きく見開く。目を皿のようにしてボレを見つめ、必死に隙を探そうとする。ほんのわずかな隙も見逃さない。そんな気迫が感じられる。

 しかし、ボレは鼻で息を吐くと、つまらなそうな顔で二人に背を向ける。


「つまらないな。これ以上、貴様らに時間を割く価値もない。俺はもう行く」


 こちらを馬鹿にしているとしか思えない大きな隙を晒した上での挑発。さすがの南条も耐えることができなかった。その首めがけて襲いかかる。だが、ボレは振り向きざまに後ろ回し蹴りを南条の腹に決める。


「かはっ!」


 喉が潰れたような呻き声が漏れる。南条は必死に立ち上がろうとしていた北村とぶつかりながら無様にも地面に倒れ伏す。ボレは二人の無様な姿を一瞥することなく、その場を立ち去る。


「く…… そ…… っ!」


 南条は薄れゆく意識の中で恨み言をこぼした。北村は南条が意識を手放す少し前に既に気絶してしまっていた。



 それから、一時間近くが経ったころ、二人は目を覚ます。


「ここは……」


 南条は首だけを動かして状況を把握しようとしているが、まだ意識がぼんやりとしているためか状況が把握できない。街灯も何もついていない真っ暗な闇しか見えていなかった。しかたなく、空を見上げると光がないゆえに目の前に広がる満点の星空が見えた。一瞬見とれかけるが、すぐに今までのことを思い出し勢いよく起き上がる。


「奴は…… !」


「どうやら、ここにはいないらしい」


「! 北村」


 声のした方を向くと、頭を押さえながら上半身だけを起き上がらせている北村の姿が目に入る。あちこちに傷を負いながらも、元気そうな姿の北村を見て南条は安堵の息をこぼす。


「しかし、奴は一体何のために俺たちを見逃したんだ?」


 北村のもっともな疑問に南条は考え込む。


「分からない。だが、ろくでもない理由なのは間違いないだろう」


「そりゃそうか」


 北村は歯ぎしりする。完全に虚仮にされ、見くびられた。先ほどの悪霊は自分たちを敵だとすら思っていなかった。そして、そう思っても仕方がないと思えるほどの圧倒的な実力差。悔しいが、南条と北村の二人では逆立ちしても勝てそうにない相手だ。


「だが、今はそんなことを考えている暇はない。どれだけ気絶していたかは知らないが、俺たちはかなりの時間を無駄にしてしまった。これ以上もたもたしていれば、ますます状況は悪くなる」


「そうだな。とりあえず、また動き出して…… ん?」


「どうした?」


 突然言葉を止めて、どこかを凝視している北村に南条は怪訝そうな顔で問う。北村は答えることなく、ある方向を指さす。南条がそちらを見ると大きく目を見開く。


「奴は…… !!」


 南条は必死に声を絞り出して言う。いまや、彼らの頭の中に悪霊や裏切った祓い師たちのことなどなかった。彼らの思考は目の前にいる人物(・・)のことについて占められていた。


「城神…… 空我…… !!」


 北村の言葉で南条はハッとなる。城神空我。自分たちの元締めである虎善恭司を歓楽戦にて殺害した男。滅兵にとっての仇敵。そんな男が目の前にいて何もせずにいられるほど彼らは冷静ではなかった。



 空我は南条たちには気付いていないようだ。彼らの方に一度も視線を向けていない。ただ何かを探すように辺りをキョロキョロとしている。


「何をしてるんだ? 奴は……」


「しっ!」


 思わず呟いた北村を制しながら、南条は空我を必死に観察する。本当ならば今すぐにでも襲いかかってやりたかったところだったが、明らかに何かを探している空我の様子を見ることにする。うまくいけば、憎き仇敵(かたき)にひと泡吹かせられるかもしれない。

 そんなことを考えていると、空我がゆったりとした動きでその場から立ち去る。


「動いた!」


「追うぞ!」


 二人は大慌てで空我の後を追った。背を向けていたがために、空我の口元が大きく歪められていたことに二人が気付くことはなかった。






 ○○○○○


 それから、残された祓い師や滅兵たちが皆殺しにされるまでにさほど時間はかからなかった。裏切った祓い師や消息不明の滅兵、そして、悪霊たちを除けば生き残っているのはほんのわずか。その数少ない生き残りの一人である伊形鵬は息を荒げながらも街を疾走していた。


「くそっ! どうして、こんなことに…… !」


 呻くように紡がれた言葉に答える者はいない。鵬は舌打ちしつつも街を走る。



 藍岸天上(てんじょう)地区。六名家の中ではもっとも新参の天霧家が縄張りとする場所だ。ここは他の六名家が支配する地よりも警備は緩い。その理由は簡単。防犯設備や施設、備蓄といったものが他の五つの地よりも少ないからだ。ゆえに極めて少ない人数しかこの場所には人員が置かれていない。まぁ、もともと向こうには大した人数はいなかったが。



 滅兵たちが支配する地は向こうの警戒が極めて厳しい。だからこそ、鵬は比較的守りが薄いこの地に飛び込んだのだ。向こうも祓い師たちが統べる土地に未だに人がいるとは思っていないはずだという判断だ。

 もちろん、向こうだってその程度は読めているはず。気休めにしかならないが、他よりはマシだ。とにかく、身を潜め向こうの攻撃をしのぎつつ反撃の機を狙う。それに何の意味があるかは分からなかったが、それ以外に鵬に希望が見いだせなかった。

 しかし、そうは問屋が卸さなかった。鵬は足を止める。正面には黒いマントに狂ったように笑っている仮面を被った人物が立っていた。ワライだ。


「はぁ、はぁ……。やっぱり…… そう甘くはないか」


 見つかることなど分かりきっていた。見つからなければいいというのは希望的観測にすぎない。しかし、この地が他よりも兵が割かれていないのも事実だ。鵬は、今、単独の身だ。大勢に囲まれては為す術がない。しかし、精鋭の一人二人ならば生き残れるチャンスはある。

 だが、さすがに無策で突っ込むわけにはいかない。鵬は感じていた。この男(ワライ)は明らかに、今、暴虐の限りを尽くしている祓い師や悪霊とは格が違うと。

 攻撃の意志を感じなかった鵬は最低限の情報だけでも得ようと口を開く。


「ふぅ……。貴様、一体何者だ?」


「僕の名前はワライ。役職は…… そうだな。この世界を統べる王とでもしておこうか」


「この世界を統べる王…… ? それにワライだと?」


 聞き覚えのある名だ。十年前に白い大爆発を起こした首謀者とされている人物の一人。だが――。


「俺をからかっているのか? ワライは十年も前に死んだ。生きているはずがない」


「それは君らの勝手な思い込みさ。僕は生きている。何しろ、僕は最強なんだ。死ぬことも、負けることもない」


 鵬は目を細める。これ以上の会話は時間の無駄だ。あまりのんびりしていては、他の連中に気付かれ集まってこないとも限らない。一対一の状況である今がチャンスだ。

 多少現実と区別のついていないところはあるが、実力者であることは間違いない。鵬は一部の油断や隙も見せずに全身全霊でかかることにする。有力な情報は得られなかったが、祓師協会本部ビルから三時間以上ずっと全力で走り続けて乱れた息を整えることはできた。

 これでさっきよりはうまく力を出すことができる。


「恨みはない。だが、邪魔をするというのならここで消えてもらう」


 鵬は懐から二本の短刀と四枚の呪符を取り出す。短刀に呪符を貼りつけると、短刀から凄まじい呪力が放出される。同時に鵬からも呪力が迸る。短刀の切れ味や耐久力を飛躍的に向上させる。もっとも原始的な基本術の一つ『(つよめ)』だ。この術から拳も速も斬も鎧も生まれたと言ってもいい。

 能力の上昇値こそそれぞれの専門の術には及ばないがありとあらゆる能力が上昇するメリットは大きい。さらに斬でナイフの切れ味を極限まで上げている。鵬は短期決戦を仕掛けるつもりのようだ。



 それに対し、ワライは何もしない。ただ腕を組んで鵬の様子を見ている。それに底知れぬ不気味さを感じた鵬は思わず話しかけていた。


「貴様。なぜ、構えない」


「必要ないからさ」


「何?」


 ようやく口を開いたワライから紡がれた言葉に鵬は眉をぴくりと動かす。自分が舐められていると思ったからだ。


「やれやれ、そんな顔しちゃって。忘れたのか? あんたは僕にただの一度も勝てなかったということを」


「!」


 突然変わった声に鵬は驚愕を露わにする。ワライは悠然と仮面に右手を置き、仮面とフードを取ってその素顔を晒す。鵬はその顔を見て、先ほどの声が聞き間違えでなかったことを悟る。

 冷や汗をかきながらも、ひきつった笑みでその人物に話しかける。


「ふん。前から疑ってたが、まさかお前にそういう気があるとは思わなかったよ。クウ」


 鵬の呼びかけに空我は不敵に笑う。目の前の仮面の人物が空我だと知り、鵬は臍を噛む。六本柱最強の片割れにして、空神と恐れられている男。防御力だけならば祓い師でも随一だ。波の攻撃では歯が立たない。


「お前が相手となってはますます手加減はできないな。ならば、こちらも奥の手を遠慮なく出させてもらおう」


 鵬は二つの短刀を胸の前で交差させるように構える。だが、空我は未だにぼんやりとその光景を見つめている。


「行くぞ、クウ。覚悟はいいか?」


「御託はいいからさっさと来なよ。こっちは忙しいんだからさ」


「ほざけ!」


 鵬は猛然と空我に突進する。その速度は速い。凄まじい速さで迫ってくる鵬に空我は右手を伸ばす。鵬はその右手を切り落とさんと右手の短刀を振り上げるが、そこで動きが止まる。


「な、動きが……」


「まぁ、こんなもんでしょ」


 空我は退屈そうな顔になって背を向ける。鵬はその背に何かを言おうとするが、声が出ない。


「無駄だよ。しばらくの間、君は体も動かせないし、声も出せない。まぁ、すぐに元に戻るから安心しなよ」


 空我が首だけを向けて言う。そして、退屈そうな顔から一転面倒くさそうな顔になる。


「何も疑う必要ないよ。どうせ、君にはどうすることもできない。ただ君にはまだ利用価値があるらしいからね。しばらくは生かしておいてあげるよ。ついでに人も追っ払っておいたから、この街から出られない代わりに少しの間だけ身の安全は保証するよ。それじゃあね」


 それだけ言うと空我は姿を消した。鵬はどうすることもできないまま、短刀を振り上げた体勢でしばらく固まっていた。

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