木下vs咲原
夜になった。昼間でさえ閑散として寂れていたというのに、陽の光がなくなればさらにひどくなる。発電所も変電所も機能していないため、ネオンも街灯も信号もついておらず繁華街ですら懐中電灯なしでは何も見えないほど真っ暗だった。
しかし、もはや関係ない。何しろ、生き残っているのは上の人間を除けば高水準の力を持つ実力者ばかりだ。力の弱い祓い師も滅兵もその候補者たちも皆死んだ。そして、残された者たちのほとんどにとって、光も何もない暗闇の中で夜目を利かすなど造作もないことだった。
光がなくとも問題ない人間の一人である武は藍岸の西部にある山の中で静かに佇んでいた。当然のことながら、ここは元々光源などない。だからこそ、何かの拍子に突然電気が送られ光が生まれたとしても気にすることなく戦うことができる。
「とりあえず、ここにいれば奴の方からやってくるとみて間違いないんだな」
武はぽつりと呟く。ここは祓師協会本部ビルからはさほど離れていない。熟練の祓い師が速を使えば、二十分もかからないだろう。
ならば彼が隙を見てこちらに来やすいということでもある。
「奴の立場からして抜け出すのは簡単だろうからな。おそらく、そう時間はかからないだろう」
武はそこまで言って首を振る。
「いや。向こうもいろいろあるだろうからな。それなりには手間がかかるか。最悪、日付はまたぐかもな」
現在の時刻は八時少し過ぎ。この時間になってしまえば真夏とはいえ、さすがに陽は沈んでいる。今日が終わるまであと四時間足らずしかない。四時間で全てのことが終わるとはさすがに思えなかった。
「まあいいさ。ここでのんびりと涼んでいればいいだけの話だ」
武は大きく伸びをして、適当な場所に腰かける。まだ始まってすらいないのだ。焦ったところで仕方がない。
だから、どっしりと構えることにする。最初の決着をきっちりと着けるために。そして、しっかりと始めるために。
「とはいえ、さすがに暇だな」
武は完全にくつろいでいる体勢のまま空を見上げる。彼の周りには何もない。あるのはそこら中に生い茂っている植物や樹木と、あちこちで鳴きながら不協和音を奏で合っている虫たちだけだ。
「ふぅ……。寝るか」
このままボケッとしていてもしょうがないと考えた武は適当な木によりかかると、そのまま仮眠を取りはじめた。
○○○○○
一方、祓師協会本部ビル周辺では不気味なほどの静けさに満ちていた。しかし、それが虚構のものであることなのは明らかだった。
ビルの一室では多くの老人が楕円形のテーブルに座り会議をしていた。
「まさか、たった一日でここまでやられるとはな」
「仕方あるまい。あまりにも想定外な事が起きすぎた。悪霊たちが一斉に仕掛けてくるだけならばいざ知らず、まさか祓い師側にも裏切り者があんなに出るとは予想できまいて」
祓師協会理事の老人がぽつりと呟いたのを聞いた木下がそう返す。彼らの顔は一様に暗い。何せ状況がすこぶる悪すぎる。六本柱全員の離反。そして、六名家所属の祓い師を含む数多くの実力者たちまでもが六本柱についた。今、祓師協会にはごくわずかな限られた戦力しか残されていない。どう工夫して運用しようが勝利は絶望的だった。
「起きてしまったものは仕方ない。今は一刻も早く手を打つのが先刻だろう」
「しかし、我々に何ができる? 昼間はやけに大人しかったが、今晩には再び仕掛けてくるんじゃないか?」
「まさか、六本柱を含む六名家が全て裏切るとはな。大誤算にもほどがある」
理事の一人が頭を抱える。もともと祓師協会の内部にはいろいろな揉め事があった。六名家も龍全家や祓師協会の下に仕方なくついていただけで、心の底から忠誠を誓っていたわけではない。
今回の一件でその危ういバランスが瓦解するのはあまりにもたやすかった。実質的な権力を持ち、体力気力ともに満ちあふれている若者たちが中心となっていることもあって、瞬く間に波紋が広がってしまった。
木下は不安に押し潰されている彼らを見て口を開く。
「落ち着け。まだ突破口はある」
自信に満ちあふれている木下に一同は静まるが、すぐに不安の声は上がる。
「突破口と言われても、この状況では……」
「確かに今回の出来事は我々の求心力の低さにも原因はあるだろう。しかし、それは連中とて同じ事。六名家の連中も一枚岩ではあるまい」
「確かにそれはそうだろうが……。だからといってどうする気だ?」
「何。簡単な話だ。六名家の連中は悪霊の突然の大侵攻に便乗したにすぎん。ならば、あえて我々は姿を隠し事の推移を見守るのだ」
「要は六名家の連中と悪霊をぶつけ合うって事か?」
「そういうことだ。そして、両者が弱ったところで一気にケリをつける。それしか、我々には道はない」
木下の策に一同の顔に希望の光が差す。この策ならば起死回生の一手足るだろうと思ったのだ。
しかし、この策には大きな穴があるのだが、政治家たち同様極限状態に陥っている彼らは気付かない。気付かないフリを無意識の内にしてしまっている。
「そうと決まれば、今すぐに動くぞ。モタモタしていては……」
「うわあぁぁぁぁぁっ!! り、理事長!!!」
「どうした!?」
理事の一人が突然窓の下を覗き込んで悲鳴を上げたのを見て、一同は彼の後に続いて外を見る。そこには咲原の姿があった。
咲原は槍を肩に担いだまま、ビルの中へと入っていく。それを見て理事たちは恐怖と混乱で大騒ぎをしはじめる。
「あ、あいつは、昨日の夜に藍岸の人間を大量に惨殺した奴じゃ……」
「た、助けてくれ! 死にたくない!」
「お、おい! 今すぐ逃げるぞ!」
うわあぁぁっ!! と大きな声をあげながら、一目散に部屋の出口へと殺到していく。もはや、彼らに先ほどようやく持てたほんのわずかな余裕など綺麗さっぱり消え去っていた。
混乱でもみくちゃになっている彼らを木下は落ち着かせようとするが、一歩遅かった。突然出口のドアが吹き飛んだかと思えば、瞬く間に理事たちが殺されていったのだ。
その刃が木下にも迫ろうとしていたが、木下は右手で槍の穂先を受け止める。
咲原はそれを見て感心したような声を上げる。
「へぇ。俺の槍を素手で受け止めるとはな。さすがは祓師協会理事長。生半可な防御力じゃねえな」
咲原の心からの賞賛を木下は素直に受け取る気にはなれなかった。
木下の呪力を用いた防御力は六本柱を除けば祓い師の中でもトップクラスに入る。
ただ呪力を固めただけでも相当な硬さを誇り、呪符を用いて鎧を発動させれば最上級悪霊の一撃すらも受けきったほどの防御力を得ることができる。
だから、咲原のまるで力の入っていない突きなど受けられて当然だ。しかし、鎧を発動させていないとはいえ、そのまるでやる気のない突きを無傷で受けきることができなかった。木下の掌は血まみれになってしまっている。
「なるほど。明らかに本気でない突きでこの強さ。確かに、藍岸にここまでの大打撃を与えたこともうなずける。しかし、貴様の狼藉もここまでだ」
「あまり粋がるなよ、じいさん。死ぬときに黒歴史になるだけだぜ」
咲原は力尽くで木下の右手から槍を引き抜くと、今までとうってかわって構えを取る。左手を前にし、右手を上げて左半身の状態になった構え。咲原の構えにはまるで隙がなかった。
木下はそれを見て、右手を前に出して構えを取る。お互いに完全に臨戦態勢を取っている。
「先手は譲ってやるよ。来な。じいさん」
「なるほど。その心意気は褒めてやるがな。あとで後悔しても知らんぞ」
木下は獰猛な笑みを浮かべると、左手に三枚の呪符を取り出す。そして、鎧と速、斬の三つを同時に発動させる。
「ほぅ。基本術三つを同時に発動するか。おまけに発動速度もなかなか速い」
「行くぞ」
木下は咲原の言葉に答えずに、とてつもない速度で咲原に襲いかかる。斬で攻撃力を強化した左手の手刀で袈裟斬りを放つ。咲原は苦もなくかわすと反撃の一撃を木下の左腕に見舞う。木下の左腕に大きな切り傷ができる。
「今のは腕落とすつもりでやったんだが、さすがに防御力が上がってるな。そこらの祓い師と同じように考えてはいけないということか」
(こやつ…… 私の鎧を難なく破るとは……)
木下の表情が引き締められる。うかつに反撃の機会を与えてはまずいと判断した木下は目にも止まらぬ速さでの連続攻撃を仕掛ける。咲原は槍と空いた左手で捌いていくが、防戦一方となる。しかし、力の限り攻撃し続けている木下と違い、咲原にはかなりの余裕があった。
「惜しいな。全盛期ならもっとやれたんだろうが、今はこれが手一杯か」
「受けに回ることしかできんくせに言いよるわ」
「そうか。それなら、そろそろこっちからも攻めてやるよ」
咲原は木下の右手を掴むとそのまま投げ飛ばす。木下は必死の思いで着地するが、そこで致命的な隙を晒してしまう。吹き飛ばされてから着地して体勢を立て直すまでの時間で十分な攻撃準備ができた咲原は、容赦なく今までとは比べものにならない速度と威力を持った突きを放つ。木下は鎧で受けようとするが、咲原の突きは木下の鎧をたやすく貫き、そのまま心臓を穿つ。
「がっ!」
木下は吐血し、そのまま重力に逆らうことなく倒れていく。木下の死亡を確認した咲原は顔に浴びた返り血を拭うとほっと一息つく。
「やれやれ。思わぬところで手こずったな。いろいろと裏でやっていたという話だが、さすがに完全なお飾りで理事長をやっていたわけではないということか」
咲原は物言わなくなった木下の死体を見下ろすと、振り返り会議室から出ていく。そして、再び昨日狩れなかった獲物を求めて闇夜に消えていった。




