城神姉妹との邂逅
武が城神家で修練を始めて二日目の朝。驚異的な速度で祓い師としての技術を会得していった武はもうすでに戦場に出ても問題のないレベルとなっていた。
早朝の修練を終えた権藤は、部屋のベッドに座る空我に報告を行っていた。
「昨日が六時間、今日が現時点で二時間。計八時間で基本の全てを修得してしまうとは、想定の範疇とはいえ、やはり圧巻だねー」
「いえ。祓術に充てた時間は全体の三分の一ほどで、残りは体力面と頭脳面に関しての修練を実施していました。つまり、実質二時間ほどで武様は祓い師の基礎を修められたことになります」
「それはさすがに驚いたなー」
大して驚いていない顔で空我はそんなことを言う。権藤はわずかに目を細めながら言葉を紡ぐ。
「予想を遙かに上回る修得スピードです。想定はしていましたが、実質一日未満でここまで至ってしまわれるとは……。もう、今日にでもあの修練を施す必要がございます」
『あの修練』の言葉に空我の目が細くなる。普段無表情を保っている権藤の顔がわずかにしかめられる。ほんの一瞬沈黙が場を支配する。だが、空我はすぐに口元に笑みを浮かべる。
「別に何も問題ない。あいつなら難なくこなすはずだ。それよりも、今日、僕のスケジュールに空きはある? 準備の方はどうとでもなるけど、あれは僕直々にやる必要があるからね」
「何事もなければ、本日の夜十時より、空我様のご予定は入っていません」
「そっか。なら、十時半くらいから始めようかな。ご飯食べないといけないしね」
「分かりました。武様にもそのようにお伝えしておきます」
「何もなければいいんだけどねー」
「私も同意見でございます。それでは、私はこれにて失礼いたします」
「うん。報告お疲れ様」
権藤は空我の返事を聞き、その場から立ち去る。空我はその後ろ姿を見ることなく、虚空を見つめる。
「あんまり急ぐのは好きじゃないけど、こればっかりは、できるだけ早めにやっておいた方がいいからね」
囁くような声でそう呟く。呟き終えた後、その部屋から空我の姿は消えていた。
○○○○○
十三時。武は縁側に出て、外の空気を吸っていた。祓い師に必要な技術を大方修得してしまったので、午後十時までは休んでいるように言われたのだ。
何もすることがなく、ボーッとしながら、空を見上げていると、左側から複数の足音が聞こえてくる。そちらの方を向くと二人の美しい容姿の女性がいた。武から見て左側の女性は背中まで届くロングヘアを下ろしており、ピンクを基調とし、ところどころレースがあしらわれたワンピースを着ていた。一方、右側の女性は首元までのショートヘアで、着ている服は黒色のシャツに藍色のジーンズというやや地味な格好だった。
いずれも空我と同じ白髪と赤い瞳を持っており、どことなく空我に似ていた。
「あなたが屋敷武君?」
「そうですが、あなた方は?」
「私は城神空乃。クウの姉よ」
「城神空雲。空乃とクウの姉」
「なるほど。僕は屋敷武といいます。ご迷惑をおかけすると思いますが、これからよろしくお願いします」
折目正しく礼をする武に二人は感心したような態度をとる。武はその二人の態度に疑問を覚える。
「何か失礼をしましたか?」
首を傾げて尋ねてくる武に、空乃は慌てて顔の前で両手を振る。
「あ。いえ。空我が拾ってきたって聞いてたから、思ってたより礼儀正しいと思ったのよ」
「ああ。そのあたりは嫌というほど仕込まれましたから。といっても、以前の記憶はほとんどないんですけどね」
「記憶喪失なの?」
「どうなんでしょう? 自分の名前やらはしっかり覚えてますし、過去の記憶も断片的にうっすらと残ってはいるんですけど」
「ふーん。変わってるのね。普通なら、記憶がないと言われれば、全ての記憶を失いそうなものだけど」
「そうですね……」
空乃の言葉を聞き、ふと武は案内人がなぜ自身の記憶を全て奪わなかったのかと考える。その方が、今の自分よりも遥かに従順な人間になり、案内人にとっても都合が良かったはずだ。正直、自身がAIのような人工的に作られた存在であることも考えていただけに盲点だった。いや、気付かないうちにその考えから目を背けていたのかもしれない。
そこまで考えたとき、武の頭にある考えが浮かんだ。
(目を背ける? 何からだ?)
その瞬間、武に急激な頭痛が襲う。武は思わず頭を抑え、その場に座り込む。
「ちょ、ちょっと! 急にどうしたの!」
「大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫です」
空乃だけでなく、自己紹介以外で全く喋っていなかった空雲も心配そうな顔で口を開く。武は左手を上げ、なんでもないように装おうとする。しかし、頭痛はますますひどくなっていく。
「どうかしたの?」
そこに、さらに新たな少女が現れる。空我や空乃と同じ白髪をポニーテールにした少女だ。その少女を目にしたとき、武は目を見開き、そのまま意識を手放した。
○○○○○
目を開けると、布団の中に横になっていた。視界には三人の少女が心配そうな顔で覗き込んでいた。
「あ、目を覚ました」
「俺は……」
「もうびっくりしたじゃない。急に気を失って倒れ込むんだもの。五分も経たないうちに目を覚ましたから、そこまでひどいわけじゃないとは思うけど」
空乃の言葉を聞いて、自分が五分近く気絶していたのかと思う。しかし、同時になぜ自分が気を失ったのか疑問に感じた。
(何かから目を背ける……。そう考えたところから、あの頭痛が始まった。つまり、俺にとってなのか、案内人にとってなのかは分からないが、何か思い出しては不都合なことがあるって事だ。だが、それは何だ? いくらなんでも、記憶を全て奪わなかったことではないとは思うが……)
そんなことを考えながら、部屋を見渡す。すると、先ほどは見なかった少女がいた。
「えっと……。あなたは?」
「あ。そうか。私が来たと同時に倒れたんだもんね。初対面だし分からないのも無理はないか。私は城神美夢。クウの双子の妹です」
「双子?」
「はい」
そう言われてみると、確かに空雲や空乃より、空我に似ている。特に目鼻立ちはそっくりだ。
「あなたとは同い年ということになるね。だから、私には敬語は使わなくていいよ。美夢って呼んでね。武」
可愛らしい笑みでそんなことを言う美夢を見て、他の二人に比べて、かなり人懐っこいんだなとなどと思う。こういうところも空我に似ている。いや、初対面でいきなりそんなことを言ってくるあたり、空我よりも人懐っこいかもしれない。
「分かった。よろしくな。美夢」
武も苦笑しながら、彼女の名前を呼ぶ。
「あ。美夢だけずるい! 私も!」
「……」
空乃が自分も名前で呼ぶよう催促してくる。空雲も口には出さないが、武の袖をつまんで何かを訴えかけてくるように見つめてくるということは、おそらく自分も名前で呼んでくれと言っているのだと解釈しても問題ないはずだと武は判断する。
「えっと……。空乃さんと…… 空夢さん?」
「なんで、私だけ疑問系?」
「いや…… なんとなく…… ですかね?」
「そう」
空雲はそれっきり口をつぐむ。美夢は二人の会話が終わったのを見て、口を開く。
「確か、武くんはクウと同い年だったのよね?」
「ああ。そうだったな」
「なら、私たち三人と歳は変わらないし、何かあったら遠慮なく声かけてくれればいいからね。一応、言っておくと空雲姉さんが三つ上、空乃姉さんは二つ上で、私は同い年だから」
ということは、空雲が今年で二十歳、空乃が十九歳、美夢が十七歳かと武は思う。確かにできれば年の近い相手の知り合いは多い方が心強い。なにしろここは、武志のとって未だに未知数の世界であることに変わりはないのだから。
「分かった。三人ともこれからよろしくお願いします」
武は礼儀正しく頭を下げる。それから、少しの間談笑していたものの、三人とも任務が入っているということでその場から順次退席していった。
「任務…… か」
おそらく記憶を取り戻して元の世界に戻るためには、その仕事をこなさないとダメだろう。祓い師としての技術はこの短時間でかなりのところまで修めた。もうまもなく仕事にありつくことも不可能ではないだろう。事実、権藤もそう言っていた。だが、本当にそれだけでいいのだろうか。
武は心の中にくすぶる違和感を拭いきれなかった。