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一悶着

 波一は薄笑いを浮かべながらも、目は笑っていなかった。武を見るその目には強い敵意が感じられる。いや、そんなことは見なくても分かることだ。波一の纏う呪力が全てを物語っていた。

 武は内心警戒しながらも、余裕の笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。


「ああ、水龍か。ちょうどよかった。俺はあんたを探してたんだよ」


「オレを? 何でや?」


 波一は不信感を隠すことなく聞いてくる。武はそんな波一を観察しながら、気になっていたことを口にする。


「いや。この子とあんたがあまりにも似てるからさ。てっきり血縁か何かだと」


「そうよ」


「!」


 武の疑問に答えたのは水だった。武は目を丸くする。波一は頭を抱えて小さくため息をつき、やがて諦めたように笑う。


「余計なこと言わんでほしいんやけどなぁ。まぁええか。そうや。そいつとオレは一応従兄妹って事になっとる」


「なってるじゃなくて、本当に従兄妹でしょう」


 水が頬を膨らませながら言う。波一はそんな水を見て苦笑する。どうやら、波一は水と従兄妹の関係であることを隠したがっていたようだ。だが、水との血縁関係をあっさりと認めたあたり、できれば隠しておきたい程度の認識だったらしい。


「なるほどな。それで大事な従妹が悪霊疑惑のある不審者に絡まれてたから、大慌てで声をかけたってとこか?」


「別にそんなつもりやない。せやけど、悪霊を殺すんは滅兵(オレたち)の役目やろ?」


 波一が右腕に水のカッターのようなものを纏う。武も白い呪力を瞬時に発現し、ファイティングポーズをとる。その反応は早かった。波一が敵意を持って武たちに話しかけてきた時点で彼の狙いは分かりきっていた。

 そもそも武が悪霊ではないかという噂を流したのは滅兵だ。その噂がまわりまわって祓い師の方に流れてきたにすぎない。それなら、滅兵である彼が武に牙を向くには十分すぎる理由だ。疑わしきは罰せよ。たとえ、武が悪霊でなかったとしても関係ない。いや、スタトラ以外が白い呪力を放出している時点で、波一たち滅兵にとっては武を悪霊と断ずるに十分すぎる理由だった。何しろ、白い呪力は十年前に出現していた最上級悪霊だけが持っていたものだ。彼との戦闘で唯一生き残ったスタトラ以外が持っているとしたら本人しか考えられないというのが滅兵の理屈だ。



 睨み合っている二人は同時に動きだし、右腕を振るう。そして、それぞれの武器がぶつかり合おうとしたところで二人の技が消える。


「「!」」


 二人は生身の拳をぶつけ合う。結果的に肉体とパンチ力の強さにものをいわせて武が波一を吹き飛ばしたが、波一は数メートル吹き飛ばされた程度で体勢を立て直し着地する。

 何が起こったのか理解できなかった武は辺りを見渡す。術が消えた原因はすぐに理解できた。水がこちらに右手を突き出していたのだ。


「何の真似や? 水」


 波一は鋭い目つきで水を睨みつける。水はすました顔で波一の顔を見る。


「別に。ただ喧嘩をするならよそでやって」


 水は最初に会ったときのような無表情に戻っている。波一は小さく舌打ちをする。


「まあええわ。今日んとこはこれで勘弁しといたる。こっちもやらんとあかんことがあるしなぁ」


「やらないといけないこと?」


 そういえば波一は先ほど座子が、今、いる場所を知っていると言っていた。なら、波一が緑陸に来た目的は武と同じ可能性が高い。だが、座子のいる場所を聞いたとしても今の状態では答えてはくれないだろう。


「お前には関係のない話や。もっとも、お前が緑陸(ここ)に来た目的次第ではすぐに分かるかもしれんけどなぁ。ほな、またな」


 波一は右手を上げて去っていく。武は波一の姿が見えなくなるとようやく警戒を解く。


「大丈夫だった? ごめんね。あいつのせいで」


「いや、お前が謝ることじゃない。それよりも、今のは……」


「多分、武兄ちゃんが考えている通りだよ」


 武は先ほどとは一転悲しげな顔になって、水を見る。もう彼はほぼ記憶を取り戻している。だが、まだもっとも重要と思われるところの記憶が戻っていない。しかし、それでも想像はついた。


「すまない」


「どうして、武兄ちゃんが謝るの? 謝るのはむしろこっちの方だよ」


「だが……」


「もしかして、武兄ちゃん。記憶が戻ったの?」


「不完全だがな。よりにもよって、肝心の最後の部分の記憶だけがない」


 そう。それ以外の記憶はほとんど取り戻せていた。だからこそ、武には分かった。確証はなかったが確信することはできた。前の世界は渉の証言通り滅亡しているのだと。

 となれば、渉は武と同じ世界から来たことになる。そして、武には彼の正体(・・)に心当たりがあった。


「はぁ……。それでも、大体の想像はつくけどな。それでも、まださっぱりなところが結構ある」


 武が感慨深げな顔で言う。だが、水はいつまで経っても話そうとしない。不思議に思い、武が水の顔を見ると思わずぎょっとしてしまった。

 水は涙を瞳に溜め、感極まった顔で震えていたのだ。その震えは先ほどと違い、悲哀のものではない。歓喜のものだと武が悟ったころに水は武の胸に飛び込んできた。


「お、おい! 水!?」


 武は慌てた表情になるが、水の肩が震えているのを見て無言で肩を抱く。水は嗚咽をもらしながら言う。


「よかった! 本当によかった!」


「はぁ!?」


 突然そんなことを言われて、武は素っ頓狂な声をあげる。だが、水は構わず話を続ける。


「もし、このまま記憶が戻らなかったらどうしようって思ってたんだよ! 武兄ちゃんがあんなこと(・・・・・)になっちゃって、私、ひょっとしたらもう会えないのかと……」


「あんなこと?」


 武は眉をひそめる。水はあっと小さく声をあげて、武の顔を見上げる。


「もしかして、覚えてないのはそのあたりなの?」


「ああ。一応『ジェンマ』のことに関しては覚えてるし、その後もうっすらと記憶がある。だから、今、どうなってるのかは大体分かってるつもりなんだが、親父とケリつけた後の記憶が見事にない」


 武の言葉を聞いて水の表情が曇る。武は口元をひきつらせて口を開く。


「もしかして、俺、何かやっちまったのか?」


 武が不安げにそう尋ねると、水は凄い勢いで首を横にぶんぶんと振る。


「ううん。そんなことないよ。誰にも恥じることのない、これ以上ないほど武兄ちゃんらしいやり方だった。でも……」


 水の言葉が詰まる。代わりに再び水の口から漏れ出てきたのは苦しげに絞り出された嗚咽だった。


「それ以上は言わなくていい。何をやったのかは思い出せねえが、きっとどうしようもねえバカやったんだろ?」


 武が笑いながらそう言うと、水は顔をくしゃくしゃにして泣き出す。泣き顔を見られたくなかったのか、武の胸に顔をうずめる。

 武はその姿を見て、本当に自分はとんでもないことをやってしまったらしいと思う。そのとんでもないことが何かさえ分かれば、おそらくこの後起こることも分かるのかもしれないが、さすがに今の水の状態でそれを尋ねようとは思わない。

 それにまだチャンスはいくらでもある。それよりも、武に逸らなくてはいけないことがある。


「抱きついてるとこ悪いが、一ついいか?」


「ぐすっ…… なぁにぃ?」


 水は武の問いを聞いて顔を上げる。目が赤い。それどころか、未だに涙が瞳から流れている。そのことに武は多少気が引けるが、思いきって聞いてみることにする。どうせ、記憶を取り戻したところで武の本質は救いようのないエゴイストだ。いまさら水も文句は言うまい。


「一応ダメ元で聞く形になって悪いが、座子の居場所を知らないか?」


「…… 知ってる」


「そうか」


 あまりにもあっけなく知っていると答えられたため、武は淡泊な反応しかできなかった。


「あいつは、今、この村の北にある大きい山の真ん中辺りにいるはずだよ」


「山の真ん中?」


「多分行けば分かる。私はこの後、ちょっと行くところがあるから案内できないけど、武兄ちゃんならすぐ分かるよ」


 水の言葉に武はほんの少し考え込むと小さく頷く。


「分かった。教えてくれてありがとう」


「いいよ。私と武兄ちゃんの仲じゃない」


 水はそれだけ言うと武の胸から離れ、そのまま名残惜しそうにしながらも去っていく。

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