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不思議な少女

 建物を出るついでにまだ息のあった野村の首を引きちぎった武は有宝村の街をあてもなくさまよっていた。行き先はない。というより、今、どこにいるのかすら分かっていない。武は決して方向音痴というわけではないが、元々武がいた藍岸の神殿地区ですらいつも行く場所以外は怪しいレベルだったのだ。土地勘のないこの場所ではどこに行けばいいのか分からなかった。


「まぁいいか。襲ってくる奴を手当たり次第に締め上げて聞き出せばいいだけの話だ」


 武はそう独りごちる。対祓滅女を牛耳っていた座子の側近は全て殺したが、それでもまだ壊滅にはほど遠い。

 そして、組織のボスである座子はまだ生きている。なら、部下にアジトを襲撃した武たちを襲わせるはずだ。それを返り討ちにして拷問するなり何なりして聞き出せばいい。もっとも、それで座子の所在地に関する情報を得られるかと言われれば期待薄だが。



 そこで武は正面に陣取っている男たちの姿に気付く。年齢層はバラバラ。だが、全員それなりに体格はよかった。男たちは武の姿を見ると、一斉に取り囲んでくる。

 ここはデパートなどが建ち並ぶ大通り。当然人通りも多いが、彼らに人目を気にする様子はない。そして、周囲の人間も気にした様子はない。いや、武たちの方を見て見ぬフリをしている。


「お前か? 対祓滅女(うち)のアジト襲った馬鹿ってのは」


 男たちの一人がそんなことを聞いてくる。噂をすればなんとやらだ。狙い通り、のこのこと向こうからやってきた。鴨が葱を背負ってくるとはまさにこのことだ。


「へぇ。結構でけえな」


「関係ねえよ。多少でかくても、オレらの敵じゃねえ」


 男たちは拳銃やナイフを取り出し、武の方に向けてくる。武は顔色一つ変えずにその様子を見る。


「どのみち残党狩りはしないといけなかったしな。ちょうどいい」


 武はニヤリと笑って、彼らと同様に人目も気にせずに因縁をつけてきた男たちへと襲いかかった。






 ○○○○○


 それから一時間。武は三桁に及ぶ対祓滅女に属する男たちを殺していた。おかげでこの一時間で思っていた以上に移動できていない。特に目的地があるわけではないので問題はないのだが、百人を過ぎた辺りからさすがにうんざりしてきた。おまけにたまに脅して座子の居場所を尋ねてみても、誰一人として知らなかったのだ。骨折り損にもほどがある。しかし、対祓滅女に所属しているメンバーはおよそ二百人ほどだということを思い出し、敵を残り半分まで削ったのだと自分を奮い立たせる。

 今、武はあまり人気の少ない寂れた場所にいた。東部が有宝村で一番栄えているとはいっても、やはりこういう場所はあるようだ。そして、こういう場所は格好の狩り場になる。


「ん?」


 武はある一画に目を向ける。そこには大勢の男が例によって誰かを取り囲んでいた。取り囲まれている方はかなり小柄なためかよく見えないが、男たちの方はもう見ただけで分かる。どう考えてもあの男たちは対祓滅女のメンバーだろう。仮に違ったとしても、特に問題ない。…… などと言うべきではないかもしれないが、もはや関係なかった。

 本来ならば、藍岸で祓師協会の上層部が動いている現状では不用意に動くべきではないが、そんなことは完全に武の頭の中から完全に抜け落ちていた。いや、頭では分かってはいたが抑えきれなかった。せっかくの手がかりだ。前にいた世界が滅亡していたとしても、それは諦める理由にはならない。



 耳を澄まさずとも男たちの下卑た笑い声と聞くに堪えない言葉が耳に入ってくる。武は獲物を見つけたような目で舌なめずりをすると、男たちに襲いかかる。


「がはっ!」


「な、なん…… ぐはぁっ!!」


 武が男たちを皆殺しにするのにそれほど時間はいらなかった。長くて十秒。その程度の時間で男たちはその命を散らし、鮮血を流して地面に倒れ伏していた。

 男たちを蹂躙した後で武は顔に一滴だけついた返り血を拭うと、取り囲まれていた女性の方を見る。


「大丈夫か?」


 こんなことを聞きながらも、どうせ逃げられるのだろうなと思う。あるいは腰が抜けてその場に座り込むか、悲鳴を上げるかだろう。それが普通の反応だ。

 ここに来る以上ある程度覚悟は決めていたんだろうが、見知らぬ大勢の男たちに囲まれたところに後から来た正体不明の男が現れ、絡んできた男たちを皆殺しにしているのだ。まっとうな神経をしていれば誰だって怖い。実際ここまでで何度か似たような場面に遭遇し、対祓滅女の男連中を軒並み殺害していったが、多少の違いはあれみんな武に怯えるような目を向けてきた。

 それらを織り込み済みの上で念のために声をかけたのだが、その少女(・・)は武の予想とは違う反応を見せた。


「?」


 美しい少女だった。今までも美夢や空乃、空雲に心友、そして唯と数々の美少女と出会った武であったが、この少女は彼女たちと比べても見劣りしなかった。いや、ひょっとしたら彼女たち以上かも知れない。

 年齢は十二、三歳くらいだろうか。流れるような腰まで届く水色の髪。肌は滑らかで透き通るような白さを持ち、そして、海よりも深い青い瞳で不思議そうにこちらを見上げてくる少女。

 人形のようにほぼ無表情で見つめてくる少女に武は見覚えがあった。いや、正確にはこの少女によく似た人物と会ったことがあった。


「君は……」


 武がその人物と何らかの関わりがあるのかと尋ねようとしたところで少女に遮られる。


「お兄ちゃん?」


「は?」


 武は思わずぽかんとしてしまった。この少女は何を言っているのか。目の前の突然の状況の変化についていけなくて、そんなわけの分からないことを思わず言ってしまったのかもしれないと思ったが、少女の目は真剣そのものだった。その目を見ると混乱で適当なことを口走ったようには見えなかった。


「えっと……。お兄ちゃん? 僕が?」


 武は戸惑いながらも尋ねる。だが、その頭の中には一つの可能性が浮かんでいた。武の反応に少女は小さく首をかしげる。


「違うの? あなたは屋敷武…… でいいのよね?」


「…… そうだけど」


 見知らぬ少女に名を当てられ、わずかに逡巡しながらも肯定する。驚かなかったのは、おおざっぱながら予想がついていたからだ。そして、今の少女の発言でその予想が真実である可能性が高くなった。

 だが、仮にそうだとしてもここは慎重に動く必要があった。座子や渉と違い、相手は少なくとも見た目は自分よりも年下の少女だ。いくら、今の武に冷静さが失われているとしても、さすがに幼い少女に下手な真似をする気にはなれなかった。

 だが、このまま何もしないという選択肢はない。だから、まずはやんわりと尋ねてみることにした。


「えっと……。僕は君に見覚えがないんだけど……。どこかで会ったかな?」


「下手な芝居はいいわ。あなたの素で話してよ。武兄ちゃん」


「!!」


 一瞬強烈なフラッシュバックとともに頭痛が武を襲う。あまりの激痛に武は思わず頭を押さえる。少女は今までの無表情から一転、慌てたような表情になると武の下へと駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫!?」


 少女は瞳に涙を浮かべてそう尋ねてくる。武は右手で頭を押さえながらも、少女を安心させるために作り笑いを浮かべて答える。


「ああ。大丈夫さ。少し寝不足でね」


 明らかに苦しい言い訳だが、少女の顔は強ばっている。この数日の事態の急変についていけていない武の頭ではなぜ少女がそこまで自分を心配しているのかまでは分からなかった。いや、そこまで頭が回るほど余裕がなかった。



 しばらくするとだいぶ頭痛も和らいできた。それと同時に頭の中でいくらか考えがまとまる。武は小さく息をつくと、改めて会話を再開する。


「そういえば、まだ君の名前を聞いていなかったか」


「何を言ってるの? 私のこと忘れちゃったの?」


 不安げな顔で聞いてくる少女に武は確信する。間違いなく、この少女は座子同様過去の武のことを知っている人物なのだと。

 なら、今の武に取れる手段は一つしかない。


「……。実は俺は記憶のほとんどが抜け落ちていてね。四月に城神家の屋敷に世話になる前からの記憶がないんだ」


「そんな……」


 少女の狼狽加減を見て武は確信を深める。しかし、そんなことはおくびにも出さない。



 少し前までなら、ある程度鍛えられた者なら武の演技などいともたやすく見破っただろう。しかし、祓己術を完全に会得したことで理屈は分からないが武の演技力は飛躍的に上昇した。ここまでは混乱と動揺でうまく使いこなせなかったが、今、やっとその力を試せるときがきた。

 記憶がないというのは事実だ。だが、その事実を使って武は少女からできるだけ情報を引き出そうとしている。



 そんなことを冷静に考える自分に呆れながらも、武は少女の方だけをじっと見る。困ったような笑みを浮かべ、内心の不信と疑惑を悟られないようにしながら。

 少女はどうやらひどく動揺しているらしく、武の演技に気付く様子はない。


「一応、日常生活には支障がないレベルの知識は持っていたから、おそらく四月以前の出来事や接してきた人物に関する記憶がないんだろう。ひょっとしたら君とは会ったことがあるかもしれないが、覚えていないんだ。だから、もう一度君の名前を教えてくれないか?」


 武の言葉に少女は唇を固く噛む。体を震わせ、何かを我慢しているようにも見える。だが、小さく息を吐くと武の方にその綺麗な瞳を向ける。

 武は内心たじろぎながらも、その瞳をじっと見る。少女はゆっくりと話しはじめる。


「そっか。じゃあ、私を…… 私たちを助けてくれたことも覚えていないんだ」


「助けた? 俺が?」


 武は困惑の表情を浮かべる。少女はその様子で武が本当に記憶がないと悟ったのか小さくため息をつく。そして、思わず見とれるほど綺麗な笑みを浮かべる。


「私の名前は青波(あおなみ)(すい)。改めてよろしくね。武お兄ちゃん」


 満面の笑みでそう言ってくる少女――水に武はさらなるフラッシュバックに襲われる。先ほどとは比べものにならないほどの強烈なものだった。だが、今度は頭痛が襲ってくることはなかった。しかし、あまりの衝撃に思わず呆けてしまう。

 まるで思い出せなかった前の世界での記憶。ここまででも、少しずつではあるが思い出しはじめていた。けれど、その記憶があまりにこの世界に準じすぎていて、武は元々悪霊だという根も葉もないはずの噂が真実なのではないかと考えていた。だが、それがたった一人の少女の笑顔によって、たった今否定された(・・・・・)

 そして、同時にさらに謎が増えた。


「どうしたの?」


 再び心配げな顔でこちらを見上げてくる水に武は苦笑する。これ以上の思考は危険だ。もう少し時間をかけてゆっくりとやるべきだ。武の本能がそう告げていた。


「いや、何でもない」


「そっか。それで武兄ちゃんは何しに来たの?」


「ああ。俺はこの村で怒ってるっていう不審死について調べに来たんだ。そのついでにこの東部に根を張ってる対祓滅女って組織を壊滅させに来たってところかな?」


 武の言葉になぜか水が顔を輝かせる。両手をブンブン振って無邪気な表情を浮かべたまま、口を開く。


「え! それじゃあ、武兄ちゃんが解決してくれるの!?」


「いや、できるかどうかは分からないけど、全力は尽くすつもりだ。それでひとまず座子って男を探してるんだが、お前は何か知らないか?」


「オレは知ってるで」


「!」


 武の問いに答えたのは水ではなかった。だが、知らない人物ではない。ほんの数日前に聞いた声。武が振り返ると、『水龍』海神波一がいた。


「よう。悪霊さん。こんなところでそんな幼気な女の子に何してるんや?」


 黒いジャケットに紺のシャツ、白のカーゴパンツといういかにも一般人という格好をした波一は薄笑いを浮かべて、武にそう問い質してきた。


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